一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『暗数殺人』 ……キム・ユンソクとチュ・ジフンの緊迫感漂う演技が秀逸……

2020年05月27日 | 映画
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本作『暗数殺人』は、
日本では2020年4月3日に公開された韓国映画であるが、
佐賀ではシアターシエマで(営業再開後の)5月15日から公開が始まった。
韓国全土に衝撃を与えた実際の事件を基に、
ミステリアスな殺人犯と、
未解決事件を追う刑事の、
息詰まる攻防を描いているという。
キャッチコピーは、

『殺人の追憶』『チェイサー』に続き、
韓国を震撼させた連続殺人事件を基に描く衝撃作!


私が韓国映画で最も好きな作品No.1『殺人の追憶』(ポン・ジュノ監督/2003年)と、


No.2『チェイサー』(ナ・ホンジン監督/2008年)を引き合いに出されたら、


見ないわけにはいかないではないか!
新作映画に飢えていたということもあって、
取る物も取り敢えずシアターシエマに駆けつけたのだった。



「7人だ。俺が殺したのは全部で7人。」
キム・ヒョンミン刑事(キム・ユンソク)は、
恋人を殺害し逮捕されたカン・テオ(チュ・ジフン)から突然の告白を受ける。


しかし、テオの証言のほかに一切証拠はない。
そもそも彼は、何故自らそのような告白を始めたのか?
警察内部でもテオの自白をまともに相手にする者がいない中、
ヒョンミンは直感的にテオの言葉が真実であると確信。


上層部の反対を押し 切り捜査を進めてゆく。


そしてついに、テオの証言どおり白骨化した死体が発見されるのだが、
テオは突然、
「俺は死体を運んだだけだ」
と今までの証言をくつがえす。


「どういうことだ」
テオの言葉に翻弄されてゆくヒョンミン。
果たして残る死体は存在するのか?
そして、テオの目的とは、一体……



容疑者が早々に捕まり、
その容疑者の告白によって主人公が翻弄されていくという展開が『チェイサー』に似ており、
その『チェイサー』で主人公の元刑事を演じていたキム・ユンソクが、
本作『暗数殺人』でも主人公のキム・ヒョンミン刑事を演じていたということもあって、
なんだか、『チェイサー』を再現したような作品であった。
似ていないところは、『チェイサー』ほど過激ではなかったこと。
『チェイサー』が韓国ではR18+指定で、日本でもR15+指定だったのに対し、
『暗数殺人』は小学生でも見ることができるソフトさ。
『チェイサー』が大人の私でも目を背けたくなるほどの衝撃作であったのに対し、
『暗数殺人』は容疑者と刑事の対話劇のような感じで、衝撃度は低い。


そういう意味では、キャッチコピーに「偽りあり」だ。
だが、『殺人の追憶』や『チェイサー』などの過激作を見たことがない人にとっては、
十分に衝撃作になりうるのかもしれない。


暗数とは、
実際の数値と、統計結果との誤差で、
なんらかの原因により統計に現れなかった数字の事。
主に犯罪統計において、
警察などの公的機関が認知している犯罪の件数と、実際に起きている件数との差を指す。

いつだったか、佐賀県内の或る山で、
多くの警察車両と、作業服を着た多くの捜索隊員を見たことがある。
翌日の新聞で、
容疑者の自白で、その山に埋められていた死体を発見したということを知った。
それ以来、
どの山にも知られざる死体が埋まっているのではないか……と思うようになった。
犯人が逮捕され、死体が発見されることは稀で、
むしろ、
殺人事件があったことすら知られず、
多くの死体が山に埋まっているのではないか……
警察の統計によれば、毎年8万人~9万人の行方不明者がいるとのことだが(それでも十分に多いのだが)、実際は、その何倍もの人々が行方知れずになり、どこかで死んでいるような気がする。
そんな想像もあながち間違いではないと思わせる説得力がこの映画にはあった。
衝撃シーンは少ないが、
容疑者と刑事の会話によって想像力が刺激され、
脳内に衝撃シーンが再現されていく。
緻密に練り上げられた脚本と、
キム・ユンソクとチュ・ジフンの緊迫感漂う演技で、
本作は傑作になりえている。


韓国内で、観客動員400万人突破の大ヒットを記録し、
第39回青龍映画賞:脚本賞(クァク・キョンテク、キム・テギュン)
第39回青龍映画賞:人気スター賞(チュ・ジフン)
第55回百想芸術大賞:映画部門 シナリオ賞(クァク・キョンテク、キム・テギュン)
第24回春史大賞映画祭:新人監督賞(キム・テギュン)
第24回春史大賞映画祭:主演男優賞(チュ・ジフン)
第38回韓国映画評論家協会賞:脚本賞(クァク・キョンテク、キム・テギュン)
第38回韓国映画評論家協会賞:ヨンピョン11選
第39回黄金撮影賞:最優秀主演男優賞(チュ・ジフン)
第5回韓国映画制作者協会賞:主演男優賞(チュ・ジフン)
第7回大韓民国ベストスター賞:ベスト主演賞(キム・ユンソク)
第3回ロンドン東アジア映画祭:主演男優賞(キム・ユンソク)

など、多くの賞を得、
観客、批評家双方から熱い支持を受けているのは、
本作が優れた作品であるという何よりの証拠であろう。


『殺人の追憶』『チェイサー』を高く評価している私としては、
刺激性においてやや物足りない部分はあったものの、
物語展開は『チェイサー』で、
『殺人の追憶』風なラストで余韻を残すあたりは「さすが」と思わせた。


【蛇足】
女性検事を演じたムン・ジョンヒが、


水野美紀に似ていたのと、


容疑者・カン・テオを演じたチュ・ジフンが、


NHK朝ドラ「エール」で音(二階堂ふみ)の姉・吟(松井玲奈)の婚約者・鏑木智彦を演じている奥野瑛太によく似ていて、鑑賞中はそれがかなり気になった。(笑)


日本映画の新作登場は夏まで待たなければならないような状況だが、
ミニシアター系の映画館では新しい作品が公開され始めている。
新型コロナウイルスの感染予防に努めつつ、
営業面において苦境に立たされているミニシアター系の映画館へも足を運んでもらいたいと思う。
ぜひぜひ。

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