田舎生活実践屋

釣りと農耕の自給自足生活を実践中。

ヘチマ束子(2010/10/14)

2010-10-14 23:45:13 | 海の幸・山の幸楽しく加工
春の連休、ヘチマの種を農園の畑の隅に播き、あまり面倒も見ず放置。
播いた箇所がちょうど草を山積にして腐らせ堆肥にした跡で土が良かったか、スクスク成長。
先日、よく見ると、既に枯れて、中の果肉がなくなり(腐って雨で流れ落ちた?)皮と中の繊維だけになったヘチマ9本。
これを棒でたたきながらホウスの水をジャージャー。
皮を除き、乾くと、立派なヘチマたわし出来上がり。(冒頭の写真)
風呂で体を洗うと、垢がよく落ちる。
肌にもいい感じ。
ヘチマ水が肌にいいのと同じ原理かも。
以前は、釣りの後、虫エサの体液とか、オキアミの汁で手の皮が炎症を起こし次々剥けた。
ヘチマ束子の効果かアロエの切れ端を手で揉みつぶしてアロエ液を塗りこむようになったからか、最近は少し赤くなる程度で、皮はむけず痛みもない。
さらに、体を洗い終わった後のヘチマ、洗面器で2回洗いで石鹸がきれいに落ちる。
タオルだと4回洗いで、エコにも役立つ。
まだブラブラ垂れ下がっているヘチマ10本ほどあり、これらは11月に束子になるみこみ。
あちこちに、効能を言いたてて、差し上げる予定。
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イノシシの反撃・一進一退(2010/10/12)

2010-10-12 19:31:09 | カラス・イノシシ・アライグマに負けた
秋にしては、ポカポカ温かい。
竹田農園で畑仕事でした。

(イノシシの反撃)
 イノシシの縄張りの旧栗畑に張ったネットの栗を失敬しようと山道を登って旧栗畑に。
人間が来たぞ、出てくるなのサインのチリンチリンの鈴と携帯ラジオを鳴らしながら。
竹藪を潜って栗の木の下に。
やられた。
四隅を張った、ネット2張り、結んだ紐をぶちきられて、地上に横たわり、あったであろう栗は、皮のみ。
昨晩あたり、イノシシ軍団がやってくれた。
推測するにまず、身の軽い、体重40キロのピョンキチが、1メートルジャンプしてネットに飛び乗る。
ネットは地面すれすれまで、沈み込む。
後はイノシシ軍団のイノシシ7頭が体重80キロの隊長を先頭にドカドカとなだれこみ、プックリと実った栗をムシャムシャ。
今朝以降落下したらしい、栗の実を10個ほど集め、ネットを高さ1.6メートル程に張りなおす。
もう栗のピークは過ぎたが、来週まだ何個かゲット期待。
壊されたネットの仕掛けの前でパチリ(冒頭の写真)

(食事)
 お昼は、豚肉、栗、枝豆に昨日、耶馬渓の道の駅で買ったサツマイモを炭火で焼く。(下の写真)
ビールも。
 いつもご一緒する江藤正翁(元南海ホークスのエース、88歳)は自転車、バスで行橋市内に出かけ、今日の食事は私一人。

(畑、復興)
 お盆にイノシシにサツマイモを食い尽くされて、見る影もなかった農園の畑、ジャガイモ、大根、カブがすくすく育ち、高級サトイモのやつ頭も勢いがいい。
イノシシの爆撃で廃墟となった農園の畑が復興したというところ。
11月になれば、ジャガイモ、大根、ネギ、食卓を賑わす見込み。(畑でパチリ)
 卓球の練習を終えて、迎えに来た妻の車で我が家に。
 いい汗をかきました。

 今度の日曜、コーラル丸で釣りの予定。
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汐巻で鯛テンヤ・手釣り開眼(2010/10/10)

2010-10-12 00:47:02 | 忘れがたい釣りや山
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
昨日の日曜日、山陰の名高い漁場の汐巻に釣り。
今日は、妻と妻の卓球友達の3人で耶馬渓のなかま温泉、晩は、昨日の獲物の鯛の刺身片手に、M画伯のアトリエで、宴会。
愉快な2日間でした。
冒頭の写真は汐巻鯛釣りで、出港して間もなくの日の出。


