
一枚一枚の写真もわれわれと同じように、時空の中を運命の翼に乗って旅している。
昨日というか、正確には今朝方、マイミク・ツバメさんにレスを書きながら、ドアノーが写真集「子どもたち」(リブロポート刊)のおしまいで、こう語っていると、以前ご紹介したことがあるのを思い出した。
ところがわたしが勝手に脚色を付け加えてしまったので、正確にはつぎのように書いてあった。
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/a4dc455a9daac436f1c08fd79e1602c8
写真とは何かをかんがえるとき、わたしは決まってこのエピソードを思い出すのは、いまもって変わらない。
現在はたいした価値がなくとも、10年後、あるいは20年後、いやいやもっとはるかな未来に、突如としてある価値をおびるかも知れない・・・ということがいいたいのである。
いますぐに発表できなくてもかまわないのである。
わたしは「ストリートスナップが撮りたい」という欲望に抗することができない。
そして、撮った写真を、長い旅に出発させる。
それが友人まで公開のアルバムの役割だとおもう。
何年かたって、また見返す。そしてまた何年かたって。
津波被害あった地域の人々が懸命になって失われた写真を探し、傷んだプリントを再現してもらったりしているというニュースが流れたときも「ああ、そうだよね、生きてきたあかしのひとつ。それがきっと写真なんだろう」と考え、納得するものがあった。
うらぶれた田舎町で暮らしていると、祭り日の中心市街地くらいしか、人物スナップを撮影するチャンスがないといっていい。
祭り日には、商店街の道路が「晴れ舞台」となるから、人びとは撮影されることに対して寛容になる。
「ハレ」と「ケ」ということばをご存じだろうか?
そう・・・わたしの祭り日の写真は、「ハレ」の写真なのである。
相手が気がつくまえにすばやく撮影をおえていなければ、スナップショット(あるいはキャンディッドフォト)にはならない。人間には自意識があるから。
だから自然なしぐさや表情は、こういうスタイルでしか、撮ることができないのである。
たまにスナップショット、路上スナップを盗撮のようにいう人がいるが、それは大きな誤解(;´-`)
わたしは「街の鼓動」に関心があるのだし、人びとを撮るというのは、広い意味でその人を称えるための行為の一つだと考えている。
「あなたはすばらしい被写体でもあるのです、わたしがそれを証明します」
いちいちそうお断りして撮影して歩くわけにはいかないから、黙過していただいている。
そして、これはプライバシーの侵害にあたるかな・・・と感じられるフォトは、数年間の旅に出している。
そういう写真を二日間にわたって撮影した、へなちょこながら、力の限り!
昨日はモノクロ編、今日はカラー編の第一部である~~ヽ もう若くはないなあ、体力の限界感じるよ・・・とわたしの足や眼が訴えている(笑)。
でも、でも。
何枚かは、ああ、そうだ。こんな写真が撮りたかった。
そう思えるカットがあるのがうれしい。わたしのまなざしをひきつけた祭り日のMAEBASHI。
「ほら、こんなこともあったし、あんなことも。ああ、そうなんだね。写真を見ると、ありありと思い出すね。これがきみ、こっちがぼく。あれれ、こんな服着ていたっけ? なつかしいなあ。写真って二度とはかえらない、貴重な時間の化石なんだね」



いずれはだれもが、老いて死んでいく運命にある。人はそのことを知っている生き物である。だからたぶん、写真が発明されたのだ。一刻もその場にとどまってはいないし、とどまることなんて、できやしない。
時間の経過が、写真に別な価値を生むとは、そのこと以外ではないだろう。だから、これからも「愛する郷土」を撮り続ける。
昨日というか、正確には今朝方、マイミク・ツバメさんにレスを書きながら、ドアノーが写真集「子どもたち」(リブロポート刊)のおしまいで、こう語っていると、以前ご紹介したことがあるのを思い出した。
ところがわたしが勝手に脚色を付け加えてしまったので、正確にはつぎのように書いてあった。
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/a4dc455a9daac436f1c08fd79e1602c8
写真とは何かをかんがえるとき、わたしは決まってこのエピソードを思い出すのは、いまもって変わらない。
現在はたいした価値がなくとも、10年後、あるいは20年後、いやいやもっとはるかな未来に、突如としてある価値をおびるかも知れない・・・ということがいいたいのである。
いますぐに発表できなくてもかまわないのである。
わたしは「ストリートスナップが撮りたい」という欲望に抗することができない。
そして、撮った写真を、長い旅に出発させる。
それが友人まで公開のアルバムの役割だとおもう。
何年かたって、また見返す。そしてまた何年かたって。
津波被害あった地域の人々が懸命になって失われた写真を探し、傷んだプリントを再現してもらったりしているというニュースが流れたときも「ああ、そうだよね、生きてきたあかしのひとつ。それがきっと写真なんだろう」と考え、納得するものがあった。
うらぶれた田舎町で暮らしていると、祭り日の中心市街地くらいしか、人物スナップを撮影するチャンスがないといっていい。
祭り日には、商店街の道路が「晴れ舞台」となるから、人びとは撮影されることに対して寛容になる。
「ハレ」と「ケ」ということばをご存じだろうか?
そう・・・わたしの祭り日の写真は、「ハレ」の写真なのである。
相手が気がつくまえにすばやく撮影をおえていなければ、スナップショット(あるいはキャンディッドフォト)にはならない。人間には自意識があるから。
だから自然なしぐさや表情は、こういうスタイルでしか、撮ることができないのである。
たまにスナップショット、路上スナップを盗撮のようにいう人がいるが、それは大きな誤解(;´-`)
わたしは「街の鼓動」に関心があるのだし、人びとを撮るというのは、広い意味でその人を称えるための行為の一つだと考えている。
「あなたはすばらしい被写体でもあるのです、わたしがそれを証明します」
いちいちそうお断りして撮影して歩くわけにはいかないから、黙過していただいている。
そして、これはプライバシーの侵害にあたるかな・・・と感じられるフォトは、数年間の旅に出している。
そういう写真を二日間にわたって撮影した、へなちょこながら、力の限り!
昨日はモノクロ編、今日はカラー編の第一部である~~ヽ もう若くはないなあ、体力の限界感じるよ・・・とわたしの足や眼が訴えている(笑)。
でも、でも。
何枚かは、ああ、そうだ。こんな写真が撮りたかった。
そう思えるカットがあるのがうれしい。わたしのまなざしをひきつけた祭り日のMAEBASHI。
「ほら、こんなこともあったし、あんなことも。ああ、そうなんだね。写真を見ると、ありありと思い出すね。これがきみ、こっちがぼく。あれれ、こんな服着ていたっけ? なつかしいなあ。写真って二度とはかえらない、貴重な時間の化石なんだね」



いずれはだれもが、老いて死んでいく運命にある。人はそのことを知っている生き物である。だからたぶん、写真が発明されたのだ。一刻もその場にとどまってはいないし、とどまることなんて、できやしない。
時間の経過が、写真に別な価値を生むとは、そのこと以外ではないだろう。だから、これからも「愛する郷土」を撮り続ける。