トマ・ピケティ「トランプのナショナリスト的資本主義は、実は脆弱で追いつめられている」

この記事は、世界的なベストセラーとなった『21世紀の資本』の著者で、フランスの経済学者であるトマ・ピケティによる連載「新しい“眼”で世界を見よう」の最新回です。 用心深く判断を保留していた人たちにとっても、状況ははっきりしたといっていいだろう。少なくとも、そのことだけはドナルド・トランプの手柄だ。右派は存在しており、声高になっているのだ。 トランプ流の政治の特色は、かつての右派の多くがそうだったように、強烈なナショナリズム、社会保守主義、そしてやりたい放題の経済自由主義がないまぜになったところだ。
「ナショナリスト的経済自由主義」と呼んでもいいが、もっと的確に言うなら「ナショナリスト的資本主義」だ。 グリーンランドやパナマに関する言動を一つ見てもわかるが、トランプが好むのは権威主義的な資源収奪型の資本主義である。経済自由主義というものは、歴史をひもとくとわかるが、だいたいこの権威主義的な資源収奪型の資本主義という形をとる場合がほとんどなのだ。 フランスの経済学者・歴史家のアルノー・オランが先頃、上梓した新著『収奪された世界──16世紀から21世紀までの有限性の資本主義についての試論』(未邦訳)にそのことは詳しい。
欧州が果たす役割
はっきりと言おう。トランプ流のナショナリスト的資本主義は、力を誇示したがるが、実際には脆弱であり、追い詰められている。だから、欧州にとっては対処可能である。 ただ、そのためには欧州が自信を取り戻し、新しい同盟関係を結び直し、トランプ流のイデオロギーの強みと限界を冷静に分析する必要がある。 欧州は、その分析をするのに適しているだろう。
幸か不幸か、欧州の発展も、トランプ流に似た、軍事に支えられた資源収奪によって支えられていた時期がそれなりに長くあったからだ。 欧州の列強は、まず力ずくで海上交通路を押さえて、原材料や織物の世界市場を支配すると、19世紀を通じて、その支配に抵抗する植民地(たとえばハイチや中国やモロッコ)に、賠償金を献上するよう強要してきたのだ。 (第一次世界大戦が勃発する)1914年の前夜には、欧州の列強は、お互いの領土や資源、さらにはグローバル資本主義の支配権をめぐって激しく争うようになっていた。 列強同士で賠償金の支払いを強要するようにもなり、賠償金額もどんどん膨れ上がった。
1871年にはプロイセンがフランスに賠償金を課し、1919年にはフランスがドイツに賠償金を課した。その額は1320億金マルク。当時のドイツにとってGDPの3年分だった。 1825年にハイチがフランスに支払うことを強要された賠償金とほぼ同水準である。ただし、ドイツの場合、自国を守る手段があったところが異なる。列強の争いは、際限なくエスカレートし、それがシステムを崩壊させ、思いあがっていた欧州を打ちのめしたわけだ。 ここにナショナリスト的資本主義の第一の弱点が見てとれる。強国が対立し合ってヒートアップすれば、やがては互いを破壊しつくすところに行きつくのだ。
第二の弱点は、ナショナリスト的資本主義が約束する繁栄の夢は、必ず民衆の期待を裏切ることだ。なぜなら、ナショナリスト的資本主義は、強烈なヒエラルキー社会のうえに成り立っており、富がごく一部の人に極端に集中するのが現実だからだ。 いま米国の共和党が、かくもナショナリズムの色合いを強め、外の世界に対して敵意を抱くようになったのは、何よりもレーガン流の政策が失敗したからだ。レーガンの政策は、経済成長を促すはずのものだったが、結局は成長を鈍化させ、大多数の人の収入が伸び悩む事態を招いたのだ。