田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

休耕田の草刈、おっかなびっくりで 新しいやりかた(2024/8/10)

2024-08-10 18:41:29 | ルーツはここに?
昨日の雷雨のお蔭で、今日は畑の水やりは不要。
お盆前、休耕田の集落の入口部分を草刈りに。
先日、雨上がりの午後、ビールを飲んで草刈りをすると、熱中症に罹り、えらい目に。
 それ以降、朝の起床を8時→7時に改め、農園に到着も一時間早くして、今日の草刈は昼めし前に済ますことに。

 案ずるより産むがやすし、油タンク1回分、50坪程の草刈終了。
草刈の最中も、妻から渡された、健康飲料のOS1をゴクゴク、30分で飲み干す。
また帰りには、集落の水場で、バケツに冷たい水を汲んで、顔と首筋をザブザブでクールダウン。
 猛暑の夏の草刈には、OS1とバケツは必需品になった。(冒頭)
 OS1は今まで知らなかったが、次男の話では、普通の時は不味いが、脱水状態の時は、美味しいとか。
 次男は、以前、市民マラソンに参加していて、OS1を飲んで、効果を知ったとのこと。
 私が飲んだOS1は大塚製薬製造。

 休耕田にぱイチジクを半分冗談で植えていて、最近はよく出来る。
草刈をしていて、一個、熟したイチジク発見、食べてみたが美味しい。

 20日過ぎから、収穫が始まる。
 全て、我が家で食べる。

 夕方次男が迎えに来て、我が家に。
休耕田の草刈が出来スッキリ。

 明日からお盆休みで、子や孫、その友達が遊びに。
総勢、+11名で、我が家の3名と合わせて、総勢14名の夏合宿所状態に。
爺と婆は年々、体力も知力も衰え、孫は、成長、そのうち親離れ、いつまでやれる、夏合宿所やら。
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トウモロコシの周りにアライグマ除けのネット張り 鹿児島の人は、唐辛子嫌い?(2024/7/9)

2024-07-09 18:38:43 | ルーツはここに?
仕事が休みの次男と、竹田農園に出かけました。

 炎天下、トーちゃんだけでは、休耕田の草刈はきつかろうと、この時期、草刈りの応援に来てくれる。

 農園に到着、次男は、一輪車に草刈り機を積んで休耕田に。
畑友達のY氏も既に、畑に隣接する妻の親戚の休耕田を草刈り中(ボランティア)。

 私は、7/2以来、カンカン照りの毎日に、グロッキー気味のキュウリ、ナス、更に今回はカボチャに水やり。
 リヤカーにバケツ6個載せて、集落の水場と畑を往復。
一回50Lで、4回、200Lの水をカラカラの畝に注ぐ。
どの野菜も、ぐったりした葉が、1時間もすれば、しっかりと立ち上がる。
 どの野菜も、実を大きくしている最中で、特に多めの水分が必要。
立派な実を結んでくれよというところ。
 
 その後、次男が奮闘中の休耕田に。
ちょうど、油タンク1回分の草刈をして帰ってくるところ。
 真夏の太陽に、バテた様子。
しっかり草刈りをしてくれた。

 私は、農道近くに積み上げた刈草をリヤカーで持ち帰る。

 昼食は、途中の野菜直売所(国府の郷)で買ったイノシシ肉を炭火焼。
塩コショウで味付けして、美味い。
 ビールも。
 次男は車運転のため、ノンアルコールビール。
 草刈りを終えたY氏、迎えに来たYさんも加えて、よもやま話。

 今日の夕食は、我が家ではソーメン、畑の青コショウをみじん切りにして薬味にするとY夫妻に話すと、Y夫妻も鹿児島に住む親せきも、皆さん唐辛子は好きではないと。
 思うに、北部九州の人は、唐辛子を好む。
これは、その昔、弥生時代に朝鮮半島から渡ってきたご先祖が、唐辛子を好み、追いやられた縄文人が多く住んだ鹿児島では、唐辛子の食文化は無かったなごりではといった話。
 多分、当たっている。

 Y夫妻が引き上げたあと、次男に、穂が出てきたトウモロコシの周りに、ネットを張ってもらう。(冒頭)
   トウモロコシを植えている畝は、イノシシ対策が、鉄のメッシュの柵で出来ている畑。
 イノシシはシャットアウトするが、アライグマやアライグマは出入り自由。
 芋類は、アライグマ・アナグマは食わないが、トウモロコシは好物。
特にアライグマは木登りが上手で、ネットが無いと餌食でトウモロコシ全滅したことも。
 それで今日のネット張り。
 うまく出来れば、お盆に遊びに来る孫どもに食わせる予定。

