二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

上州の山

2012年10月02日 | Blog & Photo
<利根川河川敷から赤城山を望む>


わが故郷に歸れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。
鳴呼また都を逃れ來て
何所(いづこ)の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未來は絶望の岸に向へり。
砂礫(されき)のごとき人生かな!
われ既に勇氣おとろへ
暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に獨り歸り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり



この作品は、萩原朔太郎の「歸郷」(詩集「氷島」所収)で、
《昭和四年の冬、妻と離別し二兒を抱へて故郷に歸る》と自注がある。

会社からクルマで5、6分の敷島公園の松林の中に、この「歸郷」の詩碑がある。
いまでは訪れる人は少ないが、たまに拓本をとりにくる者があるとみえて、詩碑の表面は、いつも黒々と墨に染まっている。

「月に吠える」で、清新極まりない口語自由詩の先駆者となった朔太郎は、生活にも、詩作にもいきづまって、やがて「氷島」へと、後退していく。
しかし、むろん故郷は彼にとっては「安息の地」たりえず、暗い詩魂をかかえて、利根川べりをさまよい、一群の「郷土望景詩」などを書くようになる。

いまでは、新幹線で高崎~東京間は1時間。上野駅までなら、45分である。
ところがこの時代、上野駅から高崎駅までは、3時間はかかっただろう。
だからこそ《まだ上州の山は見えずや》の一句が重みをもってくる。

こちらでは、赤城、榛名、妙義の山々を「上毛三山」と呼びならわしている。
そのほかに、西には名山・浅間山があり、上越国境には、谷川連峰が顔をのぞかせる。
前橋は朔太郎の町。
生前はあんなにつれなかったくせに、いまとなって、郷土の人びとは、彼を「観光資源」として活用しているのだから、皮肉なものである。
市の広報を見たら、第20回(2012年)萩原朔太郎賞は、学生時代にインタビューのため二度ほどお遇いしたことがある佐々木幹郎さんに決まったと報じられていた。

砂礫(されき)のごとき人生かな!
われ既に勇氣おとろへ
暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に獨り歸り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。

ご覧のように、これは悲痛極まりない詩で、彼がどんな思いをいだいて、利根川のふちをさまよったか、察するにあまりある。
昔もいまも、人は詩だけを書いて生活することはできない(谷川俊太郎さんのような例外もあるが)。
生活が破綻し、精神的にもいきづまって、悲憤慷慨したくて、彼は杖にすがるような気分で、文語詩をいわば“シェルター”として選んだのだろう。むろん、いまとなって読み返して、共感したくなるところがないわけではないが・・・。
朔太郎の精神の敗北は、日本近代の敗北へとつながり、一億こぞって、やがて対米戦争へと突入していく。
朔太郎が死んだのは、昭和17年、享年55。
わたしは彼より、すでにして、5年長く生きたことになる(^^;)

いまではそこいらじゅうに、朔太郎の詩碑が建っている。
前橋で暮らしていると、朔太郎の影のようなものを、いたるところに見かける。
自分で詩を書くとき、彼を意識することはまったく・・・といっていいほどないけれど。



これは前橋文学館のエントランスにある、朔太郎のブロンズ像。



こちらは、わが家の裏庭といっていいような場所から眺めた、秋晴れの赤城山。



台風一過、大風が吹いて、花弁を拡げた曼珠沙華をずいぶんなぎ倒した。
この一枚は比較的被害が少ないところを選んで写したもの。



このあたりまでくると、赤城山は山容を変える。
右側にもっこりと突き出しているのは鍋割山。赤城は弧峰だけれど、じっさいにはいくつかの峰峰に分かれ、最高峰黒檜山(くろびさん)の標高は、1828mだが、それはこの位置からは見えない。
手前に拡がるのはブロッコリーの畑。

ご覧のように、わが郷土は風光明媚な土地柄である。とくに秋から冬にかけては、お天気さえよければ、スタインベック描くところのサリナスの谷間のように、遠くの山々が美しく輝く。

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