■ヒラリー・ウォー「ながい眠り」法村理絵訳(創元推理文庫 2006年刊)原本SLEEP LONG,MY LOVEは1959年刊行
最後のページ数行で、ぴたりと着地が決まった。うん、お見事というしかないだろう(*・ω・*)
3作つづけての星5つは、わたしの読書体験でもそうめったにあることではない。盛大な拍手を送っておこう。
東京創元社さん、翻訳権を独占しているのだからもっともっと出してよ、頼むから!!
著作リストを眺めると、ヒラリー・ウォーはほかに多くの小説を書いている。
フェローズ署長ものは11作中6作が翻訳されている。さらにハードボイルド小説で私立探偵サイモン・ケイシリーズ等があり、ケイブンシャから刊行されていたようである。しかし、実店舗で見かけた記憶はないなあ(;^ω^)
わたしはこの3作ですっかりヒラリー・ウォーのファンになった。
日本で警察小説をメインに据えて作家活動をしておられる佐々木譲さん、横山秀夫さんあたりは、おそらくヒラリー・ウォーを基礎資料として読み込んでいるだろう。その前の世代でいえばわたしが思いうかべるのは松本清張である。清張さんは、クロフツ、ウォーからかなり影響をうけているはず。
本編「ながい眠り」は、フェローズ署長ものの記念すべき第1作である。
《不動産会社が盗難に遭った。が、盗まれたのは賃貸契約書のファイルのみ。やがて、同社の貸家の一軒から、胴体だけの女性の死体が発見された。身元を示すものは皆無。いったい誰が、誰に殺されたのか?わずかな手掛かりに基づくフェローズ署長の推理は、次々と反証に崩されていく。行き詰まる捜査陣が、試行錯誤の果てに掴んだ決め手とは? フェローズ署長最初の事件、新訳。》BOOKデータベースより
本を手に入れたあと、不動産業界がらみのミステリということで、期待は大きかった。わたしが建築・不動産業界にながらく身を置いていたので、それと比較し、かくもありなんと想像しながら読みすすめることができる。
まず、2月3月のカレンダーが冒頭に掲げられている。つぎに短いプロローグがあって、それら助走をへて本編に入ってゆく。「一九五九年二月二十六日 木曜日」と、いつものように日付が記載される。つまり真冬の事件なのだ。
解説の小山正さんがいう通り、「ながい眠り」は、チャンドラーの「大いなる眠り」と「長いお別れ」のあいだをとったみたいで、アピールの度合いで、明らかに損をしている(^^;;)
それにしても、登場人物、風景描写など、何と生きいきしていることだろう。映画の影響は無視し得ないとはいえ、それにしてもうまいなあ。アクションシーンはほとんどなく、地道な聞き込みと、参考人・容疑者との心理戦がもっぱらである。
署長のフェローズは、署長室にヌードのピンナップを十数枚飾っているし、相棒の二級刑事ウィルクスは自宅で鉄道模型に熱中している。
本編の刊行は1959年だが、少しも古めかしさは感じさせない。
ほころびらしいものが皆無とはいわないが、ラストシーンの見事さがそれを補ってあまりあり・・・ですなあ♬
ところでヒラリー・ウォーはミステリの評論集の中で、つぎのように述べているそうである。(巻末の小山さんの解説による)
1.リアリズムの重視
2.存在感のあるヒーローの重要性
3.物語の背景をリアルに描写すること
4.謎とフェアプレイの精神
5.結論として社会的なメッセージを有すること
このうちのすべてが、警察小説の要諦であるのは間違いない。
なぜ最初に2月3月のカレンダーが掲げられているのか!?
これがラストの事件解決の決め手になる。
本編の“登場人物一覧”には15人しかラインナップされていないが、端役をふくめると、登場人物はかなりの数にのぼる。フェローズ署長の部下だけで18人いるというのだから。
雰囲気をつたえるため、1か所のみ引用させていただく。
《「もういい。その男にはアリバイがあるということだ」
「だから、そう言ったじゃないですか」
「われわれが不機嫌になっても意味はない。きみがわたしに不機嫌な態度をとることは許されないはずだし、わたしが不機嫌な態度をとることは自分が許さない。またひとつ手掛かりが消えた。それだけのことだ。エド、もう帰りなさい。靴を脱いで、ビールを飲むんだ」
エド・ルイスは、かすかに笑みを浮かべた。「そうします、署長。あの死体が見つかって以来、最高の命令ですよ」》(170ページ)
エドというのは、ストックフォード警察署の私服警官エドワード・ルイスのことである。
訳者法村理絵(のりむら・りえ)さんの日本語が躍動している( ´◡` )
地味な捜査がつづき、中だるみになりそうな部分もあるにはあるが、ドキュメンタリー(あるいはノンフィクション)のような現実から目を離すことができない。刑事魂(でかだましい)の権化みたいなフェローズ署長は、部下に「推理はもういいから、証拠を挙げよ」などとからかわれながら、最後に真相にたどり着く。
「ながい眠り」は、「失踪当時の服装は」「事件当夜は雨」と肩を並べる、読み応え十分の傑作といえる。
(つぎはフェローズ署長もののこちらをスタンバイさせてある。ほかは「冷えきった週末」が手許にある。)
評価:☆☆☆☆☆
最後のページ数行で、ぴたりと着地が決まった。うん、お見事というしかないだろう(*・ω・*)
3作つづけての星5つは、わたしの読書体験でもそうめったにあることではない。盛大な拍手を送っておこう。
東京創元社さん、翻訳権を独占しているのだからもっともっと出してよ、頼むから!!
