前回ご案内の通り、昨日は河北町環境を考える会の総会で、長岡昇先生のお話をお聞きしました。
まずは地震と津波のメカニズムを分かりやすく解説いただきました。
その上で、地震発生時、新聞社が真っ先にどこのデータを参照にするかというと、USGS(米地質調査所)のデータであること。この機関は、米ソ冷戦時代に、各地の核実験を掌握するためにコロラドの地下に作られたアメリカの機関で、同盟国のあちこちに観測所があって、振動の波形によって地震と核実験の違いを見極め、正確な位置とマグニチュードなどを測定することができる機関である。日本の気象庁も頑張ってはいるが、ここにはかなわない。今回も気象庁の発表が修正されたという話でした。
次に、原発について、福島第一原発は1971年に作られた日本で一番古い原発で、地震対策は厳重にされているが、津波の想定は5㍍であること、余裕を見て10㍍の高さに作られているが、その後に作られた女川原発は想定7㍍でその倍の14.8㍍に作られている。この4,8㍍の差が今回の悲劇を生んだ。スマトラ沖地震での前例があるから、今回の地震津波を「想定外」とするのは、「想定したくない」という怠慢でしかない、と断罪。
東海沖地震が予測された時期、電力会社は、地震により破壊された原発施設への保険には入ったが、破壊によって住民に被害があることを想定せず、住民保障の保険を掛けていなかった。そんなバカな想定矛盾はないだろうとくってかかって、せせら笑われた。その後住民被害の保険にも入った経緯がある。
長岡先生は、核燃料棒の模型も持参され、この中で核分裂が起こって熱を発するという説明をされた。この燃料棒が水の中にある限りは、温度の上昇が抑えられ、安全に利用できる。今回、セシウム、ヨウ素、プルトニュウムという、原子炉の中にしか存在しない物質が外に漏れだしたということは、水が減少したためにこの燃料棒が1800度以上になって溶け出したということだ。
水が減少した原因は、海水をポンプで送る装置が壊れたためで、何故壊れたのかというと、津波の引き潮の時に、取水口が水から出たために故障したのだ。地震ー津波ー引き潮と考えれば当然想定しなければならないことで、完全な人為ミス。冷却用の水さえ、確保されていればこんな事故は起きなかった。
原発の事故に対して最も技術を持っているのはアメリカと旧ソ連で、核戦争を想定していた両国は、開発の過程でかなりの事故と対策を経験してきている。当初アメリカは、福島原発の廃炉、80㎞圏外への避難を提案したが、日本はこれを受け入れず、対応が後手後手になってしまった。
フランスなどは、自国の人々を日本からの国外退去にした、本当は日本国民に公表できない重大な事実があるのではないかという質問に対して、おそらくそれはないだろう、全て正直に公表していると思う、隠すほどの余裕がないと思う、ただ、確実なデータを把握するために時間がかかり、発表が遅れてしまったことで不信感をもたれたことはあるだろうという見方をされた。
今後、格納庫爆発の可能性は、という質問には、ないとは言えない、その時は、東京はかなり被害を被るので、そうなった場合はすぐに逃げられるように準備をしておけと、二人の娘に言ってある。
とにかく水で冷やし続けるしかない、それさえ確実にできれば安全に収束できる、チェルノブイリとは確実に違う。とのこと。
津波も水、原発の対策も水。命を危険にさらすのも守るのも水だということを今回知った、という発言が印象的だった。