12月9日が漱石忌だということ、迂闊ながらごく最近知った。
★漱石忌戻れば屋根の暗きかな 内田百閒
★漱石忌悲喜の振幅狭まりぬ 比嘉樹美
★漱石忌英語教師とクラス会 江原博子
第1句、漱石に師事し敬愛した作者にとっては漱石忌は具体的な悲しみの日だったのであろう。しかし内田百閒の生き様と漱石のそれとがどこで交差しているのか、私にはなかなか理解できない。
第2句、人生長く生きていると、確かに心の中で、悲喜の感情の振幅が小さくなっている。歳を取ればとるほどそうなるのか、それが生き抜いてきた強さなのか、したたかさなのか、感覚が衰えているということなのか。身につまされる。漱石の小説をむさぼるように読んだ時期が春か遠くにかすんでしまっていることに気がついたのだろうか。
第3句、気に入った仲間と教師を囲んでさまざまなことを議論し、影響を受けたことは誰にでもある。授業よりも多くの薫陶を受けるのもこのような場である。たぶんこの教師から漱石も知り、人生も教わったのであろう。そういえば漱石もまた英語教師であった。句は私の好みとは遠いし、ちょっとつき過ぎている句ではあるが、取り上げた。