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2012.5 両親と行く奈良井宿散策と安曇野道祖神巡りのドライブ

2012-05-03 20:13:37 | クルマでドライブの部屋

 僕が子どもの頃、ドライブ好きな父は、よく当時の愛車パブリカUP700・カローラKE10でいろんな所に連れて行ってくれた。その父も、今はもう80を過ぎ、心臓疾患を患い、身障者手帳をもつ老人だ。それでも、今もなお自分で愛車ゴルフⅣを駆り、時々ドライブに出かけているくらい元気で常々ありがたいと思っている。耳も少し遠くなり、心配は心配だが、好きなDscf3218_5 ことをさせてあげたいという思いで、見送っている。
 いつだったか、晩ご飯を食べている時、
「よく、奈良井に行くけど、そんなにいい所か。」
と、言ったことがある。中山道R19は僕の大好きな道の一つで、その途中の宿場町の奈良井はお気に入りの場所だ。だから、諏訪や松本方面へのドライブやツーリングでよく立ち寄っている。
 父を奈良井に連れて行ってあげたいと思うものの、身障者の父は長く歩くことができない。宿場町の散策など、到底無理なことだ。そこで、登場するのが車椅子。インターネットで、安くて、軽くて、丈夫な車椅子を探し、取り寄せた。
<4月28日>
 GWの初日の4月28日、VOXYの3列目シートを跳ね上げたカーゴ・スペース部分に、車椅子と折り畳み椅子を積み込み、9時40分頃に豊田の自宅を出た。
 家からすぐの東海環状道豊田松平ICから入り、渋滞状況を見て場合によっては瀬戸品野から土岐か瑞浪まで下道を走るつもりだったが、一向に混み合う様子がない。渋滞覚悟の土岐JCも、ペースを落とすことなくスムーズに超えられ、ドライブ気分の高まる中央道へとすんなりと入ることができた。屏風山PAでトイレ休憩をとり、快適なペースで走り続けた。
 中津川ICからは僕のお気に入りのR19。まずは中津川市街地を抜けた辺りにある元越ドライブインでトイレ休憩をとった。高齢者とともに行くドライブでは、ひんぱんに休憩をとる必要があるのだ。母は、すぐに何かを買おうと店内をぶらぶら歩き出す。旅行に行く機会がめっきり減り、お土産を見るのが楽しみなのだろう。
 元越の次は、道の駅「賤母」にクルマを停めた。父が「道の駅で止まって」と言うので、わずか10㎞あまりでの休憩だ。中部の道の駅スタンプ・ノートのスタンプを増やしたい父は、RDscf3190 19の道の駅のスタンプがほとんど無いので、この先はほぼ各駅停車で進むことにした。
 母はやっぱり、ここでもお土産を買っている。
 道の駅「大桑」でスタンプ休憩をとった後、大桑村須原宿近くの運動公園駐車場でお弁当にした。豊田よりかなり北で標高も高い中山道は、春の花が道の周りの至る所に咲き乱れていた。須原の運動公園も薄いピンクや濃いピンクの花々に囲まれて、暖かな春の日差しを受け、いい雰囲気のピクニック気分になった。芝生に折り畳み椅子を出し、妻が作ったおにぎりを4人でほおばると、家族みんなが健康で過ごしていることの幸せを心の底から感じられた。
 おいしい空気を吸い、きれいな花々の景色をおかずにしておにぎりを食べ、お腹も満たされた。
 須原を出て、上松で国道沿いの小野ノ滝を右手に見て、寝覚ノ床を通過し、道の駅「木曽福島」「日義木曽駒高原」と各駅停車して、中山道R19を北に向かった。木曽川は大きな岩がいっぱいで、愛知で見るおだやかな木曽川とはまったく違う男性的な顔をしている。その周りの赤やピンクの花が、力強さと優しさのバランスを保ち、車窓からは、春と新緑とのいい季節が感じられ、心から「来てよかったなあ」と思えてきた。
 そんなことを思っているうちに、鳥居峠を越え、今回のドライブの目的地「奈良井宿」に着Dscf3197 いた。
