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昨年末(2017年12月27日)に映画『花筐 HANAGATAMI』のレビューを書いたとき、
この作品が生まれるきっかけとなった「唐津シネマの会」について触れた。
(映画館のない唐津市には「唐津シネマの会」というものがあり、定期的に映画の上映会を開催している)
その際、「唐津シネマの会」のHPで、
今年(2018年)1月の上映予定作品に『世界は今日から君のもの』があるのを発見した。
この作品は、門脇麦が、ひきこもりになったオタク女子を演じており、
尾崎将也のオリジナル脚本で、監督も尾崎将也が務めている。
昨年(2017年)7月15日に公開された作品だが、
九州では上映館がなく、見ることができなかった作品であった。
門脇麦は私の好きな女優であるし、ぜひ見たいと思っていたのだが、
意外なかたちで見る機会に恵まれたのである。
『花筐 HANAGATAMI』は唐津でロケされた作品であるが、
その『花筐 HANAGATAMI』に門脇麦は重要な役で出演している。
たぶん、その縁で、彼女の主演作が「唐津シネマの会」で上映されることになったのだろう。
諦めていた作品だったので、私の喜びもひとしおであった。
「唐津シネマの会」での『世界は今日から君のもの』の上映予定は、
1月6日(土)14:00~
1月10日(水)18:30~
1月17日(水)14:00~
1月27日(土)14:00~
の4回のみ。
1月6日(土)の昼間は仕事であったし、
1月10日(水)の夜は用事があったので、
1月17日(水)に、
上映会場である(唐津市役所の横にある)オーテビル3Fオーテホールへ向かったのだった。
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引っ込み思案な性格で自分の世界に閉じこもってきた真実(門脇麦)は、
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自立するために工場でバイトを始めるが、
クビになってしまい、ニート生活に逆戻り。
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真実は、娘との距離感を上手くつかめない父・英輔(マキタスポーツ)と2人暮らし。
娘の個性を認めない母・美佳(YOU)と英輔は、真実が高校生の時に離婚していた。
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娘の将来を心配した英輔は、新たなバイト先を見つけてくる。
それは新作ゲームに不具合がないかを探す“デバッカー”という仕事。
真実は誰とも会話せずに黙々とゲームをプレイし、バグ探しの日々を送り始める。
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ある日、休憩中に非常階段で一人菓子パンを食べていた真実は、
新作ゲームのキャラクターのイラストが描かれた資料を拾う。
それは製作部ディレクターの矢部遼太郎(三浦貴大)が担当する新作ゲームのキャラクター・デザインだった。
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遼太郎はこのキャラクターの修正に苦心している最中だった。
真実はイラストを遼太郎に返そうとするが、
引っ込み思案なあまり行動に移すことができなかった。
その翌日、遼太郎のパソコンに一通のメールが届く。
それは完璧に手直しされたキャラクターイラストだった。
しかしその送り主は謎。
その正体不明のデザイナーこそ、真実だった。
引きこもり生活を送る中で、
真実は好きな漫画やイラストを正確に模写することだけが楽しみだった。
その5年間で培われてきた腕前はプロ顔負けのもの。
やがてメールの送り主が真実だと知った遼太郎によって、
真実の能力は認められ、単調な日々が一転。
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初めて自分自身の存在を肯定された真実は、
気持ちを新たに真っ白なスケッチブックに向き合うのだったが……
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面白くて、心がホンワカとなる作品であった。
なによりもオリジナル作品というのが好い。
人気脚本家の尾崎将也には、
NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』(2012年)など、いくつものヒット作があるが、
なかでも私が好きだったのは、『結婚できない男』(2006年)だ。
才能はあるのに、女性や社会とのつきあいが下手な男の物語で、
阿部寛と夏川結衣の軽妙なやりとりが大好きだった。
『世界は今日から君のもの』は、その『結婚できない男』の女性版のような気がした。
尾崎将也の脚本には、このように異性や社会とのつきあいが上手くない人物がよく登場するが、なぜか?
