二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

60戯画――世紀末パリ人物図鑑   鹿島茂

2010年01月07日 | エッセイ(国内)
12月後半に入って、仏文学者、エッセイスト鹿島茂さんの書物をずいぶん買った。
大型書店で手にできるものはそろえたが、品切れもあった。そのほとんどは、近所のBOOK OFFの棚にならんでいた。
わたしの場合、フランス語は話せないし、フランスやフランス文学を意識したことすら、ほとんどなかった。
けれど、それで本書のおもしろさがそこなわれることはない。

60のイラストと、それに添えられたコラム。やすやすと一気呵成に書いているように見えるが、およそ1000字と紙面がかぎられているから、その短い分ことばのセレクションにご苦労があったのではないか?

むろん、すばらしいのは、この60枚の戯画。すなわち、カリカチュア、風刺画なのである。これを描いたのは、アンドレ・ジル。最後のページに、このジルについてのコラムが置かれている。

わたしはわが国の山藤章二さんを思い出したけれど、画風はまったく違う。
おもしろおかしくデフォルメしているのではなく、しっかりした批評眼が背後に光っている。19世紀フランスに、風刺新聞というものがあったのは、この書物でわたしははじめて知った。ユゴーやゾラやランボーやヴェルヌなどの文人ばかりでなく、政治家や将軍までが登場する。いくら言論の自由の先進国とはいえ、同時代の社会的な名士をこんなふうにからかうとは、その反動のようなものを浴びたはず。
ときには、こってりと、毒がもられているからだ。

鹿島さんは、古書蒐集家としても有名で、エッセイ集も刊行している。ここに再現された戯画は、ラ・リュンヌやレクリプスなど、当時の風刺新聞のトップを飾ったものだという。
そのすべてをコレクションしたという情熱には脱帽のほかない。
コラムを60編集めたものだから、一時間もあれば読めてしまう。しかし、戯画はむろん、文章もなかなかテイスティ。
紅茶かコーヒーでも飲みながら、お天気のいい日、ベランダか縁側の日溜まりでゆっくりと読んでいると、身分不相応な贅沢をしている気分を味わうことができるだろう。

くすくすと笑いがこみあげたり、意地悪にきらっと目を光らせたり・・・、こういった人物の業績や、書かれた小説、描かれた絵画を知っていればいるだけ、本書の味わいは深くなるはず。フランス文学や、フランスの歴史をめぐる本を何冊か読んだあと、もういちどもどってきて、味わいの微妙な変化を愉しんでみたい。
そう思わせる、小さいがたいへん洗練された資料庫のような書物である。

複製時代の新しい絵画、イラスト。
その効用と風刺のおもしろさに、読者はあらためて目を瞠るだろう。


評価:★★★★

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