先月の11月中旬、近所から籠いっぱいにいただいた渋柿。あまりに多いので知り合いにもお裾分けしてから、さっそく皮を剥いて天日干しへと急展開に作業を早める。
柿を吊るす場所がないので外の物干し場所で天日干しするのが日課となった。つまり、毎朝柿を吊るしたままの物干し竿を屋根のある小屋からそのまま外へ運搬する。和宮様も焼酎で柿を塗るという手間は手抜きしない。というのも、以前、カビで全滅したことがあったからだ。11月下旬には吊るした柿は柿色から茶色に変わり始めた。
12月上旬には、黒くなってきたのでつまみ食いしながら味を確認する。へたの部分に渋みが少し残っているので、間もなくで完成だ。ひどい渋みを太陽は甘味に変えてしまうパワーに感心する。
最近はほぼ間違いなく渋みも消え、毎日のなくてはならない食材となった。一日に5~6個は食べている計算にもなる。と同時に、お世話になっている近隣にも届ける。100個以上もあった干し柿はもう手元には20個くらいしか残っていない。
というのも、ここ数日間干している周りにタヌキが徘徊していて、追い払いしなかったその隙に10個以上は食べられてしまった。あわてて、家にしまったと同時にタヌキはピタリと来なくなった。
知り合いのピュアな作家・高尾五郎さんに干し柿を贈ったら、素敵な詩を載せたはがきが送られてきた。詩人・田村隆一が珍しくわかりやすく謳った「木」という詩だった。教科書にも載った詩だ。
木は黙っているから好きだ / 木は歩いたり走ったりしないから好きだ
木は愛とか正義とか わめかないから好きだ / ほんとうにそうか ほんとうにそうなのか
見る人が見たら / 木は囁いているのだ ゆったりと静かな声で
木は歩いているのだ 空にむかって / 木は稲妻のごとく走っているのだ 地の下へ
木はたしかにわめかないが / 木は 愛そのものだ
それでなかったら小鳥が飛んできて
枝にとまるはずがない / 正義そのものだ
それでなかったら地下水を根から吸いあげて
空に返すはずがない / 若木 老樹 / ひとつとして同じ木がない
ひとつとして同じ星の光のなかで 目ざめている木はない
木 / ぼくはきみのことが大好きだ