近年の国際社会でPR業者を利用して自らに有利なイメージを広め世論・国際世論を誘導するために各国政府・団体等が繰り広げる情報戦の現状を論じる本。
ボスニア政府の依頼を受けてセルビアとミロシェビッチが極悪人であるというイメージを拡げ定着させたルーダー・フィン社とその作戦を取り仕切ったジム・ハーフにかつてインタビューした著者の経験から、第1章でボスニア紛争での情報戦を紹介し、第2章ではアメリカ大統領選挙、第3章ではビンラディン、第4章ではアメリカ政府の「対テロ戦争」、第5章では次世代アルカイダのメディア戦略を論じています。
1992年の大統領選挙のテレビ討論で女子学生の質問に父ブッシュが質問中に腕時計をのぞき込み不機嫌そうに上から目線で答え、その間クリントンは真摯な表情で凝視し、女子学生に歩み寄って共感を示した後情熱を持って決然と答え、それをブッシュが口をぽかんと開けて聞いていたというシーンが流れ、クリントン優位を決定的にした(84~88ページ)、2012年の大統領選挙で第1回のテレビ討論で相手が発言しているとき手元のメモを見て視線が落ちていることが多く発言でも口ごもる場面が多かったなどの雰囲気での失点でロムニーに大差を付けられたオバマが、第2回のテレビ討論では、その直前に起こった駐リビア大使らへのロケット弾攻撃がテロリストによる犯行と表明するまでに2週間もかかったという失点がありそれが攻撃されることが予測されていたところ、発言記録を精査して、攻撃の翌日に「これはテロ行為であり、この罪を犯した者を探し出して捕らえる」と言っていたことを見つけ、討論の場でさらりと触れ、攻撃翌日の発言記録をチェックしていなかったロムニーが攻撃の翌日にそんなことを言ったのか、記録で確かめたいと言い、司会者がその場で発言記録を確認し大統領は確かにテロ行為といいましたと確認させ、第2回はオバマの勝利と評価された(89~105ページ)と紹介されています。発言の際の心得として、そしてメディア対策として、興味深いところです。
オバマ政権の広報戦略で、一方でホワイトハウス内にメディアのカメラマンが入ることをほとんど許可せず、専属カメラマンによる写真を公表し、ビンラディン殺害作戦でも殺害作戦中の映像を見るオバマ大統領やクリントン国務長官の写真を公表して閣僚たちの不安や緊張感を国民と共有し正直な印象を与えたり、押収した証拠のうち鉄道に対するテロ計画や自らが出演するテレビ映像を見るビンラディンの映像や隠れ家からポルノビデオが発見されたなど、アメリカ政府にとって都合のいい証拠を選択して公表している(153~162ページ)などは、注目すべきだと思います。
日本でPR会社が根付かない理由として、あるPR会社の社長が有力なクライアントに、メディアにその会社の記事を載せるためのPRプランをプレゼンしたところ、そんなにめんどうなことをしなくても、そのメディアの営業に連絡してうちを取材するならでかい広告を載せるからと言えばいいと言われたという話を挙げています(61~63ページ)。要するに日本の報道など金で動かせると。
国際情報戦で日本が負っているハンディについて、「過去も現在も未来もナチスと同類ではない、ということを常に明確にしていかなければならないというハンディを私たちは負っている。好むと好まざるとにかかわらず、国際メディア情報戦の現場において実利を得ようと思うなら、このことは意識しておかざるを得ないというのが冷徹な現実である。」「『非民主主義的』あるいは『表現や報道の自由を制限する国家』という側面はメガメディアにとって格好の批判の標的になる。その点、現在の日本は少なくとも憲法を頂点とする法体系の上ではこれらの価値観を共有しているはずである。そのことは国際メディア情報戦では大きなアドバンテージになる。しかし、社会の真の実態として、本当に日本はそれらの価値観を共有しているだろうか。日本は制度としては民主主義であっても、その実態と運用において民主主義ではないのではないか、という疑いは常に海外からかけられていると思った方がよい。」(252~254ページ)と指摘されています。まさしくその通りであり、近時はますます民主主義の価値観から遠ざかろうとする動きが加速しています。それが市民・庶民の権利に敵対するというだけでなく、国益にも反することを、官僚や政治家にも噛みしめてもらいたいものです。