 いよいよ車椅子の登場だ。車椅子初体験の父はなんだかうきうきした表情で、押す僕は初体験に緊張気味、母は押したがっているような顔で、妻はそれぞれの顔を見ながら、「お母さんに押させてあげたら」などと、気を遣っている様子。高齢で身障者の父は、約1㎞の昔の面影をはっきりと残した宿場町の街道を散策するなど、とっくにあきらめていたようだが、車椅子があり介助者がいれば大丈夫だ。
 車椅子を押し始めてすぐの踏切で、自在に動く前輪が横を向いてレールの隙間にはまってしまった。危ない危ない。こうなると、前にも後ろにも動かないのだ。力いっぱいハンドルを押し下げ、てこの原理で前部を上げて脱出した。これが、自走式の介助者なしだったら大変なことだ。それに、線路を越えたゆるやかな下りの坂でさえ、ブレーキで進むのを押さえながら進まなくてはならなかったり、わずかな傾斜でも片方の手に力がかかったりするのだ。簡単そうで、案外大変だということが分かった。
 宿場町の街道は古い旅籠や店が並び、まるで江戸時代にタイムスリップしたような雰Dscf3196 囲気が漂っている。しかも、奈良井は木曽路の山の中にあり、歩いているとその先に山が見え、後ろを振り返ってもやっぱい木曽の山がくっきりと見える。ここ奈良井は、木曽の山々を背景に、江戸時代の宿場町の風情そのままの街並みが続き、とてもいい雰囲気を醸し出しているのだ。
 父も、「これは楽ちん」と言いながら、宿場町の風情を楽しんでくれているようだ。
 1㎞ほど歩いて宿場町の北の端のJR奈良井駅手前で折り返し、途中の喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ。4月末の中山道とは思えないような暑い日になり、妻は、
「お母さん、ずっと歩いてるけど大丈夫かなあ。」
と、母の体を心配してくれていた。母も若い頃はスポーツに興じていたとは言え、もう82歳と高齢だ。さっさと見て歩くのではなく、こうしてのんびりと休憩をとりながら散策した方がいDscf3200 いのだ。
 初めての介助式の車椅子体験で、側溝のふたの隙間と、わずかな傾斜が要注意ということを知った。駐車場に戻る南向きの復路になると、車椅子の操作も慣れたもので、トレッドとホイールベースの短さによる走行特性もつかめてきた。そうなると、押すのも案外簡単だ。
 南の端の土産物屋さんで、またまた母は買い物だ。なぜか、木曽檜のしゃもじを買っていた。父も、この時は車椅子から降り、店内の狭い通路を土産物を見ながら自力で歩いていた。長い距離でなければゆっくり歩くことはできるが、壁や手摺りにつかまりながら歩いていることが多い。
 帰りの踏切は、車輪がはまることなくばっちり通り抜けることができた。
 1時間もいれば十分な宿場町を2時間近くかけて散策したため、宿泊予定の安曇野まで行く時間が気がかりになってきた。そこで、これまで各駅停車だった道の駅はすべて通過し、快速電車になって塩尻を目指した。
 塩尻市街地が近づくにつてれて、ぶどう畑が広がり、もっと近づくとりんご畑が広がってくる。国道の両側には「ぶどう園」「りんご園」の看板が目立ち、秋になるとかなりの賑わいをDscf3204 見せることになるだろう。それにしても、市街地近くになっても、市街地に入っても、一向に混雑してこない。渋滞覚悟のGWのドライブだったが、いい意味での拍子抜けだ。
 塩尻ICから長野道に入っても、高速道路の流れはよく、4時頃には豊科ICを出ることができた。道の駅の各駅停車やのんびり過ごした奈良井のロス・タイムを取り戻そうという思いも、なんの工夫もなく取り戻すことができた。
 インターからは、カーナビに従って西に向かった。県道495号線を走ると、なつかしい日本の原風景という感じの安曇野の景色が広がってくる。天気はいいけれど、うっすらともやがかかっていて中央アルプスの山並みは霞んでいる。
 なつかしいと思ったのは、実はこの道は去年の夏にソロ・ツーリングで走っている道だった。今日の宿泊宿の「ほりでーゆ四季の郷」は、日帰り温泉施設を併設していて、去年の夏に入った温泉だ。すごく気持ちがよかったという印象があり、それで今回予約することにしたのだった。
