友人にいただいた本。
こんなことでもなかったら、読まずにすましていたろう。
「鹿島さん、苦手なジャンルには手を出さないほうがいいのに・・・」
書店の新刊の棚で見かけたときのファースト・インプレはそんな感じだった。
吉本隆明について論じることは、そうたやすいことではない。
評者にとってまことに手強い、巨大な「試金石」といえる存在だから、大抵はぶつかったほうが、砕け散ってバラバラにされてしまうのである。それほど読んでいるわけではないから推測となるのだが、世に多く出ている吉本論の大半が、それをものがたっていると思われる。
わたしが思うに、日本にはこれまで、西欧的な意味での思想家らしい思想家は、ほんとうに、数えるほどしか現われていないのではないだろうか? たとえば、空海、親鸞など仏教者や、何人かの儒学者、国学者をのぞくと、ほかにだれを挙げていいか、はたと困惑せざるを得ない。
近代以降においては、吉本さんの存在は文学者、思想家、詩人としてますます巨きく、他の存在を圧している。団塊の世代の学生たちは、この思想家から、さまざまに影響を受けながら自己の精神史をスタートさせていった。鹿島さんのこの本を読んで、その感触はほとんど確信に変わった。
バルザシアン鹿島茂のもうひとつの側面が、透視図のようによくわかる。
本書は吉本さんの膨大かつ多岐にわたる著作のなかから、「高村光太郎」に焦点をあわせ、その一点から、この思想家を、鹿島さん自身が、自身のことばでどう読み解くかに収斂させていく手法をとっている。
鹿島さんは、19世紀フランス文学の専門家。広汎な社会風俗の研究を通じて、人間とはなにかを、視覚的に、あるいはパノラミックに研究するのを得意としてきた。「おや、吉本さんについて、どうかかわってきたんだろう?」
読んでいくにしたがって見えてくるのは、近代における西欧留学が刻み込んだ精神の痕跡と、広い意味における「転向」の問題に最大の関心がはらわれているということ。
つまりそれこそ、鹿島さん自身が突きあたった最初のアポリア(難問)であり、本書執筆の動機なのである。
しかし、・・・。本格的にこの論を展開するなら、鹿島茂の芥川龍之介論、高村光太郎論をさきに書くべきであったろう。それをおこなっていない以上、残念ながら、本書は吉本さんの「高村光太郎」に対する、真率きわまる祖述の書であり、追認者の書の域にとどまってしまった。
「これって、大学の先生が、学生に向かって、おれは吉本とこういうふうに出会い、こう読んできたぞという報告書じゃないの?」
高村光太郎や四季派の詩人たちが、日本的な軍国主義思想にどう迎合していったかは、単に過ぎ去った「歴史の一コマ」ではなく、いわば「根がらみ」ともいうべき日本の固有の思考回路の問題としてえぐり出しているわけで、そのさきには、天皇制の壁が立ちはだかっている。「にっちもさっちもいかないような危機に直面したとき、日本人はまた、そこへもどってしまうぞ」という声が聞こえてくる。
それは、鹿島さんがかかえてきた鹿島茂の「もうひとつの側面」なのである。
1968年。鹿島さんたち団塊の世代にとっては、吉本隆明がもっとも輝いていた「あの日」・・・ということになる。
わたしのように、いつも団塊の世代の背中を見ながら歩いてきた人間には、ことはもう少し屈折している。鹿島さんは、学生を中心とする若い世代に読者を限定して「わかりやすさ」を優先させたのだろう。そういう意味では、わたしのような読者には物足りないけれど、本書を高く評価する人もいるだろう。それはそれである、とひとまずいっておこう。
評価:★★★★
こんなことでもなかったら、読まずにすましていたろう。
「鹿島さん、苦手なジャンルには手を出さないほうがいいのに・・・」
書店の新刊の棚で見かけたときのファースト・インプレはそんな感じだった。
吉本隆明について論じることは、そうたやすいことではない。
評者にとってまことに手強い、巨大な「試金石」といえる存在だから、大抵はぶつかったほうが、砕け散ってバラバラにされてしまうのである。それほど読んでいるわけではないから推測となるのだが、世に多く出ている吉本論の大半が、それをものがたっていると思われる。
わたしが思うに、日本にはこれまで、西欧的な意味での思想家らしい思想家は、ほんとうに、数えるほどしか現われていないのではないだろうか? たとえば、空海、親鸞など仏教者や、何人かの儒学者、国学者をのぞくと、ほかにだれを挙げていいか、はたと困惑せざるを得ない。
近代以降においては、吉本さんの存在は文学者、思想家、詩人としてますます巨きく、他の存在を圧している。団塊の世代の学生たちは、この思想家から、さまざまに影響を受けながら自己の精神史をスタートさせていった。鹿島さんのこの本を読んで、その感触はほとんど確信に変わった。
バルザシアン鹿島茂のもうひとつの側面が、透視図のようによくわかる。
本書は吉本さんの膨大かつ多岐にわたる著作のなかから、「高村光太郎」に焦点をあわせ、その一点から、この思想家を、鹿島さん自身が、自身のことばでどう読み解くかに収斂させていく手法をとっている。
鹿島さんは、19世紀フランス文学の専門家。広汎な社会風俗の研究を通じて、人間とはなにかを、視覚的に、あるいはパノラミックに研究するのを得意としてきた。「おや、吉本さんについて、どうかかわってきたんだろう?」
読んでいくにしたがって見えてくるのは、近代における西欧留学が刻み込んだ精神の痕跡と、広い意味における「転向」の問題に最大の関心がはらわれているということ。
つまりそれこそ、鹿島さん自身が突きあたった最初のアポリア(難問)であり、本書執筆の動機なのである。
しかし、・・・。本格的にこの論を展開するなら、鹿島茂の芥川龍之介論、高村光太郎論をさきに書くべきであったろう。それをおこなっていない以上、残念ながら、本書は吉本さんの「高村光太郎」に対する、真率きわまる祖述の書であり、追認者の書の域にとどまってしまった。
「これって、大学の先生が、学生に向かって、おれは吉本とこういうふうに出会い、こう読んできたぞという報告書じゃないの?」
高村光太郎や四季派の詩人たちが、日本的な軍国主義思想にどう迎合していったかは、単に過ぎ去った「歴史の一コマ」ではなく、いわば「根がらみ」ともいうべき日本の固有の思考回路の問題としてえぐり出しているわけで、そのさきには、天皇制の壁が立ちはだかっている。「にっちもさっちもいかないような危機に直面したとき、日本人はまた、そこへもどってしまうぞ」という声が聞こえてくる。
それは、鹿島さんがかかえてきた鹿島茂の「もうひとつの側面」なのである。
1968年。鹿島さんたち団塊の世代にとっては、吉本隆明がもっとも輝いていた「あの日」・・・ということになる。
わたしのように、いつも団塊の世代の背中を見ながら歩いてきた人間には、ことはもう少し屈折している。鹿島さんは、学生を中心とする若い世代に読者を限定して「わかりやすさ」を優先させたのだろう。そういう意味では、わたしのような読者には物足りないけれど、本書を高く評価する人もいるだろう。それはそれである、とひとまずいっておこう。
評価:★★★★