(手釣り、分かってきた)

 汐巻は真鯛の宝庫で、これまで何回か連れて行ってもらったが、皆さん60センチ代の見事な鯛を釣りあげる。
私は無縁。
水深90メートルで先輩方のような手釣りは自信なく、もっぱら竿釣り。
汐巻釣りの先輩の工務店のS氏、鯛テンヤという鉛の錘の先に直接釣り針2本ついた、仕掛けで手釣りを勧めてくれる。
しかし、道具をそろえてトライするもいつも失敗。
手前祭りに魚の当たりも分からず。
鯛テンヤの名人のHPでの解説を読むと、なんとかやれそうな。
今日は、3時間ほど竿釣りの間に工務店のS氏、60センチの見事な真鯛(下の写真)。

リーダーの木工職人のSG氏は、鍋にすれば絶品のアラ50センチをゲット。(下の写真)

お二人とも鯛テンヤの手釣り。
私の方は、20センチ程のかわいい真鯛やら、ぺらの仲間のハトポッポという釣れても嬉しくない魚ばかり。
エエイと、持ってきた鯛テンヤの手釣りに切り替え。
HPで学習した釣りのイロハ(左のブックマークの鯛テンヤのイロハ)どおり、2、3メートル底からさらに糸を出して、その後少しずつ糸を手繰っ引き上げてていくと、なんと、手先に微妙な手ごたえ。
思い切りしゃくって、糸を手繰ると、糸先で魚が糸を引き込む強い手ごたえ。
以降、4時間、釣れるは釣れるは25センチから44センチまでの真鯛が30匹程釣れる。
下は30センチ程の鯛がダブルで釣れたところ。

カナトフグとか、ウマヅラハギ、アラカブといった美味しい魚も次々。
赤ヤガラというテレビでは見たことがあるが、釣ったのは初めての珍魚も。下の写真。

木工職人のSG氏は、おいしいから、持って帰れと。
鯛テンヤの手釣りが優れているのは、広い範囲を魚から見て自然に誘え、微妙な当たりも感じることができることのよう。
納竿時、30リットルはいる私のクーラーボックスは満タン。
船長の釣った魚を、4人の釣り人で均等割するのだが、入れるスペースがなく、鬼カサゴだけいただき、後は大型のクーラーボックスを持っている
工務店のS氏に謹呈の余裕も。
帰りの船でパチリ。


(たまげた)
この日は、驚きが2回。
まず出港で朝粟野から船に乗ろうとすると、別の釣り船のグループ。
おひとり足を一歩づつ引きずりながら歩いて船に向かうお年寄り。
足元がおぼつかない。しかし、周りの人が抱きかかえて、1メートルほど段差のある船に乗り込む。
聞けば、88歳。
こんなに体力が落ちても釣りに出てくるとはとあきれるやら、驚くやら、うらやましいやら。
次のたまげたは帰宅のためS氏運転の車で角島近くの山道(国道)を走っていると、突然、大きな鹿が飛び出してくる。
立派な角の雄鹿。
あわやのところで、逃げて行ったが、ぶつかっていたら、こちらの車(軽自動車)もフロントガラスも割れて、危ないところ。
自動車がイノシシやら鹿とぶつかって乗っていた人がえらい目にあったとは他人事としか思っていなかったが、まさか、自分が遭遇するとはとこの日2度目のびっくり。

(宴会)
 夕方6時過ぎに家に帰りつき、珍魚のアカヤガラと、船長にいただいた鬼カサゴ(オコゼに似ている)を
刺身。
特にオニカサゴは絶品。
この日の晩御飯は刺身と竹田農園の宿敵イノシシから取り上げた山栗を栗ごはん。(下の写真)


