田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
猛暑の中、昨日はコーラル丸で関門にキス釣り、今日は、午前中竹田農園に出かけ、休耕田の草刈りでした。
(お別れ釣り)
釣りに誘えば、まず参加の冒険家のM先生、8/5には、フィリピンバギオでの数学教師生活に戻るとのこと。
気持ちの良い朝の潮風をうけながら、M先生、工務店のS氏、その友達のH氏、郷土史家のT氏に私の5人、小倉港を出港。
さすが冒険家、キス、小鯛、小フグの小さい当たりにビシッ、ビシッと見事な合わせで、次々釣りあげ、生簀に、ボンボンと放りこむ。
先生、気持ちのいい出発ができるに違いない。
帰港して、先生を挟んで、コーラル丸上で記念写真(冒頭の写真)
(通り雨)
連日の猛暑で、竹田農園の畑も水不足のピンチ。
30分程度の夕立ちを心待ちの毎日。
これがないと、炎天下、バケツに泉の水を汲み、エッチラ、オッチラ水運びの羽目に。
お昼過ぎ、西の空が曇り、沖合から見ると、八幡の辺り、平尾台のあたり、水煙に包まれ、強い通り雨と分かる。
竹田農園のあたりも一雨来てくれと心の中で念じる。
(送別会)
帰宅後、M先生のお宅に妻と娘とで出かけ、M先生のご家族と宴会。
先生の教え子も一人飛び入りでにぎやか。
釣ったばかりのキスは大き目は刺身、小ぶりは天ぷら。
甘味があり美味しい。
小フグ(ナゴヤフグ)は30匹余り、釣り上げこれは私が、内臓を取り除いて、よく水洗い、から揚げでアツアツを食べる。
刺身にしてよいような新鮮な小フグは歯ごたえがありこれも絶品。
気がつくと10時を大きく回り、代行運転で帰路に。
(草刈り)
お盆も近くなり、今日は午前中、竹田農園の休耕田の草刈り。
今年3回目。
夏の日差しと十分な水分で、草の勢いは驚くほど。
これを草刈り機でなぎはらう。
刈った後は気持のいい、緑の絨毯(下に写真)。
刈った草は、そのまま腐って土と混じる。
光合成で草の繊維質に固定化された炭酸ガスが、地中に閉じ込められたことになり、草刈りは地球温暖化防止に一役。
イノシシ君の足跡は見かけないが、蛇の姿なし(多分イノシシ君が平らげた)。
代わりにカエルの姿が目立つ。
蛇がいなくなり、わが世の春らしい。
(第一回オールスターの新聞)
農園の隣に住む、元南海ホークスのエースの江藤正氏に、氏が第一回オールスターのパリーグ先発を報じた当時の新聞のコピーを届ける。
留守だったので、玄関口に置いていたが、草刈りを半分終わり、引き上げようとすると、自転車で戻ってくるのに出会う。
新聞記事を置いておいたと伝えると
「あの時のパリーグ先発は、私以外皆死んだ。
セリーグも、川上のテッチャンだけになった。」と。
スタスタと軽い足取りでお元気そう。
猛暑の中、昨日はコーラル丸で関門にキス釣り、今日は、午前中竹田農園に出かけ、休耕田の草刈りでした。
(お別れ釣り)
釣りに誘えば、まず参加の冒険家のM先生、8/5には、フィリピンバギオでの数学教師生活に戻るとのこと。
気持ちの良い朝の潮風をうけながら、M先生、工務店のS氏、その友達のH氏、郷土史家のT氏に私の5人、小倉港を出港。
さすが冒険家、キス、小鯛、小フグの小さい当たりにビシッ、ビシッと見事な合わせで、次々釣りあげ、生簀に、ボンボンと放りこむ。
先生、気持ちのいい出発ができるに違いない。
帰港して、先生を挟んで、コーラル丸上で記念写真(冒頭の写真)
(通り雨)
連日の猛暑で、竹田農園の畑も水不足のピンチ。
30分程度の夕立ちを心待ちの毎日。
これがないと、炎天下、バケツに泉の水を汲み、エッチラ、オッチラ水運びの羽目に。
お昼過ぎ、西の空が曇り、沖合から見ると、八幡の辺り、平尾台のあたり、水煙に包まれ、強い通り雨と分かる。
竹田農園のあたりも一雨来てくれと心の中で念じる。
(送別会)
帰宅後、M先生のお宅に妻と娘とで出かけ、M先生のご家族と宴会。
先生の教え子も一人飛び入りでにぎやか。
釣ったばかりのキスは大き目は刺身、小ぶりは天ぷら。
甘味があり美味しい。
小フグ(ナゴヤフグ)は30匹余り、釣り上げこれは私が、内臓を取り除いて、よく水洗い、から揚げでアツアツを食べる。
刺身にしてよいような新鮮な小フグは歯ごたえがありこれも絶品。
気がつくと10時を大きく回り、代行運転で帰路に。
(草刈り)
お盆も近くなり、今日は午前中、竹田農園の休耕田の草刈り。
今年3回目。
夏の日差しと十分な水分で、草の勢いは驚くほど。
これを草刈り機でなぎはらう。
刈った後は気持のいい、緑の絨毯(下に写真)。
刈った草は、そのまま腐って土と混じる。
光合成で草の繊維質に固定化された炭酸ガスが、地中に閉じ込められたことになり、草刈りは地球温暖化防止に一役。
イノシシ君の足跡は見かけないが、蛇の姿なし(多分イノシシ君が平らげた)。
代わりにカエルの姿が目立つ。
蛇がいなくなり、わが世の春らしい。
(第一回オールスターの新聞)
農園の隣に住む、元南海ホークスのエースの江藤正氏に、氏が第一回オールスターのパリーグ先発を報じた当時の新聞のコピーを届ける。
留守だったので、玄関口に置いていたが、草刈りを半分終わり、引き上げようとすると、自転車で戻ってくるのに出会う。
新聞記事を置いておいたと伝えると
「あの時のパリーグ先発は、私以外皆死んだ。
セリーグも、川上のテッチャンだけになった。」と。
スタスタと軽い足取りでお元気そう。