 次男の加勢で、草刈りも、水やりも、トウモロコシのネット張りも順調に出来た一日でした。

 明日から、9日振りの雨らしい。
梅雨の戻り。
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折り畳み自転車の新車が来た(2023/2/17)

2023-02-18 14:04:04 | ルーツはここに?
農園の行き来に重宝していた折り畳み自転車、折り畳み部分が壊れて、メーカーのサイトを見ると、リコール品につき、買値の5万円で買い戻すとこと。
手続きを進めながら、代わりの自転車を楽天で探して、値段も手ごろ、重さも2キロ減の11キロのルノー製のものを注文。
近所の自転車ショップに届いたとの連絡が来て、昨日テクテクと歩いて引き取りに。
店員さんに使い方の説明を受けて、この自転車は、フランスの自動車メーカーのルノー製かと聞くと、YESとのこと。
フランス語らしい字で、車体にルノーと書いている。
変速ギアは、シマノ製。
シマノは釣り具メーカーだが、自転車の変速ギアでは世界相手に手広く商売。
先のブリジストンの折り畳み自転車の変速ギアもシマノ製。

乗って帰ったが、軽快で乗り心地も良い。(冒頭)
折り畳み方法、バッグへの収納方法、大体わかったが、しばらく慣らし運転。

午後は妻と農園に一仕事に。
妻は、懸案のグリーンピースの畝の草取り。
私は、休耕田の刈草を畑までリヤカーで運ぶ。

畑には、ジョウビタキ。
ニンニク、元気。
玉ねぎも、葉の色つやはいい。
菜花も、優しい葉を食卓に提供してくれている。

晩は、飲み仲間の爺さん達と、久しぶりの飲み会、八幡の祇園町で。
飲み会の幹事のF氏が、商店街の一角に、時々開ける居酒屋をやっていて、そこで。
食事もビールも原価で。
10人ほどで、先日の市長選の番狂わせの顛末等、話題に事欠きませんでした。
既に80歳を超えた爺さん二人に、私は、国府の郷でお手頃価格で手に入れた、布袋竹の杖をプレゼント。
一人は、鹿児島県人で、先日、鹿児島出身のY氏から聞いた、鹿児島では先生が悪童の頭をこれで叩いたので、降参竹と呼ぶと聞いたが、そんな話は聞いたことがあるかと質問。
鹿児島は両親の故郷だが、自分が住んだのは、学校に上がる前、1年で、知らなかったとのこと。
二人とも、この杖を突いて、帰路に。
これはいいと。

 折り畳み自転車に始まり、竹の杖に終わった、賑やかな一日。
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布袋竹の杖=こ(う)さん竹 鹿児島(2023/2/6)

2023-02-06 13:41:42 | ルーツはここに?
先日、農園のバーベキューに、妻の卓球友達のYさんとご主人、畑友達のAN氏が加わり、よもやま話。
 私が、そろそろ飲み仲間の爺さん達と、集まって宴会が始まりそう、しばらく会っていないので、爺さん達、いよいよ老けて、杖が必要になった人も。
 それで、今度集まった時の抽選の景品に、布袋竹で作った杖を何本か買って、家に置いている
野菜直売所の国府の郷で、地元のご婦人が作って、安く販売している。
 すると、Y夫妻は鹿児島出身で、鹿児島ではその竹で作った杖は、「こうさん竹」と呼んでいると。
 ご主人の話では、鹿児島の学校では、先生がこの杖を持っいて、言うことを聞かない生徒を、この杖で、ポカリと叩いていたと。
 あまりに痛いので、降参、降参ということで、この布袋竹の杖を「こうさんたけ」と呼んでいたと。
 Y夫人は、自分の通った学校でも、この竹を先生は持っていて、黒板の指示棒に使っていた。
 生徒をポカリとやることもあり、「こさん竹」と呼んでいた。
わが家に帰って、布袋竹の杖が、鹿児島では、生徒の体罰にも使っていたのかネットで調べるも、該当なし。
 先生は、公にするのを好まず、生徒も、痛かったとは思うものも、怨みに思う訳でもなく、鹿児島県人の口コミでの思い出として残っているのだろう。
 それにしても、私は随分こうさん竹で叩かれたもんだと、Y氏、渋い顔。
 妻は布袋竹は、釣り竿にしているのを見かけたとか。
 私は、先日、平成筑豊鉄道に乗っていたから、乗客の爺さんが、この布袋竹の杖をついていて、結構年季が入っていたが、使いやすそうでした。