 アルプスあずみの公園を過ぎ、烏川渓谷まで来ると、道幅が狭くなってくる。川に沿って走った先に「ほりでーゆ四季の郷」はある。
 駐車場は、日帰り温泉の利用客でいっぱいだった。車椅子の父がいるので身障者用駐車スペースに停めようとしたが、あいにくいっぱいだった。従業員の方が、駐車スペースでない空いた場所に置くように言ってくださったので、入り口に近い場所に停めることができ、父は車椅子なしで歩いてロビーに入ることができた。
 チェックインの時、大きく「リニューアル・オープン4月28日」と書かれた横断幕が目に飛び込んできた。4月28日と言えば今日だ。フロントの人は、
「昨日まで、閉まってたんですよ。」
と言って、リニューアル・オープン記念のくじ引き券をたくさんくださった。
 3階の部屋からは、アルプスの山々が展望できたが、うっすらと霞んでいた。僕たち夫婦Dscf3210 は部屋でのんびり過ごすことにしたが、両親はすぐに温泉に入りに行った。
 温泉は、1階の日帰り温泉と、3階の宿泊者専用温泉の2か所で、両親はあまり歩けないので、3階のお風呂に行くことにした。
 夕食の7時までには、まだ2時間近くもあった。のんびりとお湯に浸かっていた両親が部屋の戻ったのは、なんと6時近かった。どうやら、また売店を見てきたようだ。
 僕たちも、晩ご飯前にお風呂に入ることにした。1階のお風呂には露天風呂もあるので、日帰り客で混んでいるのを覚悟の上で1階まで行った。
 妻と入り口で別れ、脱衣場に入ると、なにやらもものしい雰囲気。従業員の方が走って中と外を行ったり来たり。服を着たまま中をのぞいてみると、老人が倒れていて、バスタオルがかけられていた。意識はあるようだが、まったく動いていない。お客さんたちは、そこを避けるようにして温泉を楽しんでいるようだったが、やっぱり気になるのかちらちら見ていた。3階の宿泊客専用のお風呂に行こうかとも思ったが、広いお風呂なので、入ることにした。
 体を洗い、お湯に浸かると、やや熱めのお湯が気持ちよく、温泉独特のぬめぬめ感はないものの、肌をさわるとキュッキュッという感じがした。しばらくすると救急隊の方たちが来て、倒れている老人に水を飲ませながら丁寧に運んで行った。
 内湯の中はなんだか落ち着かない雰囲気が残っていたので、僕は露天風呂に出てみることにした。すると、こちらはややぬるめで、僕好みのお湯だ。晩ご飯まで十分な時間があったので、ゆっくりのんびり露天風呂を楽しむことにした。
 僕がお風呂から上がると、妻がロビーから「こっち、こっち」と手招きしていた。救急車はまだ玄関の外にいた。
「何があったの。」
「お年寄りが倒れてて・・・。」
と、見たことを妻に話した。
 部屋に戻ったのが7時少し前。ちょうど食事の時間だ。
 両親と4人で、1階の大広間へと急いだ。
 料理は地のものをふんだんに使った献立で、やや薄味の味付けは、僕たちの口にも高Dscf3206 齢者の口にも合い、おいしくいただくことができた。普段は小食の母も、いつもの倍以上とも思えるほど口にしていた。僕でさえ多めかなあと思える量のおいしい料理だったが、両親もたくさん食べ、すごく喜んでもらえたように思えた。
 1時間半くらい、おいしい料理を食べ続けた僕たちは、部屋に戻ってすぐにごろんと横になった。両親は元気いっぱいで、またまたお風呂に入りに行きました。のぼせて倒れた老人を見たので、ちょっと心配だったが、父は心臓に持病があることを十分自覚しているので大丈夫だろう。僕たちも、寝る前にもう一度温泉に入ったが、2回目は3階の部屋の近くの宿泊者専用のお風呂にした。
 なんとなく、お湯が重いというのか、体がダルい感じがした。1階のお風呂でお年寄りが倒れていたのも、このせいかもしれない。きっと、効き過ぎるくらいの効能があるのだろう。ただ、このダルさは、心地よいダルさで、眠りに就くときには寝るのにちょうどいいダルさだた。寝付きの悪い僕でもすぐに眠ってしまった。