著作リストを眺めると、ヒラリー・ウォーはほかに多くの小説を書いている。
フェローズ署長ものは11作中6作が翻訳されている。さらにハードボイルド小説で私立探偵サイモン・ケイシリーズ等があり、ケイブンシャから刊行されていたようである。しかし、実店舗で見かけた記憶はないなあ(;^ω^)
わたしはこの3作ですっかりヒラリー・ウォーのファンになった。
日本で警察小説をメインに据えて作家活動をしておられる佐々木譲さん、横山秀夫さんあたりは、おそらくヒラリー・ウォーを基礎資料として読み込んでいるだろう。その前の世代でいえばわたしが思いうかべるのは松本清張である。清張さんは、クロフツ、ウォーからかなり影響をうけているはず。
本編「ながい眠り」は、フェローズ署長ものの記念すべき第1作である。
《不動産会社が盗難に遭った。が、盗まれたのは賃貸契約書のファイルのみ。やがて、同社の貸家の一軒から、胴体だけの女性の死体が発見された。身元を示すものは皆無。いったい誰が、誰に殺されたのか?わずかな手掛かりに基づくフェローズ署長の推理は、次々と反証に崩されていく。行き詰まる捜査陣が、試行錯誤の果てに掴んだ決め手とは? フェローズ署長最初の事件、新訳。》BOOKデータベースより
本を手に入れたあと、不動産業界がらみのミステリということで、期待は大きかった。わたしが建築・不動産業界にながらく身を置いていたので、それと比較し、かくもありなんと想像しながら読みすすめることができる。
まず、2月3月のカレンダーが冒頭に掲げられている。つぎに短いプロローグがあって、それら助走をへて本編に入ってゆく。「一九五九年二月二十六日 木曜日」と、いつものように日付が記載される。つまり真冬の事件なのだ。
解説の小山正さんがいう通り、「ながい眠り」は、チャンドラーの「大いなる眠り」と「長いお別れ」のあいだをとったみたいで、アピールの度合いで、明らかに損をしている(^^;;)
それにしても、登場人物、風景描写など、何と生きいきしていることだろう。映画の影響は無視し得ないとはいえ、それにしてもうまいなあ。アクションシーンはほとんどなく、地道な聞き込みと、参考人・容疑者との心理戦がもっぱらである。
署長のフェローズは、署長室にヌードのピンナップを十数枚飾っているし、相棒の二級刑事ウィルクスは自宅で鉄道模型に熱中している。
本編の刊行は1959年だが、少しも古めかしさは感じさせない。
ほころびらしいものが皆無とはいわないが、ラストシーンの見事さがそれを補ってあまりあり・・・ですなあ♬
ところでヒラリー・ウォーはミステリの評論集の中で、つぎのように述べているそうである。(巻末の小山さんの解説による)
1.リアリズムの重視
2.存在感のあるヒーローの重要性
3.物語の背景をリアルに描写すること
4.謎とフェアプレイの精神
5.結論として社会的なメッセージを有すること
このうちのすべてが、警察小説の要諦であるのは間違いない。
なぜ最初に2月3月のカレンダーが掲げられているのか!?
これがラストの事件解決の決め手になる。
本編の“登場人物一覧”には15人しかラインナップされていないが、端役をふくめると、登場人物はかなりの数にのぼる。フェローズ署長の部下だけで18人いるというのだから。
雰囲気をつたえるため、1か所のみ引用させていただく。
《「もういい。その男にはアリバイがあるということだ」
「だから、そう言ったじゃないですか」
「われわれが不機嫌になっても意味はない。きみがわたしに不機嫌な態度をとることは許されないはずだし、わたしが不機嫌な態度をとることは自分が許さない。またひとつ手掛かりが消えた。それだけのことだ。エド、もう帰りなさい。靴を脱いで、ビールを飲むんだ」
エド・ルイスは、かすかに笑みを浮かべた。「そうします、署長。あの死体が見つかって以来、最高の命令ですよ」》(170ページ)
エドというのは、ストックフォード警察署の私服警官エドワード・ルイスのことである。
訳者法村理絵(のりむら・りえ)さんの日本語が躍動している( ´◡` )
地味な捜査がつづき、中だるみになりそうな部分もあるにはあるが、ドキュメンタリー(あるいはノンフィクション)のような現実から目を離すことができない。刑事魂(でかだましい)の権化みたいなフェローズ署長は、部下に「推理はもういいから、証拠を挙げよ」などとからかわれながら、最後に真相にたどり着く。
「ながい眠り」は、「失踪当時の服装は」「事件当夜は雨」と肩を並べる、読み応え十分の傑作といえる。
(つぎはフェローズ署長もののこちらをスタンバイさせてある。ほかは「冷えきった週末」が手許にある。)
評価:☆☆☆☆☆