何となく、暗く寂しいイメージが先行しますが、一人暮らしは、若いビジネスマンや、ピチピチとしたやり手の若者は
多く一人住まいしている。
総務省の国勢調査から集計されたデータを見ても、図1世帯人員別世帯数にあるように、単独世帯数が最も多く、
図2年齢別単独世帯数をみれば、若い層と高年齢層途にそれぞれピークがあることが分かります。
図1 世帯人員別世帯数 図2 年齢別単独世帯数
図2では、H17とH22の比較が描かれていますが、やはり高齢者の増加が大きいことと、20歳代は減少傾向で、
年齢がシフトして実年層の単独世帯が大きく増加していることが分かります。
単独世帯の増加率は、H17~H22で16.1%増で一般世帯に占める割合も29.5%→32.4%に上昇しています。
このうち、25~29才が159.1万世帯(単独世帯の9.9%)で最多。20~24才が157.7万世帯(同9.9%)であり、
これら20歳代で全体の2割近くを占めています。 また、85才以上が52.3%増、60~64才が37.7%増、
80~84才が35.6%増であり、60才以上の各年齢階級で増加の割合が高い傾向になっています。
この、60才以上の高年齢層の単独世帯が増加してきているというのが、やはり高齢化社会における種々の
対策が必要とされるのですね。 健康維持・増進の対策、その基本となる心の健康の問題をどのように
解決して行くか、介護の問題、そして個々の単独世帯での問題だけでなく、地域社会全体の取り組みが
さらに重要となって来ています。
また、参考に 図3 男女別年齢別の単独世帯を見ると、女性の高齢者の単独世帯が多いことが分かります。
図3 男女別年齢別の単独世帯 (図の/////部分です。)
このような状況にあって、周りからの種々の対策の他に、自らがどうあるべきか、どのような意識を持ち続けるか・・
根本的な部分について、例のH氏からのネット情報が先刻寄せられていましたので、ここにご披露したいと思います。
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文藝春秋 2014年7月号 p296-303
「少子高齢化を生き抜く『方丈記』の叡智」 山折 哲雄(宗教学者)
【要旨】「枕草子」「徒然草」と並ぶ日本三大随筆の一つ「方丈記」を著した、平安末期・鎌倉時代の歌人・随筆家の
鴨長明。 方丈記は、長明が山深い地にある方丈庵という小さな庵で一人隠遁生活を送りながら綴ったものだ。
本記事は、その鴨長明、あるいは同時代に生きた僧侶・歌人の西行、江戸時代の歌人良寛などの
「世を捨てた隠者」の考えかたや行動に、深刻な少子高齢化を迎える現代日本人の生き方のヒントを見出す論考。
いろいろな形で「一人暮らし」が増えることをネガティブに捉えるのではなく、「一人で生きること」を尊び、
自立して生きるには、どのような心構えであるべきかを探っている。筆者は日本屈指の宗教学者であり、
現在は国際日本文化研究センター名誉教授(元所長)。
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今年4月に、国立社会保障・人口問題研究所が人口動態の将来推計を発表しました。
その中で、「一人暮らしが増大してくる。これを救わないと日本の国が滅びる」と言っています。「一人」という言葉が
負の価値を帯びて語られ、ネガティブな救済対象として取り上げられているのです。
人口がどんどん減少していけば、一人で生きる領域が空間的にも時間的にも広がります。そのとき、
「一人で生きるとは何か?」という新しい哲学や倫理学が必要になるでしょう。人口減少社会、高齢社会を迎える
いまこそ、「一人」の意味と価値を考えるべきです。
歴史を振り返ると、社会の危機や動乱の時代には「一人の人間のあり方とは何か?」が問われました。
その問題を内面化し、血肉化し、ライフスタイルの上で実践した典型的な人物が、たとえば鴨長明でした。
鴨長明は、平安時代末期から鎌倉時代初期を生きた人です。歌人として活躍したのち、50歳で出家して
京都の山中に隠棲し、62歳で生涯を終えました。大地震や台風、大火事や飢饉といった災厄に翻弄されて
命を失う人々の姿を描写し、人生の無常を見事な文章で綴った随筆が『方丈記』です。一人で生き、一人の価値を
追求した人間である長明の人生を追うことによって、我が国における「一人で生きる」ことの内面的な意味を
つかんだり、捉え直すことができるはずです。
私は京都に住んでいるのに、方丈庵へ行ったことがないと気づき、出かけてみました。日野の里から山に登ると、
「方丈石」という石碑が立っている。そこが方丈庵のあった場所で、本当に狭いところです。細い道があるだけで、
間伐材が折り重なって道を塞いでいました。
鴨長明は、好奇心旺盛で、長い旅も厭わない。新しいものは何でも知っておこう、という人間。天変地異に対する
関心も非常に高かった。地震や台風などの災害があると、現場へ行って子細に被害の状況を写し取る優れた
ジャーナリストの目を持っていました。そういう二面性のある人です。
方丈庵もまた、二つの空間からなっています。一つは芸術空間で、琵琶と琴を弾じながら、歌を作ったり
文章を書いたりする。もう一つは宗教空間で、経典を読んだり念仏を唱える場所。 「念仏を唱えても、
俺はなかなか最後まで唱えることのできない人間だ」と弱音を吐いています。そればかりか「サボるときもある」。
