テレビの右上に出ている「アナログ」という文字が今月から表示されている。
景気高揚につながるかもしれなが、現在のところデジタルテレビの購入はしていない。
いや購入できないが正確な言い回しかもしれない。
自分としても「アナログ」をみていることは充分承知しているゆえに、
あの画面右上の表記は、過剰な親切告知であり不快に感じている。
さらに、洗脳を目的としているかのように何度も繰り返される地デジのCM。
そんな書き出しで、ケーブルテレビについて書こうかとも思ったが・・。
本日感じたことを書き残すことにしたい。
実は身内の老人の体調が悪くなったので、
急遽、総合病院に同行することになった。
その老人は、今朝自立できない状態だった。
二階に住んでいるその老人を一階に降ろすことにまず一苦労。
老人の腕にも力が入らない。
「オンブすればよい」と安易に老人運びを引き受けた私は、
老婆を抱え、お姫様抱っこをするはめになった。
教訓→老人といえども、すごく重い。
出来れば老人は一階に住む方がベターだ。
さらに自分の力の無さ、体力の衰えを痛感。
いざと言う時の為に体力増強も必要。
やっとで総合病院に到着。
受付を済ませて指定された内科処置室へ向かった。
まず、A医師登場。
老人に対して質問。
「お名前は?」「数を1から数えて?」
「大丈夫ですね。」
「私が担当ではなさそうです。」
「私は精神科の医師ですから」
この病院は、患者にも聞こえる場所で付き添い人に説明をしてくる。
誠に奇妙な感覚。
ここでこの病院の実名は差し控えるが、
誰もが聞いたことのあるような有名な総合病院であるのに。
次にB医師登場。
開口一番に「加齢による衰えであれば、それは病院では治せません」。
診療開始。
確かに老人であるが、
日頃の状態と異なっていることが明白だからこそ病院に連れてきているのに・・。
次にC医師登場。
「右足あげてください。」
「左足あげてください。」
「出来るじゃないですか。」
との確認でさらに次の医師が呼ばれた。
問診を行なったが異常なしとの反応。
さらにD医師登場。
こちらからとにかく検査してほしいことを告げた。
採決、レントゲン、心電図・・。
数値結果を見たD医師より即時の入院を薦め。
数値など見なくても、
何らかの以上があるということは日頃より接している身内が一番判っている。
なのに当初、その声は医師には届かなかった。
老人というだけで、
医師の担当分野ではなく介護担当分野の仕事であるという線引きをしようとしていることを強く感じてしまった。
検査結果を見て、
それが医師の仕事の範疇であるとわかった際の対応の変化にも驚ろかされた。
いずれにしても、
付き添いの言葉にも耳を傾け患者の問題点を感じ取り、
温かな対応をしてくれたのは看護士であった。
感謝、感謝である。
日頃の忙しさもあるかもしれないが
医療現場におけるカウンセリングマインド、
つまり聴く力をもった医師は少ないのかもしれない事を痛感した一日だった。
景気高揚につながるかもしれなが、現在のところデジタルテレビの購入はしていない。
いや購入できないが正確な言い回しかもしれない。
自分としても「アナログ」をみていることは充分承知しているゆえに、
あの画面右上の表記は、過剰な親切告知であり不快に感じている。
さらに、洗脳を目的としているかのように何度も繰り返される地デジのCM。
そんな書き出しで、ケーブルテレビについて書こうかとも思ったが・・。
本日感じたことを書き残すことにしたい。
実は身内の老人の体調が悪くなったので、
急遽、総合病院に同行することになった。
その老人は、今朝自立できない状態だった。
二階に住んでいるその老人を一階に降ろすことにまず一苦労。
老人の腕にも力が入らない。
「オンブすればよい」と安易に老人運びを引き受けた私は、
老婆を抱え、お姫様抱っこをするはめになった。
教訓→老人といえども、すごく重い。
出来れば老人は一階に住む方がベターだ。
さらに自分の力の無さ、体力の衰えを痛感。
いざと言う時の為に体力増強も必要。
やっとで総合病院に到着。
受付を済ませて指定された内科処置室へ向かった。
まず、A医師登場。
老人に対して質問。
「お名前は?」「数を1から数えて?」
「大丈夫ですね。」
「私が担当ではなさそうです。」
「私は精神科の医師ですから」
この病院は、患者にも聞こえる場所で付き添い人に説明をしてくる。
誠に奇妙な感覚。
ここでこの病院の実名は差し控えるが、
誰もが聞いたことのあるような有名な総合病院であるのに。
次にB医師登場。
開口一番に「加齢による衰えであれば、それは病院では治せません」。
診療開始。
確かに老人であるが、
日頃の状態と異なっていることが明白だからこそ病院に連れてきているのに・・。
次にC医師登場。
「右足あげてください。」
「左足あげてください。」
「出来るじゃないですか。」
との確認でさらに次の医師が呼ばれた。
問診を行なったが異常なしとの反応。
さらにD医師登場。
こちらからとにかく検査してほしいことを告げた。
採決、レントゲン、心電図・・。
数値結果を見たD医師より即時の入院を薦め。
数値など見なくても、
何らかの以上があるということは日頃より接している身内が一番判っている。
なのに当初、その声は医師には届かなかった。
老人というだけで、
医師の担当分野ではなく介護担当分野の仕事であるという線引きをしようとしていることを強く感じてしまった。
検査結果を見て、
それが医師の仕事の範疇であるとわかった際の対応の変化にも驚ろかされた。
いずれにしても、
付き添いの言葉にも耳を傾け患者の問題点を感じ取り、
温かな対応をしてくれたのは看護士であった。
感謝、感謝である。
日頃の忙しさもあるかもしれないが
医療現場におけるカウンセリングマインド、
つまり聴く力をもった医師は少ないのかもしれない事を痛感した一日だった。