 来週、爺さん達10人ほどで飲み会があるので、その時、80歳を超す爺さん二人にこの杖をお土産に持っていく予定。
 一人は88歳の薩摩隼人なので、この杖で、子どもの時、先生に叩かれたか確認してみよう
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アンデルセン童話集とコウノトリ 赤ちゃん(2023/1/27)

2023-01-27 12:12:52 | ルーツはここに?
わが家には、その昔父母が子供たちにと大枚はたいて買ってくれた、「少年少女世界文学全集」(講談社)がある。
 四国今治の繁華街で衣料品店を営んでいたのだが、高齢・病気がちになり、商売を畳んで、郊外に引っ越した時、もう、この全集を読む子供は巣立ったので、ここには不要と、私がもらったもの。
 我が家でまだ小さかった子供達が、時々読んでいたもの。
 その子供達も巣立ち、読む人が我が家でもいなくなった。
 買ってくれたものの、読んだのは半分程度だったので、今度は私が、少しずつ読み始め、読んでしまうと、孫が読めばいいと、子どもたちの家庭に送っている。
 今読んでいるのは、北欧編でデンマークのアンデルセン(1805~1875)の童話集。
人魚姫等、今も読まれている有名な童話がたくさん。
 今日、ページを開くと、コウノトリという童話。
 4匹のコウノトリの子供の話。
ヒナがいるのを見つけて、近所の子供達が、意地悪な歌を毎日歌ったということから始まる。
「一番目は くびられて 二番目は つきさされ 三番目は火で焼かれ 四番目はぬすまれる」という物騒な歌。
 ヒナは怖がったが母コウノトリは無視しなさいと。
 やがてヒナは成長し、飛べるように。
 この子供たちに 仕返し しようと相談。

「みんなで舞い降りていって、あの子供たちの目玉をくりぬいてやろうか。」
とコウノトリの子供たちはいいました。
「いいえ、あんなものはほうっておきなさい。」とお母さんはいいました。
「おかあさんのいうことだけを聞いていればいいのよ・・・」


 ヒナたちは立派なコウノトリになり、エジプトに移動することになり、意地悪をした子供たちに仕返しをすることになると、母鳥は、次のように言い聞かせた。
 
「いまおかあさんは、とてもいいことを考え付きましたよ。わたしは人間の赤ちゃんがねているお池を知っています。わたしたちはそこへ行って、よくその赤ちゃんを、人間のおとうさんとお母さんのところへ持って行ってやるの。
 かわいい小さな赤ちゃんたちは、そこでねんねして、大きくなってからではとても見られないような、楽しい夢をみているんだよ。そして人間のおとうさんやおかあさんは、みんなそういう赤ちゃんを欲しがっているし、子どもたちは子供達で、みんな、いもうとや弟を欲しがっているの。
 だからさあ、これれからそのお池に飛んで行って、あの悪い歌を歌たってコウノトリをからかわなかった子供たちのところへ一人ずつ赤ちゃんをもっていってやりましょう。ほんとうにあの子たちは何もしなかったんだもの。」「それじゃあ、一番初めに歌い出した、あのにくらしい、意地悪の子は? あの子はどうしてやるの。」
 わかいコウノトリたちは叫びました。
「そのお池にはしんだ夢をみて、死んでしまった赤ちゃんもいるんだよ。あの子のところには、そんな子を連れて行きましょう。そうすれば、死んだ小さい弟を連れてきたきたといって、あの子はきっと泣き出しますよ。だけどほら、お前たちも忘れてやしないだろう。「動物をからかうのは悪いことだ」っていった子があったね。あのいい子のところへは、おとうとと妹と、両方ともつれていってやりましょうね。・・・」
こういうわけで、みんなは、お母さん鳥の言ったとおりにしました。・・・」


赤ちゃんはコウノトリが運んでくるという話は、広く、言い慣わされているが、アンデルセンのこの童話がスタートなのかもと思いました。
 ネットで見るとコウノトリが赤ちゃんを運ぶという話は、アンデルセン以前からノルウェーやドイツでもあったそうで、アンデルセンはこれにヒントを得て、この話を作ったらしい。
 世界中に、広まったのは、このアンデルセンの童話が契機になっているとのこと。