ここが後世の人に軽蔑されるわけですが(笑)。
鴨長明には『方丈記』のほかに、もう一つ重要な『発心集』という隠遁者の説話集があります。これは当時の
「往生伝」や「高僧伝」に出てくるさまざまなお坊さんのライフヒストリーを、長明自身の見識に基づいて集めた本です。
その冒頭に出てくるのは、高僧として知られながらその地位を捨てて、まさに「一人」の生き方を追求した人物です。
発心をして、世を逃れて、辺境で乞食の生活をする。そういう人物たちを『発心集』の冒頭で紹介しているのです。
こうした隠者の中の隠者こそ、長明が憧れた聖の生き方ではないのか。
一方の極として、「狂」にも似た「聖」の世界に惹かれながら、他方、念仏をサボったりする、その自己の弱さを
見つめている。その長明の二面性が私にはとても興味深い。
方丈庵には二つの空間があった、と言いましたが、一つの空間を二つに使っていたと言ったほうがいいかも
しれません。長明は狭い中にも宗教空間と芸術空間を区別して置いていたのです。宗教の世界と芸術の世界、
信仰の世界と美の世界のどちらも最後まで手放さなかったのが長明の生き方のすごいところです。
その点は、西行も同じでした。出家僧として漂泊の旅を続けながら、決して歌の道を捨てなかったどころか、
非常に重要視しました。芭蕉もそうです。旅するときは首に頭陀袋、手には数珠という僧形をし、神社仏閣を好んで
参詣していますが、世俗にまみれ、俳句の世界は手放さなかった。良寛もまた、「沙門にもあらず、俗人にもあらず」と
言っています。これもまた、「一人であることによって、自立している」という意味です。一人であってもたじろがない
力を与えてくれるのは、教養のもつ強さだったでしょう。
日本人の基本的な教養というのは、芸術一本槍、あるいは宗教一本槍ではありません。両方に足を置いて
人生を考え、世界を考えていく。この複線的というか、複眼的な生き方に、日本人は魅力を感じるんじゃないでしょうか。
その二股膏薬ともいうべき柔軟な教養が、伝統として我々の血肉に流れていることを、思い返さなければいけません。
私は戦後に学生時代を送り、結婚した期間は、ほとんど「貧乏暮らし」でした。しかしあの時代の貧乏暮らしは
自ら生活の工夫をする、そんな楽しみもあって、ちょっと懐かしくもあります。
貧乏とは何か? 鴨長明から良寛に至る隠遁者たちの生活は、徹底した貧乏暮らしから始まり、
一人暮らしへとなだらかにつながっていました。そう思うとき、貧乏暮らしと一人暮らしを重ねるところから、
新しい価値、人間としての本当の教養を引き出すことができるのではないのか、というのが、いま、私が考えている
ことです。
貧乏というのは、実は豊かな言葉です。「プア」とは違う。「貧乏くじを引く」は日本語だけの表現ですが、
「誰かのために、あえて我が身を捨てる」という味わいがあります。
私が貧乏暮らしの基本として考えている心構えが、三つあります。一つは「出前精神」。どこへでも自分から出ていく、
自分を「出前」する精神ですね。いまは便利な時代で、なんでも宅配で賄えます。自分から出て行く必要がない。
しかし閉じ籠もっていては、何も生まれません。何事も、自分から出ていって仕事をしなければ話にならない。
貧乏暮らしと一人暮らしにとって、出前の精神は欠かすことができないと思うのです。
次は「手作り」。足りないものは、自分で作らなければなりません。電化製品は何でもやってくれるけれど、
故障したらお手上げです。これからも便利な商品はいくらでも出てくるでしょうが、貧乏暮らしや一人暮らしでは、
結局は自分の手足を使うことが必要になります。
三番目は「身銭を切る」ということ。貧乏は貧乏なりに、身を切るということです。なけなしの銭でもやっぱり
自分で使うということがないと、貧乏生活はやっていけません。安酒飲んで元気をつけるというやり方でも、
身銭を切るわけです。
逆に、誰かに来てもらう、出来合いのものを使う、会社の経費や税金のサービスを当てにする──ここからは
何も生まれません。出前、手作り、身銭を切る──この貧乏暮らしの三原則が、「一人の哲学」を生み出す上で
スタートラインになるのではないでしょうか。
もう一つ大切なのは、「一人のライフスタイル」です。一人で立つ、一人で歩く、一人で座る、一人で考える──を
絶えず意識していないと、一人の生き方、一人で生きることの意味を確かめることはできないでしょう。
あるいはそこからしか、「一人の哲学」は生み出されてきません。
震災後、「絆」「助け合い」が強調されました。それ自体は悪いことではありませんが、強調されすぎです。
まず一人で立つ、一人を生きる姿勢があってはじめて助け合いや絆が生まれてくるはずです。
「自助、共助、公助」など といいますが、初めに「助け」ありきではおかしい。まず「自立」があるべきでしょう。
コメント: 「一人で生きること」を前提として、一人ではできないことがあれば、それを家族や会社、自治体や
国家などの「他者」に助けてもらう、というスタンスが理想なのだろう。この前提がないと、「一人でできること」と
「一人ではできないこと」の区別ができず、他者に頼りきる、すなわち自分の人生を他者に委ねてしまうことにも
なりかねない。私たち一人ひとりが、「一人でできることは何か」を考えることで、社会全体も強靱になっていくのではないか。
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