パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

社長の話

2011年01月10日 | 給食当番
1月10日(月)晴れ

社長との濃密な四日間(・・・誤解を招くような表現はやめなさい)を終え、ほっと一息。
以前一度社長とタッグを組んだ日があったが、
その時に、大体の社長の人生は聞いたつもりだった。
それなのに・・・また一から同じ話を聞かされる・・・
いや、さらにバージョンアップして、学生時代からにさかのぼっての話となる。
せっかく何度も聞いたので、ここに書き留めておくとする。
何の役にも立たないけど。

社長は長崎のご出身。
面接の際、ワタクシの履歴書を見て「をっ!薩摩おごじょですな」
しかし、次にあった時、「田舎はどこ?」
n「鹿児島です。」
社長「を~薩摩おごじょか!」
そして今回・・・
社長「nさんは田舎はあるの?」
n「・・・鹿児島です。」と言った後「薩摩おごじょなんです」と付け加えようかと思ったくらいだ。
そして、案の定、社長「薩摩おごじょだね」
社長、ずいぶんお年より若く見えるが、かなり老化現象が進んでいるのか?
はたまた、使ってるパートさんが多くて、いちいち誰に何を話したか何を聞いたか憶えてないだけか。
高校生の頃にお父上を亡くされたが、お母様曰く「おまえは頭が悪いんだから
大学くらい出てないと使い物にならないから大学へ行け」と言われ上京。
しかし、大学近くに下宿したせいで溜まり場と化し、4人揃えば・・・という生活。
当然成績も悪く、いいところに就職できそうにない。
そこで「よしっ!こうなったら手に職つけるしかない」と服部調理師専門学校へ。
40代でお弁当屋を開業。
ちょうどわが町がどんどん開発されている時期と重なり、おもしろいほど儲ける。
買った家のローンを5年で完済。
奥様は、今のままで十分という感じだったらしいのだが、
手を広げたい社長と対立。
一度目の離婚成立。
ちなみに、今現在、二度目の奥様との離婚調停中らしい。
こちらは女性問題が原因か?
いいか悪いかは別として、若く見えるというのは、こういう色恋沙汰にまみれているせいかもなあ~
今は、郵便局や警察、税務署、病院などの社員食堂を40カ所くらい持ち、
たくさんの女性パートさんを使っているせいもあり、
「(奥さんが)要らぬ心配というか詮索をするんだよなあ~めんどくさいよ」
しかし、それだけたくさんの女性達と一緒に仕事をしてきてるせいか、
はたまたそれが社長たるゆえんか、
今回のワタクシの退職に関しても「追求」することはなかった。
ワタクシとしては、どうしてやめたいのかとか、
彼女達との人間関係とか聞かれたらどうしようかなあと思っていたが、
「合う合わないって、どうしてもあることだからね」とさらり。
よって、自分を援護することも、彼女達を責めるようなことを言うこともなく、
ただただ社長のおしゃべりを聞き続けた四日間であったのは、
今振り返ると、後味の良いものである。
今年、古稀を迎える社長、どうぞ末永くお元気で!
コメント (4)
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