箱根駅伝の往路優勝は、創価大学の初優勝で、昨日は復路5区間で行われました。
各区間で順位が目まぐるしく変わるような展開の中、最終区間まで創価大学が
トップを切っていましたが、10区で3分余りの差があったものを残り2㎞付近で、
2位の駒澤大学が逆転してトップに、そのまま駒澤大学の総合優勝で今年の箱根は
終わりました。 往路苦戦した、青山学院大や早稲田大学などは復路で上位に食い
込んできました。元日のニューイヤー駅伝、2,3日の箱根駅伝の長時間番組は好天
の中無事終了し、今年もいよいよ始まりました。
お正月2日のNHKテレビ「ライジング若冲 天才かく覚醒せり」を観ました。
江戸時代中期の絵師として、狩野派など流派の影響を受けながらも、独自の構図、
筆致、色彩など独特の画風を完成させた若冲に魅力を感じています。
若冲翁
(ウイキペディアより)
テレビでは、若冲に大いなる影響を与えた相国寺住職、大典顯常との関係を中心
にライジングして行く姿が描かれていましたし、さらに売茶翁(月海元照)との絡
みなどの係わりの流れの中で大きく大成されてゆく過程が醸し出されていたのでした。
なんと、山師にはあのチコちゃんのしゃべりをしている木村祐一が起用され
ていました。
NHK放送 ライジング若冲 天才かく覚醒せり
(NHK HPより)
若冲については、2016.11,13と29日の2回にわたってブログアップしていました
のでその記事から末尾にいくつか抜粋させていただきました。
で、この年(2016年)には、東京上野(東京都美術館)で、若冲の代表作「動植綵
絵」30幅と「釈迦三尊像」計33幅の大作が一堂に展示されまして、最長 5時間を超
える待ち行列ができるほどの人気で、とうとう見そびれてしまいました。 その後、
京都相国寺にて同様展示が行われましたので、そちらに脚を延ばして、若冲のそも
そもの深い関係があった相国寺承天閣美術館に行ったのでした。
お目当ての33幅の大作はもちろん素晴らしかったですが、相国寺ならではの若冲
壁画(葡萄図、月夜芭蕉図)を見ることもできましたし、そして何より、蓼科農園
お仲間の才女お二人とご一緒して観覧できたことは、上野をはるかに勝る美術展で
した。
相国寺天閣美術館前にて(2016.11)
伊藤若冲(1716~1800)は、京都の町中の青物問屋の長男として、生まれますが、
23才の時に父親がなくなり、家督、家業をつぐことになりました。しかし、絵画に
興味を持つ彼は、家業は殆ど番頭などに任せて切り抜け、早々と40歳で隠居(弟に
家業を譲る)するや、たちどころに、「月梅図」などの力作を発表しているのです。
さらに、有名な「釈迦三尊像」三幅や「動植彩絵」三十幅を完成させているのです。
これらの作品を、臨済宗相国寺(京都市)に寄進しましたが、後に、寺が困窮し
た折(1889年)に、「動植彩絵」30幅を皇室に献納し、ご下賜金(1万円)により
保全したとあります。その後長く宮中奥深く秘匿される状況となっていましたが、
2016年に一般公開の許可が下り、釈迦三尊像と共に一堂に会することが出来たので
した。
東京都美術館の後、12月4日まで、この両作品が共々、相国寺承天閣美術館「若
冲展」で開催されたのでした。
相国寺美術館では、これらの大作を前に、圧倒されずにはおれない迫力で、大胆
な構図と極彩色の変化に富んだその絵はとても300年も前に描かれたとは思えない
ほどでした。
放送でも、紹介されていましたが、美術館での印象は、 『赤いとさかを付け、
凛とした13羽の鶏を一面に配した「群鶏図」の迫力は素晴らしいですが、反面、小
さな昆虫やへび、とかげなどを水辺の植物(ヒョウタン)とともにたくさん描かれ
た「池辺群虫図」は、その一つ一つの虫たちを描いている若冲翁の心中を思うとき、
妙にふつふつとした楽しさが込み上げてくるのでした。』とありました。
群鶏図
(ウイキペディアより)
若冲を再びテレビでみながら、足掛け5年前当時を今また懐かしく想い出された
のです。
メンデルスゾーン 「歌の翼に」 ペーター・シュライアー