伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

雪ぐ人 「冤罪弁護士」今村核の挑戦

2023-09-14 13:36:40 | ノンフィクション
 有罪率99.9%という弁護人にとっては絶望的な日本の刑事司法の下で無罪判決14件を獲得した今村核弁護士(2020年8月没)の刑事弁護の実践、生い立ち・経歴等を描いたノンフィクション。NHKで放送した番組の制作過程での取材を元に出版したものだそうです。
 私自身、刑事事件を(刑事事件も)やっていた頃は、弁護士会内では刑事弁護についてそれなりに評価されていたと思いますが、刑事事件を(刑事事件も)やっていた22年間(1985年~2007年)で全部無罪は1度も取ったことがなく、一部無罪が1件あるだけです。私は、公判請求された後に無罪を取ることは絶望的と認識して、刑事弁護は起訴前弁護の方に力を入れて不起訴を取ることを目指してやっていました。無罪判決14件というのは、弁護士の世界では、とてつもないことです。
 無罪判決獲得に向けた今村弁護士の執念と取り組みに感銘を受けるとともに、弁護士としての経験上わかっていることではありますが、そこまでやらないと無罪判決が取れない日本の刑事裁判って何?と改めて思います。
 著者であるNHKのディレクターが、インタビューで専門は何かと問いかけた(当然聞いている方は冤罪事件が専門と言わせようとしている)ときの今村弁護士の応答が、弁護士の目からは実に切なく、また共感します。「『専門は、冤罪事件です』って言ったらさ、その瞬間に、俺の商売生命は終わりだから。…他の依頼が来なくなるから。いちばん困るような質問なんだよ!」(11~12ページ。133~134ページも同趣旨)。弁護士にとっては当たり前のことなんですが、労多くして報酬がほとんど得られない経済的に割に合わない事件について、専門の弁護士なんて報道されたら営業的にはマイナスにしかなりません(そのあたりはこちらのページで書いています→「弁護士の専門分野」)。そのことを報道側がわかっていない(弁護士は自営業なんだから報道されれば宣伝になっていいだろうくらいの姿勢でいる)ことの方に、私などは驚きます。
 マスコミの人の認識に関して、「巨体、ボサボサ頭、くたびれたスーツ、ヨレヨレタオル、ボソボソ声、無口――――。それも、凄腕弁護士のイメージからかけ離れていた。テレビドラマなどで観る『できる弁護士』と言えば…」(23~24ページ)いうのも、ノンフィクション・ドキュメンタリーやる人なら取材してわかるでしょ、テレビドラマの方がいかにいい加減で現実離れしているか、そちらをテレビ人として反省すべきでしょうに。また、「法律家が自ら『法知識だけでは勝てない』と断言していた」(184ページ)と何か意外なことのように書いていますが、刑事事件だけじゃなくて、民事事件でも、実際の裁判ではほとんどは事実認定の争いで勝負が決します。法解釈以前に証拠・証言をどう評価するかが重要です。そこでは法律以外のさまざまな領域の知識経験がものを言います。そんなこと当たり前なのに、ドキュメンタリーをやる報道人がその認識もないのか…
 そして、同業者としてさらに哀しいのが、冤罪事件で無罪判決を取った場合でさえ、依頼者(の一部だと思いますが)からは「『もともと無実なんだから、勝って当たり前』と言われるので、喜びは意外と少なくて、苦しみばかり多いんですよ」(195ページ)というところ。そして、痴漢冤罪事件で否認を続けるなら妻を逮捕すると言われて妻を守るために虚偽の自白をした夫が妻も支援活動を続けて3年以上かけて無罪判決を得ても夫は拗くれ妻との間に溝ができ結局離婚したというエピソード(111~114ページ)も、弁護士として哀しいところです。今村弁護士はそういうところも怒りに変えてエネルギーにしていたというようですが、大変な労力をかけて勝った場合でさえ報われないこういう事情が、理想に燃えていた弁護士の多くを潰しているのだと、私は思います。


佐々木健一 新潮文庫 2021年5月1日発行(単行本は2018年6月:NHK出版)


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