きみに語るべきことはなにもない。
先人たちがすべて語ってしまったし
ほとんどは 書物の中にすでにある。
偉大なる書物とは 聖書や仏典やマルクスやフロイトばかりじゃない。
北からの風が ぼくの湿った肌を意味もなく吹いてすぎる。
生と死について
愛について
歴史や戦争について
健康や金銭や友情や親子について。
・・・すべてがいいつくされてしまったいま。
携帯電話を持った中年男が向こうからやってきて
熱心に何事かキカイに対して話しながらすれ違っていく。
その男も「語るべきこと」などないことに
いずれ気がつくだろう。
一匹のナナホシテントウがきみの指先にとまる。
数秒後 翅をふるわし
虚空へと飛び去る。
ありふれた光景である。
黙って その数瞬を記憶にとどめる。
それから さっき買ったばかりの書物の中へ歩いてゆき
しばらく文字のほとりに佇んでみる。
メガネをはずしたりして じっと動かず。
ものの表面を眼やカメラのレンズが撫でていく。
すべっていく すべって。
ピンナップ女優の乳房の上を
スズメが飛び交う農家の軒先を
薄型液晶テレビの画面を。
つるつるや ザラザラや すべすべ ぽよぽよ。
しかし 語るべきことは ほとんどない。
人は人を殺すだろう。
雨が降り しばらくして止む。
だれもが老いて「わが人生」をふり返る。
こころ というものがあるとしたら
それは情報という名の時代の漂流物にびっしりとかこまれ
芥溜めに落ちている一片の紙切れと大差はないかもしれない。
ただし 読もうとすれば
そこにはおびただしい文字のようなものが書かれている。
読もうとする人は めったにいないが――。
さあ もう時間だ。
ぼくはドアを開けて出ていこう。
他人の街 と名づけられた日常の一こまのほうへ。
仕事場や 女が待つレストランへ。
何事かを語り 書類をつくり 食事し
梅雨入り宣言間近などんよりとした重たい空を見上げたりするために。
先人たちがすべて語ってしまったし
ほとんどは 書物の中にすでにある。
偉大なる書物とは 聖書や仏典やマルクスやフロイトばかりじゃない。
北からの風が ぼくの湿った肌を意味もなく吹いてすぎる。
生と死について
愛について
歴史や戦争について
健康や金銭や友情や親子について。
・・・すべてがいいつくされてしまったいま。
携帯電話を持った中年男が向こうからやってきて
熱心に何事かキカイに対して話しながらすれ違っていく。
その男も「語るべきこと」などないことに
いずれ気がつくだろう。
一匹のナナホシテントウがきみの指先にとまる。
数秒後 翅をふるわし
虚空へと飛び去る。
ありふれた光景である。
黙って その数瞬を記憶にとどめる。
それから さっき買ったばかりの書物の中へ歩いてゆき
しばらく文字のほとりに佇んでみる。
メガネをはずしたりして じっと動かず。
ものの表面を眼やカメラのレンズが撫でていく。
すべっていく すべって。
ピンナップ女優の乳房の上を
スズメが飛び交う農家の軒先を
薄型液晶テレビの画面を。
つるつるや ザラザラや すべすべ ぽよぽよ。
しかし 語るべきことは ほとんどない。
人は人を殺すだろう。
雨が降り しばらくして止む。
だれもが老いて「わが人生」をふり返る。
こころ というものがあるとしたら
それは情報という名の時代の漂流物にびっしりとかこまれ
芥溜めに落ちている一片の紙切れと大差はないかもしれない。
ただし 読もうとすれば
そこにはおびただしい文字のようなものが書かれている。
読もうとする人は めったにいないが――。
さあ もう時間だ。
ぼくはドアを開けて出ていこう。
他人の街 と名づけられた日常の一こまのほうへ。
仕事場や 女が待つレストランへ。
何事かを語り 書類をつくり 食事し
梅雨入り宣言間近などんよりとした重たい空を見上げたりするために。