高木徹 講談社現代新書 2014年1月20日発行
ボスニア政府の依頼を受けてセルビアとミロシェビッチが極悪人であるというイメージを拡げ定着させたルーダー・フィン社とその作戦を取り仕切ったジム・ハーフにかつてインタビューした著者の経験から、第1章でボスニア紛争での情報戦を紹介し、第2章ではアメリカ大統領選挙、第3章ではビンラディン、第4章ではアメリカ政府の「対テロ戦争」、第5章では次世代アルカイダのメディア戦略を論じています。
1992年の大統領選挙のテレビ討論で女子学生の質問に父ブッシュが質問中に腕時計をのぞき込み不機嫌そうに上から目線で答え、その間クリントンは真摯な表情で凝視し、女子学生に歩み寄って共感を示した後情熱を持って決然と答え、それをブッシュが口をぽかんと開けて聞いていたというシーンが流れ、クリントン優位を決定的にした(84~88ページ)、2012年の大統領選挙で第1回のテレビ討論で相手が発言しているとき手元のメモを見て視線が落ちていることが多く発言でも口ごもる場面が多かったなどの雰囲気での失点でロムニーに大差を付けられたオバマが、第2回のテレビ討論では、その直前に起こった駐リビア大使らへのロケット弾攻撃がテロリストによる犯行と表明するまでに2週間もかかったという失点がありそれが攻撃されることが予測されていたところ、発言記録を精査して、攻撃の翌日に「これはテロ行為であり、この罪を犯した者を探し出して捕らえる」と言っていたことを見つけ、討論の場でさらりと触れ、攻撃翌日の発言記録をチェックしていなかったロムニーが攻撃の翌日にそんなことを言ったのか、記録で確かめたいと言い、司会者がその場で発言記録を確認し大統領は確かにテロ行為といいましたと確認させ、第2回はオバマの勝利と評価された(89~105ページ)と紹介されています。発言の際の心得として、そしてメディア対策として、興味深いところです。
オバマ政権の広報戦略で、一方でホワイトハウス内にメディアのカメラマンが入ることをほとんど許可せず、専属カメラマンによる写真を公表し、ビンラディン殺害作戦でも殺害作戦中の映像を見るオバマ大統領やクリントン国務長官の写真を公表して閣僚たちの不安や緊張感を国民と共有し正直な印象を与えたり、押収した証拠のうち鉄道に対するテロ計画や自らが出演するテレビ映像を見るビンラディンの映像や隠れ家からポルノビデオが発見されたなど、アメリカ政府にとって都合のいい証拠を選択して公表している(153~162ページ)などは、注目すべきだと思います。
日本でPR会社が根付かない理由として、あるPR会社の社長が有力なクライアントに、メディアにその会社の記事を載せるためのPRプランをプレゼンしたところ、そんなにめんどうなことをしなくても、そのメディアの営業に連絡してうちを取材するならでかい広告を載せるからと言えばいいと言われたという話を挙げています(61~63ページ)。要するに日本の報道など金で動かせると。
国際情報戦で日本が負っているハンディについて、「過去も現在も未来もナチスと同類ではない、ということを常に明確にしていかなければならないというハンディを私たちは負っている。好むと好まざるとにかかわらず、国際メディア情報戦の現場において実利を得ようと思うなら、このことは意識しておかざるを得ないというのが冷徹な現実である。」「『非民主主義的』あるいは『表現や報道の自由を制限する国家』という側面はメガメディアにとって格好の批判の標的になる。その点、現在の日本は少なくとも憲法を頂点とする法体系の上ではこれらの価値観を共有しているはずである。そのことは国際メディア情報戦では大きなアドバンテージになる。しかし、社会の真の実態として、本当に日本はそれらの価値観を共有しているだろうか。日本は制度としては民主主義であっても、その実態と運用において民主主義ではないのではないか、という疑いは常に海外からかけられていると思った方がよい。」(252~254ページ)と指摘されています。まさしくその通りであり、近時はますます民主主義の価値観から遠ざかろうとする動きが加速しています。それが市民・庶民の権利に敵対するというだけでなく、国益にも反することを、官僚や政治家にも噛みしめてもらいたいものです。

高木徹 講談社現代新書 2014年1月20日発行