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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

スポーツへの違和感

2022年11月27日 22時58分46秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 テレビを点けるとサッカー一色、世の中すべてサッカーが中心にいるような塩梅になっている。私はサッカーのルール自体がよくわからない、それ以上にスポーツ全般に興味のない私は退屈するばかり。オリンピックに続いてサッカーのワールドカップと続き、身の置き所がないと感じる。
 スポーツは人々を熱狂させるという。スポーツは闘争本能を刺激し、応援することで闘争本能を吸い上げ社会生活を円滑にする効果があるのだと、大昔に体育の教師がスポーツの効能として力説していた。スポーツ観戦に熱狂的になれば、スポーツそのものを体験すると同様にストレスの解消になるのだという。
 当時は牽強付会の珍説にしか思えなかったが、そんな教師と喧嘩する気にはならず、ほとんど無視していた。そんな小生意気な気分でいると、教室でおとなしく授業を聞いていても、体育館やグランドで体を動かしていても、教師には顔色で伝わるようで、高校の卒業まで嫌われ続けた。しかも体育の実技は、不器用でいつも呆れ笑われ続けた。一人の教師に嫌われると他の体育の教師も同じような目で見るようであった。そういう体育の教師の集団性もまた私には余計嫌悪感を抱かせた。

 オリンピックといい、サッカーのワールドカップといい、勝ち負けにこだわる熱狂の裏では、醜い金と利権が横行している。勝敗への熱狂は、それらの醜さを隠し、不問に付してしまう。スポーツの過剰な応援が昂じて応援団同士でぶつかり合いが起き、けが人どころか死者まででている。先の珍説も当たっていることになる。

 私はいつも醒めた目でばかりスポーツを見てしまう。「素直」ではない自分に嫌悪感も持つこともあるが、こういう自分から抜けられない。

 


《雄山羊》(クレー)

2022年11月27日 20時22分00秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等

 昼間は暖かであったが、日がかげるとやはり寒い。長袖のTシャツと薄いウィンドブレーカーだけで出かけたら、帰りは寒さが身に染みた。
 帰宅後は「ピカソとその時代展」で気に入った作品を23点ほどスキャナーで取り込んだ。ピカソを16点、ブラックを1点、クレーを5点、マティスを1点。



 そのうちクレーの1点(《雄山羊》1921)をはがきサイズで打ち出してみた。新しいプリンターの高精細での印刷結果を見るために。満足できる結果にホッとした。
 この作品を私は初めて目にした。クレーの新しい側面をあらためて認識した気がしている。1930年代にあらわれるピカソの描くミノタウロスと肉感的な女性像とに重ね合わせてしまった。もう少し図録を読み、感想をまとめる予定。 


明るい陽射し

2022年11月27日 13時34分33秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 温かい気持ちの良い日。風もなく穏やかである。しかし11月末にしては温かすぎるのも事実。
 午前中は、昨日手に入れた展示目録やチラシをスキャナーで取り組み、、図録から気に入った作品に付箋を点けながら解説に目を通しているうちに昼になった。

 これより気分転換というか、日課となっているコーヒータイムのために出かける。本日も杖は持たずに出かけ、明るい太陽のもと、バス停で二つほどは歩いてみたい。