(良いことの後は失敗 私、妻、S氏)
 意気揚々の後、私も大鯛を釣った工務店のS氏、悪夢。
私は、妻と友達のY夫人とで温泉。ひなびた良い温泉に。
釣りで荒れた手もスベスベ。
風呂からさあ出ようと、貴重品ロッカーから財布・携帯電話を出そうと、手首につけたはずの
鍵を見ると、鍵がない。
あわてて、服を着て管理人のおばさんに、合いかぎをお願いするも、合いかぎが効かない。
騒ぎに気の付いた、風呂に居合わせた、人たちが浴槽内から、最後は排水溝の蓋まで持ち上げて探してくれる。
入浴前、温泉の入り口のベンチで足を伸ばして大声でしゃべっていたので、生意気なやつらだと、思っていた、ドライブ中の若者2人、自分のことのように、心配してくれて、人は見かけで判断してはいけないと反省。
ロッカーの中身が盗まれていないか確かめたく、ロッカーの扉の隙間から覗くも暗くて分からない。懐中電灯貸してと受付の女性に頼んでいると、この若者の一人、「持っています」と渡してくれる。
やれやれ、荷物は取られていない。
65歳程の温泉好きの男性がリーダー格になってくれて、どこにキーは行ったのかと私と一緒に探したり、思案してくれる。
荷物はなくなっていないので、明日にでももう一度来ますと、キーの捜索は切り上げる。
脱衣場から出ようとすると、この65歳程の男性、「これは何!」と大きな声。
なんと探していたキーがこの男性の脱衣籠の中に。
キー捜索をあきらめて、服を着はじめて気が付いた。
一緒に探してくれた別の男性は、「よくある。自分の脱衣籠の隣に、何気なくキーを置いて、そのままにしていた。ほかの人がその上に衣服を入れているので、そこまで剥いでみないから、分からない」 
皆さんよかったよかった。
休憩室にいた数人のお年寄りのグループの人も騒ぎに気が付いていて一斉に、良かったねー。
ほっとして、地獄から天国と思いながら、休憩室で新聞を読んでいると、65歳程の男性、受け付けのおばさんに「よかったね、この人(私のこと)は、正直そうな顔をしてるので、よかった、よかった」と言いながら、出て行かれました。
この話を、休憩室にやってきた妻に話すと、「あんたもね」と。
聞くと妻も貴重品入れのロッカーキーが見当たらなくなり、5分程して、窓の桟に置いてあるのを見つけてほっとしたとのこと。
 失敗は、大鯛を釣った工務店のS氏も。
M画伯のアトリエでの宴会の帰り、S氏宅に寄り、コーヒー。
S氏の奥様の言うにはS氏の救命胴衣が汚れているので、水道の水をジャブジャブかけて洗ったとのこと。
突然、救命胴衣の袋が開き大きくなったとのこと。
このタイプの救命胴衣は夏、かさばらず、暑くないので、大半の釣り仲間が着用。
いつも話題になるのは本当に海に落ちたら救命胴衣は膨らむのか。
誰か、海に飛び込んで試せと言うも、誰も飛び込まないし、他のグループの釣り人からも、試したという話は聞かない。
S氏に、膨らんだ救命胴衣を見せてもらう。下の写真。

結構厚手の丈夫そうなビニールで事故の時、なんとか役に立ちそう。
なお、開いた救命胴衣釣具店に持っていくと、カートリッジを取り換えてくれるそうな。3000円。
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農園で草刈り(2010/10/7)

2010-10-07 19:49:56 | Weblog
秋晴れの気持ちのいい日。
竹田農園で畑の手入れと草刈りでした。

(地産地消)
 お昼はバーベキュー。
例年なら、畑からサツマイモを食べるだけ掘ってきて焼き芋に舌鼓だが、イノシシ軍団に食べつくされ、メニュー変更。
イノシシの縄張りの旧栗畑に仕掛けたネットからの栗、埼玉の友人からもらった大豆の種を蒔いたら実が入った枝豆が芋の代替。(冒頭の写真)
結構おいしく、お腹も一杯。
ビールも進む。
お隣の江藤正翁(元南海ホークスのエース、88歳)と二人でよもやま話。(下の写真)

