被災地に旅行してから約一ヶ月が経過した。
やっとのことで生徒から提出されたレポートを一冊にまとめ終える事が出来た。
レポートには、
語り部の言葉に心を打たれたという感想が多く記されていた。
日常に感謝するということを教師がどんなに熱く語っても
なかなか身近に感じない。
しかし、語り部からの話は多くの生徒の心に響いたようだ。
親族を亡くした「語り部」が涙を流しながら語る当日の状況。
以下は「語り部」が語った内容の箇条書きである。
—————————————————————————
自分の目で見ることはずっと残ります。
夜だったら生きていない。
明暗を分けたのは運。
まず自分の命を守ることを最優勢に考えなければならない。
我々は活かされている。
竜巻や雨も人間の豊かな生活の代償。
交わす言葉は、
「うちは遺体がみつかったからいい」、
「うちは一人なくなっただけだから・・。」
名前を呼びながら町を歩き回っている人もいた・・。
水は4ヶ月もとまっていた。
私たちはいったいどこの国にいるのだろうか?
と感じずにはいられなかった。
冷たい川に入り老婆が洗濯をしている
人に支えられている。
ささえで頑張ることができた。
語り継ぐことが使命。
人口の流失が深刻な問題。
たまたま被災地に来てガソリンを入れるだけでも支援。
町が元気になる。
テレビゲームはリセットすると元にもどりますが、実世界はそうはいきません。
石ころ、鉄骨が語りかける。
ここで見てもらったモノは一生変わらない。
生きているからこそ、亡くなった人の思い出を感じられる。
海の底が見えた。
海に山ができて、川ができていた。
津波は人と人の関係は流さなかった。
現地に来なければ感じられないもの。
観光とは“見る光”。
警察・消防・自衛隊も何もない。不安。
当時の匂いは、海の臭い、ヘドロの臭いが混じったような・・。
凄まじい、この世のモノとは思えなかった。
遺体もあった。
コミュニティ、地区これが大切なこと。
誰がいないかすぐわかる。
犠牲を無駄にしない。
お互いが助け合う。
人間が忘れてきたことを再確認する機会。
以上です。
大飯原発がまた動き出しそうだ。
政府は日本の各地に「震災語り部」を増やすつもりなのだろうか?
近々この研修旅行全般、大変だった事、問題点、今後の課題等を簡便に報告発表させていただく予定である。