二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

司馬遼太郎のノンフィクション ~「ロシアについて」と「モンゴル紀行」など

2021年10月04日 | ドキュメンタリー・ルポルタージュ・旅行記

このところ本は読んでいたが、レビューは書く気にならなかった。
まめに書いたとしても、こういった記事の読者はほとんどいないに等しいのでついつい億劫になる。
カメラの世代交代用で、新機種(わたしにとっての)が2台、オリンパスOM-D EM-5ⅢとニコンZfcがやってきた。そのため、撮影を中心に生活の半分がまわりはじめた。むろん読書は日課となっているので、平均1時間は読んでいる。


■この数週間、手にした本の一覧。(このほか村上春樹さんの短篇集3冊読んでいるがレビューではふれない)

1.「村上春樹イエローページ―作品別」加藤典洋編集(荒地出版社 1996年刊)
 本書はPart1にあたるが、Part2~4と続巻も出ているから、けっこう読まれているのかもしれない。
ところどころ拾い読みした。どこも5~6ページ読んでギブアップ! ぜんぶふくめて1/4も読んでないなあ。おもしろくないのですよ。これじゃ無評価にするしかないだろう。

評価:なし


2.「村上春樹にご用心」内田樹(アルテスパブリッシング 2007年刊)
 内田樹さんは、例によって“思考のアクロバット”をやっている。著作はこれまで5冊ほど読ませていただいたが、近ごろは「勝手に遊んでいろよ」という、いささか冷めた目で眺めている。
本書も内田さんらしい、入り組んだおしゃべりのサーカスを演じている。文学論でも作家論でもない。村上作品を解き明かす役には立たない。
村上さんをネタにしながら、内田さんがご自分の論をひたすら展開(;^ω^)
熱心な村上文学ファンは、こういう本をおもしろく読めるんだろうか?

評価:☆☆





3.「ロシアについて 北方の原形」司馬遼太郎(文春文庫 1989年刊)
さて、司馬遼太郎さん(^^♪
「街道をゆく」の未読の本を読んでおこうと思いはじめていた。しかし、その前にこちらを読んでおかねば・・・と考えなおし、手に取った。
ソ連時代の視線から眺めた“ロシア”なので、古びてしまったと感じられる部分が多い。
だけど、まあ、全体としては、現在でも読む価値は十分ある。
ロシアは日本の隣国。しかも、1600年代のおわりごろからのつきあい。でも司馬さん、ずいぶんと書きにくそうである。
「ノモンハン事件」(事件というが事実上宣戦布告なき戦争)へのこだわりは強いものがある。そして加うるに、日露戦争。

本書を読みおえたあとすぐ、「北槎聞略―大黒屋光太夫ロシア漂流記」 (岩波文庫)と、井上靖「おろしや国酔夢譚」(文春文庫)を買ってきた。
司馬さんの場合は、第二次大戦のとき、自分が戦車で従軍した満洲の印象が、強烈に刻みこまれている。
ノンフィクションというべきか、ドキュメンタリーというべきか´・ω・?
旅行記ではなく、ロシアと日本をめぐる歴史散歩であり、無手勝流のエッセイ。
連載したあとしばらくほったらかしていたのを、編集者にせっつかれて、本にするため書きなおししたものだそうである。

「シビル汗の壁」「カムチャツカの寒村の大砲」「湖と高原の運命」の各章は読み応えがあった。歴史家の書いたロシア史では学ぶことができない独自の省察がちりばめられている。「街道をゆく」の特別編として読むと違和感がないように思えた。

評価:☆☆☆☆


4.「モンゴル紀行 街道をゆく5」朝日文庫(2008年新装版刊)
「街道をゆく」は全43巻あり、司馬さんのライフワークである。
司馬さんの紀行は、空間の移動というより、時間の移動。出かけたさきざきで、歴史の薄暗闇に中へ分け入っている。
本シリーズで海外へ出かけた巻は、
「韓のくに紀行」2
「モンゴル紀行」5
「中国・江南のみち」19
「中国・蜀と雲南のみち」20
「南蛮のみち Ⅰ」22
「南蛮のみち Ⅱ」23
「中国・ビンのみち」(ビンは門構えに虫)25
「耽羅紀行(たんら)」28
・・・のほか、アイルランド紀行、オランダ紀行、ニューヨーク散歩、台湾紀行がある。

さすがライフワークというだけに、これらすべてを読むのは容易なことではない。
それらのうちの第5巻「モンゴル紀行」である。
司馬さんご自身、若々しかったし、エネルギーの奔騰を感じさせる、きわめつけの場面が何か所も出てくる。
この時代にモンゴルへ渡航するというのは、なかなかの難事業であったのだ。むろん司馬さんがモンゴル語学科の出身だということは、ファンなら知らぬ者はいない。
長年の夢をかなえて、興奮している。モンゴルの北はロシア、南は中国。これらモンスターのような巨大国家にはさまれながら、モンゴル人はたしかな自己評価self-evaluationを保ちつづけてきた。数百年という時がたつあいだに大国に呑み込まれて消えてしまった少数民族があまた存在する中で、モンゴルがいかにたたかい、生き延びてきたのか、司馬さんの考察は深い瞑想の域にまで達していると思われた。
紀行文学の秀作。

評価:☆☆☆☆☆


5.「濃尾参州記 街道をゆく43」朝日文庫(2011年新装版刊)
「街道をゆく」の掉尾をかざる一冊。司馬さんは死んでしまった(1996年 73歳没)。
最後となったこの43巻には、付録としてミニアルバムがあり、「街道をゆく」執筆中の司馬さんの風貌が10枚ばかり掲載されている。
さらに本巻を担当した安野光雅さんの挿絵、エッセイを収録。そして本文おしまいの87ページには「未完」の文字がある。

参州は現在は三州と表記するのが一般的だろう。
「街道をゆく」は25年間にもわたる労作。その最後の一冊の表紙が、雪の岐阜城!
何となんと美しいのだろう。岐阜城の天守にはのぼったことがあるけど、こんなにも美しい城だったのか?
わたしは名古屋城と見間違えてしまったくらいである。

評価:☆☆☆☆





村上春樹さんは、歴史的な事象にはほとんどまったく関心をしめさない。それにひきかえ、司馬さんの紀行は、旅=歴史紀行なのである。書き方はいたってわがままで、脱線につぐ脱線。
だけど、読者は振り回されることはない。司馬さんの道草も、それはそれで充分愉しめる。「街道をゆく」全43巻。失われた時代、失われた人びとへの、長期にわたる探求がこの43粒の結晶としてあとに残された。

唐突に聞こえるかもしれないが、若山牧水によく知られたつぎの一首がある。

かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな

“ほろびしものはなつかしきかな”
このなつかしさの感情を胸に秘めて、司馬さんは沖縄から北海道まで、さらに海外にまで歩をのばしたのである。
同行した画家をはじめ、多くの編集スタッフのささえがあったとはいえ、司馬遼太郎さんでなければなしえなかった偉業というべきであろう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 空の二重奏 | トップ | 井上靖の傑作「おろしや国酔... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ドキュメンタリー・ルポルタージュ・旅行記」カテゴリの最新記事