 いま読むと、アンデルセンの童話は、結構リアルで、人の生き死にも、包まず描かれている。子供の時だけでなく、大人になっても、忘れがたい童話が満載。
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ヘロドトスの歴史にみる、パイレーツオブカリビアンのルーツ(2021/9/3)

2021-09-03 14:59:18 | ルーツはここに?
東京オリンピック開催で、40年以上に前に読んだヘロドトスの歴史をもう一度読んでみたい
ネットで岩波新書のヘロドトス歴史を購入。
 紀元前5世紀、ギリシャ都市国家の全盛時代の歴史家で、同時期にあった、ペルシャ帝国とギリシャの戦争を生き生きと描写。
 クライマックスは、アテネの市街や神殿をペルシャの陸軍に占領され焼き払われた後、アテネ近くのサラミスでギリシャとペルシャの海軍が激突、ギリシャが数に勝るペルシャ海軍を壊滅させる場面。
 海戦に勝利したあとの論功行賞で、当事者の各都市国家の司令官達が、投票によって決めるくだりがある。
 ギリシャは自由・民主主義を重んじる都市国家群だが、その面目躍如。
 しかし、投票は、おのおの自分が一番と、自分に投票し、結論が出なかったとのこと。
 次のような下り。

戦利品の分配を終えた後、ギリシャ軍はこの戦争を通じギリシャ軍中最大の殊勲者に武勲賞を授与するために地峡に向かった。地峡について指揮官たちがポセイドンの祭壇において投票を行ない、全員の内から第一位と第二位のものを選んだのであるが、このとき誰もわれこそ第一の殊勲者であったとして、自分自身に(第一位の)票を入れた。しかし第二位にはテミストクレスを選ぶことに多数の意見が一致したのである。こうして(第一位の票は)いずれも一票しか得票がなかったが、第二位の票数ではテミストクレスが断然と他を離したのであった。
このギリシャ人達は嫉妬心から右の判定を下すことを望まず、未決定のままそれぞれ自国へ帰ったが、それにもかかわらずテミストクレスがギリシャ人中格段に有能な人物であるとの名声は、ギリシャ全土に鳴り響いたのである。(ヘロドトス歴史 岩波文庫下巻p255)

 (戦利品→アテネ・スパルタ等のギリシャ都市国家連合軍の海軍が数に勝るペルシャ海軍を打ち破ったサラミスの海戦の戦利品。
 テミストクレス→アテネ海軍の司令官。サラミス海戦のギリシャ勝利の立役者。)


 人気映画のパイレーツオブカリビアンで、第三作だったと思うが、東インド会社の大艦隊と海賊の連合軍が最後の決戦をする場面。
 笑えたのが、海賊連合の艦隊の司令官を誰にするかを投票で決めるのだが、全員自分に投票し、収拾がつかなくなりそうな場面。
 映画では、主人公の海賊が、新米の女海賊に投票、2票集めて、なんとか前に進み、最後は海賊軍の大勝利。
 映画の脚本家、多分、このヘロドトスの歴史のサラミス海戦の論功行賞の投票にヒントを得たのだろう。

 なんとか開催した東京オリンピックのお蔭で、忘れていた歴史の古典を読み返せて、よかったよかったでした。
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ヤーコンの新品種 二つ頂く(2021/3/3)

2021-03-03 22:10:08 | ルーツはここに?
お互いのヤーコンについてのブログへのコメントがきっかけで、岐阜にお住いのペンネーム、ヤーコンのオヤジさんから、ヤーコンの新品種、「アンデスの雪」(2006年ころから出回る)、「アンデスの乙女」(2014年ころから出回る)の塊茎(種芋になる)が各20個程昨晩届きました。(冒頭)
 ご厚意に甘えて、頂くことに。

 我が家では、大人のコブシ大の塊茎をそのまま、用意した畝に埋めており、時期的には、今が植え付け時期。
往きは電車~折り畳み自転車、午後用事を済ませた妻がいただいた種芋を車に積んで、私に合流で、ヤーコンの新品種を植え付けました。

