1
いい年をしたおやじが「金子みすゞはいいなあ」とニヤニヤしたり
あらたな借金を背負ってしまって
その反動から激辛大盛りカレーをふうふういいながら食べたり
缶コーヒーを買ったら一本おまけがもらえたことを友人に吹聴したり
煙の出ない煙突にのぼって「自殺してやる!」と喚いたり
やたらこむずかしい分厚い本から眼をあげて
ミニスカートをはいた女の子の後ろ姿に見とれたり
いつ死んでもいいのよわたしは といいながら
血圧計の数値に一喜一憂したり。
・・・世の中には不可解なことが多すぎる。
その半分はぼく自身の自画像とはいえ。
2
ハトが数羽 グルッ グルッとのどを鳴らしながら
出窓の庇の上を歩き回っている。
ひからびた思想を後生大事にかかえこんで
闘病生活をしていた友人もあっけなく死んじまってね。
ぼくにはとてもひとりではかかえきれないほどの記憶が残った。
その記憶の捨て処をさがすなら
空が遠くまで見渡せるところがいいな。
・・・と考えながら 部屋の中に身を横たえ
ハトが歩き回る 乾いた音を聞いている。
昨日 声をしのんで嗚咽をこらえている人を見てしまったので
こころは いまでも波だっていてね。
今日の空が がらんどうの大広間のように見える。
3
昔むかし。
ぼくは一頭の老いぼれた野良犬だった。
妙齢の女性の肩をおおう草木模様のシルクのスカーフだった。
工事のため くり返し掘り返される国道だった。
マグカップの中のコーヒーにはなんの影響も与えない
一滴のミルクだった。
枯れても落下せず枝にしがみついている
茶色い朴の葉っぱだった。
かつて ぼくはぼく以外のなにか だった。
人気のないガランとした大広間のような白っぽい空を
群れにはぐれた黒い小さな影が渡ってゆく。
4
さよなら またお遇いしましょう。
ずっとずっと昔に。
ホットドッグを頬張りながらビールを飲んだっていいじゃない。
汗まみれのくさいTシャツを着て
もうずいぶん長いあいだ なにかを探している。
さよなら またお遇いしましょう。
ずっとずっと昔に。
だけど そこまでの道順を思い出せない。
思い出せないから辿りつけない。
こうしているあいだに一日が暮れてゆく。
ONCE UPON A TIME
あなたと あなたとどこでお遇いしましたか?
さて――どこで。