■「新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか」 (小学館新書 2017年刊)
ことばをつくり出す。
思索の旅のさきに、これまでに存在しなかった概念に到達したとき、人間というのは、新しいことばをつくり出すことになる。
福岡ハカセの「動的平衡」はその典型といっていいだろう。※註1
小学館新書の「動的平衡」は、1、2、3と3巻あり、前回取り上げたものが2で、今回のものが1にあたる。本来は1から読むのが筋だろうが、結果としてこうなった(´ω`*)
《大量のニワトリを一ヵ所で閉鎖的に飼うような近代畜産のあり方は、インフルエンザ・ウィルスに、進化のための格好の実験場を提供しているようなものである。
まったく同じことは、好んで大都市に住む私たちヒトについても言える。都市化と人口集中が進めば進むほど、ウィルスにとっては好都合である。都会は、ウィルスにとって天国のようなところなのだ。》(224ページ)
これはトリインフルエンザの蔓延を睨みながらの考察。
コロナウィルスが現在のように世界で大流行する前に、福岡ハカセは、大都市がその背後にかかえているリスクを、ズバリ指摘している。
《ウィルスは細菌よりもずっと身軽に自分自身を変化させることができるのだ。》(225ページ)
大都市と感染症。
そのイタチごっこはこれからもくり返され、人間はそのたびに“新薬”をつくり、ワクチンとして接種することになるだろう。ウィルスは細菌よりもずっと身軽に自分自身を変化させることができるのだから、追いつくころにはつぎの新型が発生する可能性が高い。
都会は、ウィルスにとって天国のようなところ・・・このひとことを、銘記すべきだろう。
さて、ここで、BOOKデータベースから引用させていただこう。
《「生命とは何か」という永遠の命題に迫る!
●年を取ると一年が早く過ぎるのは、「体内時計の遅れ」のため。●見ている「事実」は脳によって「加工済み」。●記憶が存在するのは「細胞と細胞の間」。●人間は考える「管」である。●ガン細胞とES細胞には共通の「問題点」がある…など、さまざまなテーマから、「生命とは何か」という永遠の謎に迫っていく。発表当時、各界から絶賛され、12万部を突破した話題作をついに新書化。最新の知見に基づいて大幅な加筆を行い、さらに画期的な論考を新章として書き下ろし、「命の不思議」の新たな深みに読者を誘う。哲学する分子生物学者・福岡ハカセの生命理論、決定版!》
本書は、エッセイやコラム・対談集のような、どちらかといえば“こぼれ話”的なものをあつめた本ではなく、主著の一つ。
お気軽には読み流せないと思いながら、ポストイットをたくさん用意して読書にとりかかった^ωヽ*
表題にも引用したように、あとがきで、
《考えが言葉を探そうとする》と、福岡さんは述べておられる。ここまでくれば、ほぼ哲学者の仕事。生物学者であり、哲学者である。しかも、時代の最先端をじっと見つめながら、生物学の専門家としての仕事もしておられる。
おしまいの「新書化に寄せて」をふくめ、全9章、318ページ。
遺伝子工学だのDNAの研究だのという現代の最先端テクノロジーのわかりやすい紹介が、随所にばらまかれているので、知の興奮度100%である。
「動的平衡 2」のときも思ったことだが、こういう本が読みたかったのだ。
《秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。この世界において、最も秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー増大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。これを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのだ。これが生きていること、つまり動的平衡である。》(297ページ)
第2章 汝とは「汝の食べた物」である 「消化」とは情報の解体
第5章 生命は時計仕掛けか? ES細胞の不思議
第6章 ヒトと病原体の戦い イタチごっこは終わらない
第7章 ミトコンドリア・ミステリー 母系だけで継承されるエネルギー産出の源
第8章 生命は分子の「淀み」 シェーンハイマーは何を示唆したか
これらの各章において、福岡ハカセの叙述は非常にエキサイティング! 現代における生物学のキーワードが、つぎからつぎへと展開されるのはジェットコースターなみ・・・といっていいかもね♪
図版、図形を使って説明した第9章はわたしにはやや難解だったが、全体はいたって平易で明晰。
YouTubeにも多くの動画がUPされているのは、あちこちで“引っ張りだこ”となっている証拠なのだろう。
知的興奮にひたり込みながら、現代の生物学 (分子生物学)のエッセンスを、上質かつ正確な表現で教えてもらえる。ノーベル生理学・医学賞を受賞した研究者の名がぞろぞろと出てくるこのあたりが、生物学のいわば最先端。新しい知見がたっぷり盛り込まれた思索の旅である。
エキサイティングであって当然だろう。
もう一度言及すれば、こういう本が読みたかったのだ。力作ですぞ。
ところで危険に満ちた大都市から脱出し、田舎暮らしをしようとする人、いないかしら? 感染症への恐怖がいくらかやわらぎますよ( -ω-)
地震・噴火などの巨大災害にも弱いですからねぇ、大都市は。
評価:☆☆☆☆☆
※註1
福岡伸一さんご自身が書いておられるように、ルドルフ・シェーンハイマー(1898-1941)の「動的状態 Dynamic State」という概念が発想のヒントとなっているという。
※註2
ノーベル生理学・医学賞(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%94%9F%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%83%BB%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E8%B3%9E