「元日本ハムの大沢監督が亡くなったな」と、江藤翁。江藤翁と入れ違いで南海に入団したそうで、電電公社勤務時代も時々、大阪球場に出かけて、大沢氏と一緒に競輪に行ったこともあったとのこと。
「同僚も若い人も段々いなくなる。」とポツリ。
江藤翁の家に寄り、古い新聞記事等みせていただき、壁に飾っていた、江藤翁の現役時代の試合の投球を映した写真があり、これをパチリ。

光が反射して、やや見にくいが、力強いフォーム。

(イチジク畑の草刈り)
 食事も終わり、草刈りに。先日100坪刈り、残り500坪。今日は続き。
試みに刈った草を集めて、堆肥にしようと、数日前、草を山盛り。
今日の草刈り前にパチリ。(下の写真)

ススキが高く茂っており、小さいイチジクの木を見落としてバッサリ伐り倒してしまう。
これは持ち帰り、挿し芽にして再生出来ないか、妻にお願い。
問題のイチジクの切れ端をもって、草刈り後にパチリ。

草は、暇なとき、買いたてのリヤカーで農園の畑に運ぶ腹積もり。
いい畑になる。

 今度の日曜、名高い漁場の汐巻に釣りの予定。
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イノシシからの戦利品(2010/10/4)

2010-10-04 21:47:09 | Weblog
田舎生活の好きな皆さんお元気ですか。
猛暑も去り、涼しい気持ちのいい季節です。
竹田農園で、栗、ゴーヤ、枝豆、ピーマンの取り入れと、イチジク畑の草刈りでした。

(イノシシ村の栗を失敬)
 竹藪となり、放棄した栗畑、今ではイノシシの縄張りで、この25年、栗を取りに行ったことはなく、竹との競り合いに負けて、栗の木は枯れたものと思っていたが、どっこい竹と背比べをして生き残り栗も実っている様子。
農園のサツマイモ100株、イノシシ軍団に食い尽くされたかたき討ちと、この旧栗畑にネットを張り、イノシシの栗を一部失敬することに。
イノシシに人間が来たよ、現れるなのサインの腰に吊るしたチリンチリンと携帯ラジオを鳴らしながら、旧栗畑に向かう。
旧栗畑に通じる山道、途中からイノシシが苔の部分を連続して掘り返している。
ミミズ狙い。
10日に一度くらい、定期的に掘っている。
昨晩掘ったらしく、裏返された土が黒く湿っている。
ここからは俺たちの縄張りだのイノシシ軍団のサインかも。
苔が掘り返された山道でパチリ(冒頭の写真)。
旧栗畑にはいると張り渡したネットの上に栗が10個程。(下の写真)


地面にも昨晩からの強風でいたるところにブックリした栗、栗、栗。
しめたと、急いでザルに集める。(下の写真)


サツマイモでの敗北感、少し溜飲を下げたというところ。

(焼き栗)
 お昼は、農園の隣に住む江藤正氏(元南海ホークスのエース、88歳)と炭火を起こして、バーベキュー。
涼しくなったので、カッポ酒も復活。


ご飯の代わりに、栗を10個程網に乗せて焼く。
バーンと言わないように、包丁で皮に小さく切れ目。
こんがり焼けて、食べてみると、美味しい。
「栗もこうして食べるとおいしいね」と江藤翁もびっくり。

(草刈り)
 農園のイチジク畑、今年最後の草刈り。ススキが穂を出して風に揺れている。
土が肥えているため、びっしりと生え丈も高い。
100坪程刈って、時間切れ終了。
初めての試みで、刈った草はひとところに集めて、堆肥化し、適宜、農園の畑に運ぶことに。
今日は、うずたかくホークでイチジク畑の端に積み上げる。
跡地には、イノシシの口に合わないで盗まないだろう、茄子を来春植えてみる予定。

(実りの秋)
 畑の土、昨年、お隣の土建屋のI氏に頂いた2トンほどの草を畑に積み上げて、堆肥化した効果か、ピーマン、ゴーヤ、枝豆、例年の倍近く実っている。
なた豆も。
取り入れて、イノシシからの戦利品の栗と並べてパチリ。


