
とても有名なフェルメールの絵の中から
一人の女がこっちを見ている。
“聖化された日常”の なんという美しさ。
しとやかな肌が 窓辺から忍び込む光と戯れている。
描かれたつつましい人と事物の尊厳がかなでる沈黙の音楽。
それはそこにある。
ぼくはアリクイみたいな長い
ながい舌をのばして 室内を満たす
生まれたてのナイーヴな光を
水のように飲むことができる。
だれかがここに到着し
だれかがここから出発してゆく。
ひゅうひゅう鳴っている風はない。
数百年をへた時のたまり場。
手をのばさずに ぼくはそれにふれる。
絵の中のすべてが
(机や水さしやカーテンや帽子が)
微笑をたたえてこっちを見ている。
この静寂をぼくは「フェルメールの静寂」と名づけよう。
感動が無感動と釣り合いをたもちつつ
わずかに傾いて。
絵を見る人のほうへ傾いている。
無垢なるものがもしあるとしたら
それはこの光と色のことだろう。
そうなんだろうな きっと。
レースを編む女の指にすら永遠の真珠がやどっている。
日常の些事を愛おしむことを知っている女を愛おしむ画家の眼の
この驚嘆すべき透明さを見ろよ。
それはそこにある。
※フェルメール「ミルクを注ぐ女」(写真)はつぎのサイトからお借りしたことをお断りします。ありがとうございました。
http://www.geocities.jp/shinsia11/Jan.html