<4月29日>
 朝、両親がごそごそと動きだしている音で目が覚めた。まだ6時前だというのに、また温泉に入りに行ったようだ。
 8時過ぎに朝食を食べ、9時過ぎにチェックアウトした。チェックインの時にいただいたリニューアルオープン記念のくじを引き、当たった割引券を使って売店に向かった。母と僕たち夫婦はいくつかのお土産を買ったが、父はあまり土産物には興味がないのか、それとも体がダルいのか、すぐにロビーに腰掛けていた。そこで、ロビー横の喫茶コーナーでコーヒータイムをとり、ゆったりとした朝を過ごした。
 「ほりでぃーゆ四季の郷」を出て、去年僕が見た大きな道組神のある所に向かった。両Dscf3217 親は道祖神を見るのは何十年ぶりかで、もうどんなだったかさえ忘れていたそうだ。昨日の霞も薄らぎ、中央アルプスの山並みが美しい。雪を被った山も見える。安曇野のゆったりした風景と美しい山並みと道祖神を楽しんだあとは穂高神社だ。歳をとると神社仏閣が好きになるという。両親とのドライブでは、必ず神社かお寺をコースに入れることにしている。
 穂高神社は思ったより多くの人で賑わっていた。境内も広く、周辺にいくつもの道祖神がDscf3220 あるということで、身障者用駐車スペースにクルマを停めさせてもらって車椅子で参拝することにした。
 本殿と、長寿と書かれた祠でお参りをし、境内の周りにあるいくつもの道祖神を見て回った。すっかり車椅子を押すのも手慣れてきた。
 神社を出て周辺の道祖神巡りをすることにしたが、手にしていたガイドマDscf3223 ップの縮尺があいまいなため、近いと思っていた道祖神も案外遠く、クルマで回ることにした。しかし、すでにお昼も近くなっていたので、車窓から2つの道祖神をながめただけで、豊科ICに向かうことにした。
 インター手前のコンビニでお昼ご飯のパンやおにぎりなどを買い、インターに入った。GWでサービスエリアのレストランは超満員だろうと予想したからだ。
 長野道・豊科ICから入ってすぐの梓川SAを通り過ぎる時、駐車場がいっぱいになってDscf3224 いた。お弁当を買っておいたのは正解だったような気がした。
 岡谷JCから中央道に入り、最初のパーキングの辰野PAにクルマを停め、クルマの中でお昼ご飯にした。パーキングにコンビニがあったので、あらかじめ買っておく必要はなかったかもしれないが、どこのPAにもコンビニがあるとは限らない。
 その後は、ひたすら中央道を豊田に向かってクルマを走らせるだけだ。中央道は、やや高い所を走るので、すごく景色がいい。右側の山にはきれいな花が咲き、左にはいくつかの集落が遠望でき、まったく飽きることのない高速道路だ。恵那山トンネルや土岐JCの手前から多少は渋滞があるかと思っていたが、帰り道も混むことがなく、それどころか順調すぎるくDscf3226 らい順調に走ることができた。神坂PAでトイレ休憩をとったほかは、ノンストップで、しかも快適なペースで東海環状道・豊田松平ICまで走り続けることができ、予定よりずいぶん早い4時頃には家に着くことができた。

 初めて車椅子を積んでドライブに出かけたが、これなら心臓に不安をかかえる父も「○○散策」の旅に出られる。ただ、小さな段差や溝のふたの隙間は車輪がはまりやすいし、狭い道の路側帯を歩くのもすぐ脇をクルマが通って怖いと感じることもあった。母が押したがっていたが、結局一度も押させてあげなかった。ある程度体力がないと介助は難しいことも知ることができた。老老介護という言葉を耳にするが、なかなかできるものではないことを実感するドライブだった。
 まだまだ父は元気で、いろんな所に行きたがっている。今後も、たまにはこうして車椅子Dscf3225_2 で景色のいい所や雰囲気のいい町並みを両親といっしょに歩いて楽しみたいと思う。

コメント (24)
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