残念ながらサツマイモは無い。
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日の水牧場 40年前にお邪魔した牧場(2010/10/3)

2010-10-03 13:56:02 | 農園巡り
日曜日、コーラル丸でカワハギ釣りと思っていたら、昨晩船長から、「明日、昼ごろ雷雨で風もある、釣り中止」の電話。
それならと、関門フィッシングの乗合船の予約をと電話するも、悪天候で釣り客が無く、明日は乗合船は出ないとのこと。
万策尽き久しぶりに家でゆっくりの日曜日。

 コーヒーを飲みながら、40年近く前お邪魔した、日野水一郎氏の牧場を思い出した。
当時のアルバムをめくると、懐かしい八ヶ岳山麓の風景。
日野水氏は私が3年間過ごした同志会という東京にある小さい学生寮の先輩で、当時八ヶ岳の山麓で7ヘクタールほどの牧場を経営しておられた。
昭和12年大学卒、私が学生だった昭和47年当時、60歳少し前。
八ヶ岳で牧場経営ということで、昭和20年後半から、同志会の学生がよく手伝うと称して、遊びに行く人気スポット。
私も、仲の良かった長網良明氏(10年前亡くなった、小倉で弁護士をしていた)と二人で、夏休み2泊の予定で、手伝いに。
行く前、少し日野水氏について、情報を得たいと思っていたら、同じ寮に暮らす友人が「週刊ダイヤモンドに日野水さんご夫婦の手記が出ていた」と持ってきてくれる。
最初はご主人の日野水氏、次の号が奥様の手記。
読んだ寮生達の感想は、日野水氏はバラ色の牧場経営という感じ、奥さんのは苦労の連続といった感じ、奥さんの手記の方が面白いといったもの。
私はどちらも面白かった。
おぼろげに覚えているのは、

(日野水氏が農業に転職した理由)
元々農林省にキャリア組で就職し、課長になったとき、周囲は強く止めたが、八ヶ岳で農業を始めた。
きっかけは、就職早々に農業実習があり、棚田で農作業。
指導教官が、棚田を支えている石垣の石を指さして、「この石がなぜ丸いか分かるか」と質問し「数百年前からここで耕作してきた農民の鍬が何度もこの石を叩き、こうして石の角が削られて丸くなった」と。
この時、若い日野水氏は、この話に心が燃え、次の仕事は農業と決め、課長になったころ年齢的に潮時と、農業に転職したもの。

(高原野菜から牧畜)
 スタート時、高原野菜から手掛けた。
値段の乱高下が激しく、高値になったと、電報が来ると、徹夜で出荷、寝る間も惜しんで働いた。
あるとき、夜中に高原野菜の出荷作業をしてると、奥様から「なにをしているの」と聞かれ、高値なので急ぎ野菜を出すと答えると、奥様「そうやって必死で野菜を作って、もうかっているの」と。
赤字。
これでは何をしているのやらと反省。
乳牛の飼育に切りかえた。
牧草の生育には雨が多い八ヶ岳山麓は適しており、また、野菜に比べ、作業が楽で(1/3)、読書したり勉強する時間も取れ経営も軌道に。

(パン)
 ご夫婦でおいしいパンを食べたいと、いろいろ工夫するもなかなか良いものが出来なかった。
甲府市に出かけたとき、町のパン屋からいいパンの香り。
これだと思い、パン屋に上がり込み、作り方の極意を頼み込んで教えてもらい、満足のパンを作れるようになった。

といった内容。

昭和47年の7月に日野水牧場を訪ねて、予定どおり2泊3日。
冒頭の写真は牧場に着く前、八ヶ岳の山麓を山歩きしたとき、長網氏とパチリ。

夏で、ちょうど干草作りの時期。
北海道、九州の牧畜農家の跡取りの若者3人が日野水氏の牧畜技術の習得に泊まり込みで働いていました。
皆さん逞しく腕周りは私の2倍はある感じ。
この若者達と日野水さんご夫婦の朝食風景をパチリ。
ご自慢のパンやら、しぼりたての牛乳を沸騰させて(消毒)冷やした牛乳やらごちそうです。
下の写真。


