
本作『アルプススタンドのはしの方』の原作は、
2017年の第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞となる文部科学大臣賞を受賞し、
全国の高校で上演され続けている兵庫県立東播磨高校演劇部の名作戯曲で、

2019年の6月には、“劇団献身”主宰・奥村徹也の演出により、
東京・浅草九劇でリメイク上演されており、
浅草九劇で初めて公演を行なった団体・個人限定で、最も新鮮さに溢れた作品に贈られる「浅草ニューフェイス賞」を受賞している。
夏の甲子園1回戦出場の母校の応援に来た高校生4人、
演劇部員の安田と田宮、

元野球部員の藤野、

成績優秀な宮下が、

それぞれが抱える様々な思いを波乱含みの試合展開に重ねて、
アルプススタンドのはしで繰り広げる会話を中心に描き出したもので、
4人の高校生を、小野莉奈、西本まりん、中村守里、石原壮馬が演じていた。

この浅草の商業演劇との同時進行のメディアミックスで映画化されたのが本作で、
演劇に出演していた小野莉奈、西本まりん、中村守里が同じ役で映画にも出演し、
脚本を、演劇を演出した奥村徹也が手掛けている。

監督は、これまで数多くのVシネマ、ピンク映画を手掛けてきた城定秀夫。

7月24日から順次全国公開されているが、
佐賀では、イオンシネマ佐賀大和で7月31日から公開された。
演劇を映画化したものに傑作は少なく、(あくまでも個人的感想です)
不安の方が大きかったのであるが、
〈とにかく見てみなくては……〉
と、公開翌日に映画館に駆けつけたのだった。

夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、
演劇部員の安田(小野莉奈)と田宮(西本まりん)は野球のルールも知らずにスタンドにやって来た。

そこに遅れて、
元野球部員の藤野(平井亜門)と、

帰宅部の宮下(中村守里)もやってきた。

夢の舞台でスポットライトを浴びている選手たちを、
観客席の隅っこで見つめる冴えない4人。
どこかぎくしゃくしている仲の安田と田宮。

野球に未練があるのか不満そうな藤野。

テストで学年1位の座を吹奏楽部部長・久住(黒木ひかり)に奪われてしまった宮下。

最初は一方的な試合展開で、
「相手は強豪校なので、しょうがないよ」
と諦めムードであったが、
母校の野球部選手の頑張りで白熱した展開になっていくに従って、
彼らが抱えるさまざまな思いも次第に熱を帯びていく……

グラウンド内の選手たちはまったく登場せず、
ほとんどのシーンが「アルプススタンドのはしの方」で展開される会話劇で、
上映時間の75分も(普通の映画なら短く感じるかもしれないが)正直キツイのではないかと思っていた。
ところが、驚いたことに、そんな心配を蹴散らすような、
とても面白く、感動する作品だったのである。
物語はよくある話だし、
会話はベタだし、
映画のつくりはチープだし、
無名に近い若手俳優ばかりだし、
普通ならどうしようもない作品になるところなのであるが、
そうなっていないのは、
この作品が持つ“不思議な力”によるものであろう。

私を惹きつけた第一要因は、
やはり、主要キャストの4人の演技の素晴らしさである。
特に、舞台版から続投となった、
小野莉奈、西本まりん、中村守里の演技が良かった。
どこにでもいるごく普通の高校生を自然体で演じていて秀逸であった。

その中でも中村守里の存在が光っていた。

【中村守里】
2003年6月14日東京都生まれの17歳。(2020年8月現在)
テレビ朝日『ラストアイドル』から誕生したラストアイドルファミリーの最後の派生ユニット『Love Cocchi』(ラブコッチ)のメンバーとして2017年12月20日にデビュー。
主演映画『書くが、まま』でMOOSIC LAB 2018最優秀女優賞を受賞。

TV出演は、
テレビ朝日『ラストアイドル』、
NTV『正義のセ』第9話 モエ役、
AbemaTV『ラストアイドル in AbemaTV』など。
血液型O型。
特技:バレエ(8才〜15才)、新体操(7才〜12才 全国大会出場)、ダンス、水泳(6才〜12才)
趣味:カメラ、人間観察、食べること
身長:164.5cm

舞台では眼鏡をかけていなかったようだが、

映画では眼鏡をかけて、

優等生で、引っ込み思案で、
エースの園田の密かに思いを寄せる女子高生を繊細に演じていて素晴らしかった。
アイドルとしてよりも、
女優の方に限りない可能性を感じた。

舞台では会話に出てくるだけで実際は登場しない、
吹奏楽部部長・久住を演じた黒木ひかりも良かった。

吹奏楽部部長をしながら、
帰宅部で勉強一筋の宮下からテストで学年1位の座を奪うという、
スーパー女子高生のような役であったが、
主要キャスト4人よりは出演シーンは少ないものの、
この4人に負けないほどの存在感で、強烈な印象を残した。

黒木ひかりの方も、中村守里と同じく、
AbemaTV「太陽とオオカミくんには騙されない」(2018年)に主演した際、
“神的美少女”と話題になったほどの美少女なので、

真逆の性格の宮下(中村守里)と対峙するシーンは見応えがあった。

会話劇なので、
大森立嗣監督作品で、池松壮亮と菅田将暉の掛け合いが絶妙だった、
秀作『セトウツミ』を思い出すが、(コチラを参照)
芸術的には『セトウツミ』に軍配は上がるが、
映画の面白さや感動においては『アルプススタンドのはしの方』が優れていると思った。
わずか75分間に、
「恋」や「友情」や「嫉妬」や「挫折」や「思いの行き違い」などなど、
青春のあらゆる要素が詰め込まれており、

ベタだ、チープだと思いながら、
最後には涙を流させられている。

「アルプススタンドのはしの方」でのシーンがほとんどだし、
無名に近い俳優たちばかりなので、
かなりの低予算で製作されたであろうことが予想されるが、
数多くのVシネマ、ピンク映画で、
数々の創意工夫を凝らしてきたであろうベテラン監督・城定秀夫なればこその、
経験値が活きた、ミスマッチで素敵な作品ができたような気がする。
低予算映画のお手本のような作品で、
最初は、
「愛すべき佳作」
「感動を呼ぶ秀作」
などとサブタイトルを考えていたのだが、
ここは思い切って「傑作」と言い切ってもいいのではないかと考えた。
そこで、
この映画で最も輝いていた中村守里の名も入れて、
……中村守里の存在感が光る傑作……
とした次第。
たぶん、あなたの新作映画鑑賞リストには、
本作『アルプススタンドのはしの方』は入っていないと思うが、
ぜひとも見てもらいたいと思う。
新型コロナウイルスの影響で、高校野球の甲子園大会も中止になり、
閉塞感ただよう高校スポーツ界であるが、
夏に本作を見て、
若者は「今やるべきこと」を思い出し、
中高年は己の熱かった「青春時代」思い出し、
感動し、涙してもらいたい。
そして、
グラウンド内にいる選手だけでなく、
スタンドの片隅にいる人にも人生があることを、
あらためて感じてもらいたい。
私など、むしろ、
「アルプススタンドのはしの方」にこそ自分の居場所があるような気がして、
新たな発見があった映画であった。
映画のラストで、“ひとひねり”あるのも好い。
映画館で、ぜひぜひ。