二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

高村光太郎詩集   高村光太郎

2010年01月27日 | 俳句・短歌・詩集
思い出してみると、若いころに、最初に感動したのは、立原道造の詩集だった。
日本語に新しい表現の可能性を付け加えたといってもいい、ある意味で新古今的な、繊細きわまりないレトリックが、たまたまわたしのセンスとぴったり符合したのだろう。
立原や中原中也の詩を理解するには、25年か、30年生きていれば十分であり、その意味で、「青春の詩」といえる。島崎藤村の詩も同じ。のちに小説に転じて、詩は書かなくなっていったからだ。萩原朔太郎や、宮沢賢治は、そういった青春の詩と比較し、ずいぶんと複雑な、いくらか病的といっていい、精神と生活の陰翳をかくし持っている。

若い世代向けに編集された「近代詩人選集」に収録されている高村光太郎の作品は、これらの詩人のなかにおくと、やや異彩を放っている。
わたしは長い間、「道程」「智恵子抄」の代表詩編によって、光太郎を記憶していた。美を謳いあげても、倫理のにおいがする。その倫理性に、反発を覚えてきたのであろう。
「光太郎の詩は、その彫刻のようにゴツゴツしている」
頑固で、無骨で、容易におのれの意志をまげず、最後まで義に殉じようとする侍的な気概のようなものが鬱陶しいのであった。

ところが・・・。自分が50歳を目の前にしたあたりから、ほかならぬ光太郎の詩が、これまでとは違った輝きをおびて、見えてくるようになった。
光太郎は、3度「挫折」を味わった男である。まずは父光雲に、つぎにロダンに、長沼智恵子に。自分が心血をそそいだものに、ことごとく破れ、そして戦争協力者となっていく。
光太郎の詩の本質は、方法論や、レトリックや、個人的なパラノイアや、ファンタジックな砂上の楼閣にひとしい幻像から生まれ出てくるものではない。
現実の生活にその根をおろした、時代の子としての、確固たる足取りにそのモチーフがある。「美しいか、美しくないか」は、同時に「正しいか、正しくないか」とlinkしていく。
狂った智恵子を、あのように(美化して)作品にするにあたって、光太郎は、自身の「生の根拠」を託していく。

そして、戦争協力者としてむかえた惨めな敗戦。アトリエが焼けてしまい、彼は何もかも失うのである。光太郎は、岩手県の宮沢清六(賢治の8歳下の弟)方に身を寄せるが、そこも戦災で焼け出され、花巻市の郊外に小屋を建てて、独居自炊の生活を、7年間つづけることになる。これが、自己処罰としての流謫なのか、厭世観によるものか、あるいは、ほかに理由があるのか、わたしには、まだ見極めがついていない。

「独居自炊」や、「典型」に収められた「暗愚小伝」などを読んでいくと、晩年の光太郎の像が、徐々に浮かび上がってくる。
  今日も愚直な雪がふり
  小屋はつんぼのやうに黙りこむ。
  小屋にゐるのは一つの典型、
  一つの愚劣の典型だ。
     (「典型」より)

追いつめているのか、追いつめられているのか?
その小屋に、一人の女性がやってくる。

  智恵さん気に入りましたか、好きですか。
  後ろの山つづきが毒が森。
  そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
  智恵さん こういうところ好きでせう。
         (「案内」より)

この詩は、智恵子の死から、11年目に書かれている。

自分の妻を、しかも狂死した妻を、このような詩に書かざるを得なかったところに、この詩人の孤絶感が横たわっている。外からは「独居」と見えても、じつは智恵子との、他の容喙を許さない、絶対的な二人幻想(対幻想)に守られたものであったところにこそ、光太郎が味わった荒涼たる孤独が存在する。
「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」と書いたのが、大正2年、智恵子の死が昭和13年。しかし、彼は4度の痛切な体験を乗り越えて、もういちど蘇る。それが、土の塊でできたような、あの無骨な、「乙女像」である。どっしりとした重量感は、泥のついた野菜のようで、まさに土のなかから掘り出されたことを物語っている。
彼が願ったのは、自然による「浄化」であったのか、あるいは若々しいエネルギーへの、素朴な賛歌であったのか・・・アンソロジーを一冊読んだくらいで、それを見極めるのはむずかしいといわねばならない。



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