大相撲夏場所の頃で、小一時間相撲を見ながら、パンに牛乳の遅いおやつも楽しみ。

日野水氏は、いろいろと工夫を凝らす方で、肉にも乳牛にも両用出来る(雄牛は肉牛、雌牛は乳牛)品種だと、スイスブラウンという名前の牛をツガイでスイスから取り寄せ、飼育していました。そのスイスブラウンの前で日野水氏と若い実習生(17歳だったと思う)をパチリ。下の写真。


私も長網氏も手伝いは腕力不足で、干し草作りはかえって邪魔で、最後は、牧場の柵の杭づくりに降格しました。
私が杭になる丸太を鉈で皮をはいでるところをパチリ。


3日目に牧場を後にするとき、奥様から「あななたち、手伝ういっていたけど、役にたたなかったわね」と笑われました。
私より、2年上の同志会の先輩たちは5人で一夏出かけ、大きな牛舎を建てたと日野水氏が、その牛舎で話していました。
「後輩の若者5人が、この牛舎を建てたと碑文を作ろうと思っている」と愉快そうに日野水氏が話していたのを覚えています。
私と長網氏、尻尾をまいて逃げ出したというところ。

 それから40年近くが経ち、竹田農園での畑仕事やら、イノシシ避けの柵づくりに汗を流していると、日野水牧場でのひと時がよく思い出されます。

 日野水氏とはその後も年賀状のやり取りをしていましたが、10年前お亡くなりになりました。牧場は、やはり同志会の先輩にあたるご子息が後を継ぎ、今も経営されています。
父上同様、工夫を凝らして、今の時代にあった楽しい経営をされているようです。(「日野水牧場、八ヶ岳」でグーグル検索すると出てきます。パンが評判の手作りレストランもやっておられる様子。)

 明日は、竹田農園でイチジク畑の草刈りの予定。
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なた豆、食卓に(2010/10/1)

2010-10-01 23:49:37 | Weblog
なた豆、飲み仲間の大半が多かれ少なかれ血糖値が高く、これを食べて値が正常になったと、私とラーメン屋のI氏が信じているものだから、「私も作る」、「食べるから呉れ」等、人気。
実際は、ストレス発散効果があり、それが間接的に効くことがあるということらしい。
新聞広告に時々なた豆茶が宣伝されており、歯槽膿漏、蓄膿にいいとか。
気のせいか、私も最近、鼻のとおりがいいような感じがする。

 今年は竹田農園のなた豆、例年以上によく実っている(土にたっぷり枯草を鋤き込んだ成果)。
料理方法は、テンプラが美味しいが、いちいちテンプラは面倒。
コーラル丸の川端船長にさし上げたことがあるが、船長の奥さん、湯がいて、それを刻んで、良質のオリーブ油で炒めて食べているとのこと。
妻がこれを聞いて、今朝、なた豆のオリーブ炒めにしてタッバーに入れる。
冒頭の写真。
作り方は
①沸騰した湯に入れて、湯がく。大きすぎて鍋にはいらないときは、半分に切る。
②茹でたなた豆を、幅4ミリ程度に輪切り。
③これを、塩コショウしてオリーブオイルで炒める。(フライパン)
④タッバーに入れ、食事の都度、適当に食べる。
 結構、いい味。長く食べれる。

なた豆は、発芽率も良く、丈夫な豆だが難点は、発芽直後、地面から持ち上がった新芽(まだ豆の形)が、小動物(ナメクジ?小鳥?)に食われてしまうこと。
竹田農園では、半分は食われる覚悟で、必要な倍の種を蒔くが、小型のビニールの容器で本葉まで2Fのベランダ等で育てて移植が良さそう。
犯人が小鳥なら、釣糸を上に数本張るのもいいかも。
来年の春(連休の頃)釣り糸作戦やってみよう。
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