伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

首相官邸で働いて初めてわかったこと

2014-06-16 20:54:58 | ノンフィクション
 TBSのアナウンサー等を務め報道に携わっていた著者が2010年10月から2年間菅政権、野田政権で内閣広報室審議官として官邸で広報を担当した際の状況をレポートした本。
 著者の関心は、広報というものについての考え方・基本姿勢、例えばアメリカではオサマ・ビン・ラディン殺害の際にそのライブ映像を見るオバマ大統領やクリントン国務長官の写真がすぐさま報道機関に流れた(57ページ)のに対し、日本では官僚が首相をがっちりガードし官僚経由以外の情報をシャットアウトし首相からの発信も徹底的に無難に削り落とし、「明日の見出しにされないことが、今の広報の目標」(51ページ)「だらだらと判りにくい表現であればあるほど、『ボワッとしてて、突っ込みどころがなくていいねぇ』と評価されたり」(72~73ページ)とかのあたりにあるのだろうと思います。
 しかし、著者が官邸に入った時期が時期ですから、福島原発事故対応あたりにどうしても目が行きます。
 3月12日1号機の爆発のときも、15時36分に建屋が爆発したが、総理執務室にはなかなか報告が来ない。やがて、どうも爆発のようなことが起きたらしい、という情報が入ってくるが、それが第一原発の現場から上がってきている報告か、東電本店あたりが出所の伝聞情報かがわからない。こちらから問い合わせると「現場は今、徒歩で確認に行っています」という悠長な返事。しかもその返事を、誰が言っているのかハッキリしない。一時間以上たった16時50分、地元系列局の撮影した爆発の瞬間の映像を、日本テレビが初めて全国放送に流し、菅さんや僕らも全国の一般視聴者と同じタイミングで初めてその後継を目撃したが、それでもなお、総理執務室には東電からも保安院からも、正式な爆発の報告は来ない(144~145ページ)。東京電力と原子力安全委員会と保安院から一人ずつ幹部が詰めていた。そんな彼らが口々にきっぱり断言していたのが、「爆発は起きません」という言葉だったのだ。爆発の映像を見て、一瞬言葉を失った後、あきれ果てて憤りが抜け落ちてしまったような、妙に穏やかな口調で、菅さんは目の前の班目委員長に言った。「爆発しないってあんなに言っていたじゃないですか…」班目さんは、無声音で、「あー……」と呻くと、両方の手で頭を抱えて屈曲し、しばらくそのまま動かなかった(145~146ページ)。彼らは、菅さんから「これはどうなっているんだ」と問われても、ほとんど何も答えられない。それどころか、あまりに重大な局面に、自分は答えずに済ませたいという逃げの姿勢で、菅さんから目をそらしてばかり。まるで、宿題を忘れてきた生徒が、先生から指されないように自分の影を隠そうとしているようだった。こうした逃げの姿勢には、本当にぞっとした。いやしくも専門家であるならば、「次はこういうことが起きるかも知れないから、総理、こうしましょう」と自分から進言してほしかった。しかし、そうした当たり前のシーンを、少なくとも僕は一度も目撃できなかった(147~148ページ)。
 原発推進側の専門家というのは、こういう人々なのです。このような事態を見て著者は、「だから、僕は痛切に思う。あの事故以降、原発の安全性をどう確認するか、という議論が続いているが、そこには最大のポイントが欠落している。技術力以前の《人間力》の確認!この2年、たとえて言えば、皆が原発という車の安全性の話ばかりをしていて、運転手の力量の話をしていない」(150ページ)と述べ、また確かな情報が来ない状況から「そうした現実に直面して痛切に感じたのは、『まだこんなによくわかっていない技術を、現代社会は使っていたんだな』ということだった。そのことに一番愕然とした。『こんなわからないことだらけの技術を、よくもまぁ半世紀前の政府は見切り発車で実用化に踏み切ったな』と、それがただただ恨めしかった」(141ページ)と述懐しています。まさしく同感です。推進側の人たちは早くも忘れ去っているようですが。
 3月15日夜明け前、秘書官から電話で「東電が撤退すると言っているから、今から総理が東電本社に乗り込みます。一緒に行ってください!」と言われた、「撤退するかもしれない」でも、「と言ってるらしい』でもなく、ズバリ《東電が撤退すると言っている》だった(152ページ)とか、5月6日の浜岡原発停止要請の際に経産官僚が作成した原案では浜岡の停止が例外的であることが強調され裏返しに他のすべての原発の存続を匂わせるニュアンスだったが、浜岡を止めるという会見なのだから、浜岡以外の原発の話には一切触れる必要がないという総理の修正方針でバサバサ書き換えた(179~183ページ)など、注目しておきたい記述がほかにも少なからずあります。


下村健一 朝日新書 2013年3月30日発行
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