二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ONCE UPON A TIME(ポエムNO.78)

2012年08月11日 | 俳句・短歌・詩集


いい年をしたおやじが「金子みすゞはいいなあ」とニヤニヤしたり
あらたな借金を背負ってしまって
その反動から激辛大盛りカレーをふうふういいながら食べたり
缶コーヒーを買ったら一本おまけがもらえたことを友人に吹聴したり
煙の出ない煙突にのぼって「自殺してやる!」と喚いたり
やたらこむずかしい分厚い本から眼をあげて
ミニスカートをはいた女の子の後ろ姿に見とれたり
いつ死んでもいいのよわたしは といいながら
血圧計の数値に一喜一憂したり。

・・・世の中には不可解なことが多すぎる。
その半分はぼく自身の自画像とはいえ。


ハトが数羽 グルッ グルッとのどを鳴らしながら
出窓の庇の上を歩き回っている。
ひからびた思想を後生大事にかかえこんで
闘病生活をしていた友人もあっけなく死んじまってね。
ぼくにはとてもひとりではかかえきれないほどの記憶が残った。
その記憶の捨て処をさがすなら
空が遠くまで見渡せるところがいいな。
・・・と考えながら 部屋の中に身を横たえ
ハトが歩き回る 乾いた音を聞いている。

昨日 声をしのんで嗚咽をこらえている人を見てしまったので
こころは いまでも波だっていてね。
今日の空が がらんどうの大広間のように見える。


昔むかし。
ぼくは一頭の老いぼれた野良犬だった。
妙齢の女性の肩をおおう草木模様のシルクのスカーフだった。
工事のため くり返し掘り返される国道だった。
マグカップの中のコーヒーにはなんの影響も与えない
一滴のミルクだった。
枯れても落下せず枝にしがみついている
茶色い朴の葉っぱだった。
かつて ぼくはぼく以外のなにか だった。

人気のないガランとした大広間のような白っぽい空を
群れにはぐれた黒い小さな影が渡ってゆく。


さよなら またお遇いしましょう。
ずっとずっと昔に。
ホットドッグを頬張りながらビールを飲んだっていいじゃない。
汗まみれのくさいTシャツを着て
もうずいぶん長いあいだ なにかを探している。
さよなら またお遇いしましょう。
ずっとずっと昔に。
だけど そこまでの道順を思い出せない。
思い出せないから辿りつけない。
こうしているあいだに一日が暮れてゆく。

ONCE UPON A TIME
あなたと あなたとどこでお遇いしましたか?
さて――どこで。

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