 予定の畝に積んだ刈草をフォークで別の畝に移し、収穫の都度、次の植え付け用に埋めていた、従来からのヤーコンの塊茎を掘りだす。

春になり。芽吹き始めている。
これは余るのは明らかで、今日は梅の木の周りに積んでおく。
 日差しに乾燥し、枯れて土に還る、多分肥料になる。
 もったいないが、植え付けた塊茎の4倍の塊茎が出来るので、何人か栽培したいという方に差し上げても、最後は余って、肥料にでもと日にさらして枯れるに任せるのは毎年。

 牛糞をたっぷりまいて、三鍬でよく耕し、畝を作る。

 頂いた、アンデスの雪をまず、7株植え付け。
果肉が白いらしい。

近隣の道の駅でヤーコンを売っていたので買ったが、果肉が白かったと、先日、知り合いのYさんが話していて、何だろうと思っていたが、アンデスの雪だったのだろう。

 続いて、アンデスの乙女6株。

色が赤味が赤味がかっているらしい。
 アンデスレッドと行きたいところだが、既にジャガイモでその名前は付けられているので、乙女になったのかも。

 頂いた塊茎の半分ほど植え付け。
残りは、知り合いの若い方に塊茎を3年前差し上げて、今も作っているので、新品種植えてみないかと連絡すると、欲しいとのこと。
 来週、農園取りに来る予定。
 今日植えなかった新品種の種芋は、畑の畝に穴を掘り、埋めておく。
乾燥せず、新鮮さが保たれる。

 今年の暮れから始まる収穫時、食べ比べて、それぞれの特徴を確かめてみたいもの。
新品種はどちらも、現在作っているヤーコンより、表面の割れが少ないらしい。

 お昼は、一人バーベキュー。

焚火を起こし、準備OK。

菜花、ブロッコリーのホイル焼きが畑の恵み。

暖かい日差しにビールが美味い。

 今年のヤーコンの最後の芋を収穫。

先日、最後の一株を掘り上げて、当座食べない芋を畝に埋めて保管していたもの。
あと一週間、我が家でスティクにして生でポリポリ食べる予定。
風邪の予防になる。

 ヤーコンは今年も4畝作る予定で、残り3畝は従来の品種。
畑に埋めて保存してる塊茎は芽が出始めており、最優先、10日以内には植え付け完了したいもの。

 珍しい新品種のヤーコンにトライ出来た、いい一日でした。
 
 
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ごうりんさん・いのこさん、田の神が山に帰る日 (2020/11/25)

2020-11-25 18:54:01 | ルーツはここに?
行き帰り電車~折り畳み自転車で竹田農園に一仕事しに行きました。

 自転車で渡った今川、堰でサギとカモが仲良く、小魚を狙っていました。


 今年最後の種蒔きが今日の目的。
グリーンピースの種蒔で、これが終われば、来年の2月末の春じゃがの植え付けとニンジンの種蒔きまで畑は暇で、時々、里芋やヤーコン、ジャガイモ等食べる分を収穫するだけで、気楽。
 
 グリーンピースの畝はあらかた昨日作っていたので、溝の土を掻き上げて、畝の形を整えて、種まき。(冒頭)
 昨日の新聞に、昨日は旧暦の10月10日で、農作業が一段落し、田の神様が山に帰る日と昔から言われているとのこと。
 東北から関東にかけて、「10日夜(とうかんや)」と呼んで、里芋の茎を藁で固く巻いて地域の子供達が歌いながらこれで地面を打ちたたいて回る風習があるとのこと。
 私の郷里の愛媛県今治でも、同じ日に「ごうりんさん」と言って、丸い石を10本近くのロープで結び、10人近くの子供たちが、各家庭を回り、この石を地面に打ち付けて、穴を開ける行事があった。
 小学校低学年の頃で、母方の実家に遊びに行っていた時、ちょうどこの「ごうりんさん」で私のいっしょに仲間に入れてもらって、撞いて回り、行く先々でお菓子をもらった記憶。
 空いた穴は、大事な穴と、そのままにしていた。
 今治では、すたれていたが、10年ほど前から復活させたとのこと。
 新聞では、地面をたたくのは、田の神様が去った後、モグラやネズミが地面を荒らさないようにとの意味があるらしい。
ゴーリンさんの時のはやしの歌は、「いーちぶ、にーぶ、さーんぷ桜のしーぶの木、ごーよのまーつのムーコの木、なーなつ(忘れた)・・・とーでとったごーりんさん、この家繁盛せい、男のこーが生まれるよーに」といったもの。
 復興した今治のごーりんさんの歌もこれとほほ同じ。

