前回に引き続き長崎県島原半島の小浜温泉をめぐります。今回訪れますのは鄙び系の共同浴場が好きな温泉ファンから熱く支持されている脇浜共同浴場「おたっしゃん湯」です。こちらの浴場は既に多くの温泉ファンによって語り尽くされていますので、詳しくはググって他のサイトをご覧いただくとして、今回の記事では、私が実際に訪問してちょっと気になった部分を中心に、数枚の画像とそれに対する簡単なキャプションとプラスα程度の簡単な内容に留めさせていただきます。橘湾に沿って南北に細長く伸びる温泉街の南端に位置しており、宿より民家が多いエリアの通りを歩いていると、路地の角に浴場の場所を示す看板が立っていました。
路地からアプローチの坂道を上がった小高い丘の上に、長年の歴史がたっぷり染み込んだいかにも古そうな木造の湯屋がどっしりと構えており、単に古いだけでなく、その前で茂る藤棚と松が一幅の絵のような美しい情景を作り出していました。昭和12年の建物なんだとか。
三和土の玄関を入るとすぐに番台があり、戦前にタイムスリップしたかのような佇まいに思わずウットリ。番台には座椅子付きのコタツがセッティングされており、普段はここに店番のお年寄りが座っていらっしゃるのですが、訪問時はご不在だったので、コタツのテーブルの上に湯銭を置いておきました(お風呂から上がると、おじいさんが店番に戻っていらっしゃいました)。
昔ながらの板の間の脱衣室には茣蓙が敷かれてます。古いマッサージチェアが昭和の良い味わいを醸し出していますね。漢数字でナンバリングされている木戸のロッカーは、まるで戦前の銭湯を舞台にした映画のセットみたいですが、これはセットではなく、正真正銘、本物の銭湯の什器であります。
かつて実使用されていた札類もいまだに掲示されつづけられており、いにしえの面影を今に伝えていました。例えば、「大人金三銭」と書かれた「入浴券発売所」や「懐中物ご用心下さい」という注意喚起、そして「本鉱泉医治効用」などなど。個人的に心が惹かれたのは、昭和十二年の日付が書かれた「浴客心得」であり、箇条書きの表現が面白いので、ここに書き写してみますと…
一、泥酔者、保護者ナキ白痴瘋癩者幼者及老衰者ヲ入浴セシメサル事
一、放歌、若クハ喧嘩シ又ハ浴槽内ニアリテ身体ヲ洗ヒ若クハ石鹸糠洗粉其ノ他浴場ヲ不潔ナラシムルモノヲ使用スル事ヲ得ス
一、手拭、櫛、及刷毛ノ類ヲ貸与セサル事
一、唾壷以外ノ喀痰及男女混浴禁止
一、前各号ノ外、浴客ノ注意スヘキ事項
などといったように、現代でも通用する事項もあれば、いま使うといろんな方面から後ろ指をさされそうな表現も随所にみられます。また表現方法のみならず、刷毛の類を貸し借りするような文化があったことにも驚きますし、ましてや唾壺(痰壷)なんて現代日本では見ることができませんよね。現在の日本から失われた庶民生活のワンシーンが垣間見れるこの手のものを、敢えて残してくださっている関係者の方々に感謝です。
浴室も「THE 昭和」といった趣きたっぷり。湯気抜きのある高い天井からヨレヨレの電線が一本垂れさがり、その先に裸電球が一つぶら下がっていました。もしかして夜間はこの裸電球だけで広い浴場内を照らすのかな?
床に敷かれているのは切り出された石材で、排水と滑り止めを兼ねた浅い溝が彫られていますが、長年使い込まれたことにより表面や角が丸くなっており、また長年にわたって温泉の成分がこびり続けてきたため、表面は赤茶色に染まっていました。
こうした裸電球や床の石材をはじめとして、木造の室内は古くて鄙びて昭和の情緒に満ち溢れていると表現して完結したいところですが、現役でいまでも人々から愛され続けているお風呂だからか、たしかに造りは古いものの、決して鄙びてわびしいような斜陽感はなく、想像していたよりタイムスリップ感が少ないことにむしろ驚きを覚えました。お年寄りでも日々活動的で忙しく動き回っている人は、実年齢よりもはるかに若く見えることがありますが、ここのような公共性の高い建物も同じように、客が頻繁に出入りして日々愛用され続けていると、建物としての若さを保ち続けることができるのかもしれません。
浴室奥にある洗い場には、水とお湯の蛇口の組み合わせが4組並んでいる他、昭らかに後から追加としたという感じで、カランの間にシャワーが2基取り付けられていました。またこの洗い場の右手に冷水が貯められている小さな槽が据え付けられていました。夏の暑い日に水浴びをするのにもってこいです。
浴室の中央に据えられた浴槽は目測で3m×3.5m、真ん中で二つに仕切られており、それぞれ4~5人サイズで、槽内には淡いエメラルドグリーンのタイルが張られています。前後を分ける仕切りの上には浴槽にお湯を供給するために樋が置かれており、ここに熱い温泉が落とされると同時に適度な加水も行われているのですが、この樋の先っちょが微妙に奥側の槽へ向いているために、奥側の槽はべらぼうに熱く、手前側の槽は入りやすい湯加減になっていました。奥の槽の熱さは半端じゃなく、私は手を突っ込むだけで尻込みしてしまいましたが、さすが地元の方は慣れていらっしゃるのか、常連のお爺さんは平気な顔をして肩までしっかり浸かっていらっしゃいました。
お湯は無色透明ですが、カルシウムの影響か若干白く靄が掛かったような微濁を呈しています。明瞭な塩味の他、茹ですぎた茹で玉子の卵黄のような匂いがほのかに感じられました。味・匂いともに薄かったのですが、これは加水の影響なのか、はたまたそもそも味などが薄い源泉なのか…。でも食塩泉らしいツルスベ浴感はしっかりしており、湯上りはなかなか汗が引きませんでした。
平日の昼間だというのに、常に7~8人のお客さんが出たり入ったりを繰り返しており、いかに地元の方々から愛されているか、そして憩いの場として重要な役割を果たしているかを実感することができました。お客さんのほとんどはご高齢の方なのですが、お客さんよりこの湯屋の方がはるかに年配であり、もしかしたらこの温泉のお湯を産湯にした方もいらっしゃるかもしれませんね。時代を超えて人々から愛されつづけている素敵な浴場でした。
ナトリウム-塩化物温泉 51℃ 溶存物質11367mg/kg 成分総計11370mg/kg
Na+:3289mg(73.65mval%), Ca++:252.6mg(6.49mval%), Mg++:405.8mg(17.17mval%),
Cl-:6194mg(90.56mval%), Br-:20.07mg, I-:0.357mg, SO4--:807.9mg(8.72mval%), HCO3-:68.65mg,
H2SiO3:123.0mg,
(昭和33年10月27日)
長崎県雲仙市小浜町南本町7 地図
0957-74-3402
8:00~21:00
150円
備品類なし
私の好み:★★+0.5