 小学校の低学年で、意味は分からないが、家々の前に石で穴をあけたら、ありがとうと言われて、お菓子もくれたと、ワクワクした行事だと今も思っていたが、意味が、農作業が今年は一段落したと、ホッとした気分を皆で分かち合ったのだと、知った次第。
 10歳の時のごーりんさんの記憶と、71歳の今の今年の種蒔き、苗植え付け終了! の解放感が結び付いていたのだと、発見した一日でした。

 妻に、ごーりんさん、いのこさんというのは、行橋でもあったのかと聞くと、小さいとき近所の男の子たちが、藁を巻いた束を地面に打ち付けていた記憶があるとのこと。
 私のと同じ、60年以上前の記憶。
↓ 11/24の日経新聞(そのまま使うのはやや問題、読むのは少数の釣りバカオヤジなので御免)


 お昼は、薪を作り、一人バーベキュー。


 日も暮れるのが早くなり、帰りの自転車で見た、農園周辺は、15:30分なのにもう夕暮れ。

 
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カボチャの棚栽培は100年前から  福岡市美術館(2019/5/10)

2019-05-11 15:21:15 | ルーツはここに?
昨日の10日、世話好きのS女史が12年勤務の福祉事務所の相談員を辞めたので、その慰労会。
 場所は、3年間のリニューアルが終わり、この3月からオープンの福岡市美術館にあるレストラン。
 早めに、M画伯と美術館に着き、展示している絵画や美術品の見物。
 ダリの絵とか、青木繁の婦人像等、立派な絵がゆったりした館内に展示、また電力の鬼と呼ばれた松永安左エ門が亡くなった後、いったん住まいのあった小田原の財団にすべての骨董品が寄贈され、それがゆかりの福岡市美術館に移され、展示されている。
 絵を見ていると、農家の庭先の大作。
 何か、竹で組んだ棚で栽培しており、どうもカボチャらしい。
 確かに、カボチャも何個かブラブラ。
作者の名前忘れたが畳3畳ほどの大作で、1916年の作(作者の死亡の年?)とある。
絵画は撮影禁止で、写真なし。
 竹田農園でも、耶馬渓の古民家(神尾家住宅)の畑で見て真似しているカボチャの棚作りは、100年前には日本の農家はやっていたと知った次第。

 参加者は4名で、N氏、M画伯、S女史。
 4人とも、先日亡くなった元小倉錦龍の池上氏のご縁で、おつきあいが始まった仲で、四方山話。

 N氏は無くなった息子さんの遺志を継いで、フィリピンの方を中心に介護教育を10年以上続けており、4/28日の毎日新聞で紹介されたとのこと。
 読んでみると無駄のない文章で、3日間記者が取材に来たとのこと。
 下の記事(そのまま載せるのはやや問題だが、読むのは北九州の釣りバカオヤジが大半なのでゴメン)

ダリの母国、スペイン料理の夕食で、おいしい食事と、ワインとビールでした。

明日日曜日は、名高い漁場の汐巻に釣りの予定、天気よさそう。
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藪入り 農園初仕事は薪作り(2019/1/4)

2019-01-04 20:44:48 | ルーツはここに?
最高気温12度と1月にしては、穏やかな一日、妻と農園に遊びに行きました。
妻は、かねて予定していた、農園の周辺の藪の切り払い。
 強力な剪定ばさみで、笹を切っては、空き地まで運ぶ。(冒頭)
 この時期、スズメバチもマムシも寒さにどこかに退散して、藪に入っても危険はない。
それで、旧暦の1月16日を藪入りというのかも。
 私は、そろそろお昼時で、空き地に積んだ雑木の山から、手ごろな枝を取り出して、薪に。

 十分な薪が出来たところで、たき火とバーベキュー。

冬の冷え込みも、たき火と炭火で、ポカポカ。

 腹ごしらえ出来たところで、私は、ヤーコンを掘り出す。

もう食べごろで、今日は3株、専用の鍬で。
 あちこちにお持ちする予定。

 帰りの準備をしていると、農園のお隣のETさんの奥さんが見えて、立派な太刀魚を2匹、どうぞと。
 ご主人は釣り好きで、大分に太刀魚釣りに行ったとのこと。
 初釣り。
頂いた太刀魚は、刺身と塩焼きで戴きました。
美味しい。

 外で体を存分に動かし、たき火で温まりで、すっきりした気分。

 明日は、関門に初釣り、アラカブ狙い。
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