それは、尾崎将也自身がそのような人物であるから……ということらしい。
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門脇さん主演で風変わりな女性の映画を作ろうとした時、どんな物語にするか考えました。真実は引きこもっていた。僕は引きこもりになったことはありませんが、「引きこもり系」の人間なので、かなり自分自身が投影されています。
と、尾崎将也監督が語るように、監督自身の体験がかなり反映されているようだ。
真実を演じた門脇麦も、
あれは監督、そのままです。「ひざは伸ばし気味で歩いてください」、「もう少し猫背で」とか、歩き方とか立ち方とか結構、細かい指示があり、言われたとおりやったら、自分の動きが尾崎さんになっていました(笑) 私、バレエをやっていたせいか、わりと肉体先行、体先行で役の感情は、何となくこんな感じかな……って、いつもなるんですけど、割とすぐ、サラッと、しっくりきましたね。(ひざを伸ばし気味で歩いたり、猫背なのは)尾崎さんの歩き方だし姿勢なんです。今回、監督はご自身を投影しているので、女版尾崎さんだと思ってやっていた。真実は尾崎さんの分身です。
と、尾崎監督の言葉を裏付ける。
だが、尾崎監督の分身である真実を演じるにあたり、譲れないこだわりもあったという。
暗い子にはしたくなくて。私、カテゴライズするのが大嫌い。「引きこもり」、「オタク」は、宣伝のために必要なワードだから使っていると思うんですけど、そこにしたくなくて。好きなものにいつも囲まれていて、自分の好きなものを大切にしていて、大切なものが何か分かっていて…それって、すごく幸せで、強いことだと思う。暗い女の子にしない、というのは、やりながらすごく気を付けていたところかも知れません。みんなが手を差し伸べるような子にしたかった。尾崎さんの(台本の)中で、完璧なリアリティー…自分自身があったと思いますね。
実際、門脇麦が演ずる真実は、
「暗い」とか「不幸」という感じはまったくなくて、
好きなことが明確にあり、それをやり続けているという、
「明るさ」や「強さ」も併せ持っている女の子という印象を受けた。
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尾崎監督が、門脇麦の個性的なオーラにひと目惚れして、
当て書きする形でオリジナル脚本を執筆したという本作。
台詞だけにとどまらず、動作、表情など、
門脇麦の魅力が最大限に引き出された作品になっている。
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それは、真実のファッションにも表れていて、
古着からチョイスされた衣裳は、とても魅力的だった。
さながら(尾崎監督が好きな)『アメリ』のオドレイ・トトゥを彷彿とさせるものであった。
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心配性の(真実の)父親・英輔を演じたマキタスポーツ。
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この配役が絶妙で、マキタスポーツの存在感がたまらなく好い。
「この父にしてこの子あり」と言えばいいのか、
娘とのやりとりも可笑しみがあり、ほんわかとした気分にさせられた。
普通、「ひきこもり」の娘と対峙するときには、シリアスな雰囲気になるものだが、
そんなことはまったくなくて、
どこか楽し気で、見ているこちら側も気楽に見ることができた。
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真実の母親・美佳を演じたYOU。
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『誰も知らない』(2004年)を引き合いに出すまでもなく、
育児放棄した母親や、
離婚して子供を手放した母親の役ばかりやっている印象があり、(笑)
本作でも、
離婚して、娘の真実とは離れて生活している母親役を好演している。
だが、冷徹な感じはまったくなく、
マキタスポーツと同様、ほんわかとして、どこか可笑しみがある。
だから、マキタスポーツとの元夫婦の会話が絶妙で、
このやりとりの場面を見るだけでも、なんだか得した気分になる。
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真実の才能を見抜くゲーム会社社員の矢部遼太郎を演じた三浦貴大。
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本作のような、ちょっとマイナーな作品によく出演しているが、(その心意気や良し)
年々、演技が上手くなっている印象がある。
彼が出演しているだけで、その作品を見たくなる。
三浦貴大と門脇麦が一緒にいるシーンを見ながら、
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〈門脇麦は、三浦貴大の母・山口百恵に(特に唇が)似ているな~〉
と思ったことであった。
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真実を居候させることになるスタイリストの安藤恵利香を演じた比留川游。
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人気モデルだそうだが、
オジサンの私は、この映画を見るまで彼女を知らなかった。
正直、演技はイマイチであったが、
ほんわかとしたキャラクターの出演者が多い中、
ちょっと異質なクールビューティな役柄で、本作のアクセントとなっていた。
TVドラマも映画も出演作はまだ少ないようなので、
これからに期待できる女優と感じた。
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撮影は福本淳。
『今度は愛妻家』(2009)、『うつくしいひと』(2016)などの行定勲監督作品や、
昨年公開され、記憶に新しい『ナラタージュ』(2017)、『火花』(2017)なども彼の撮影で、
他のカメラマンにはない美的センスがある。
本作でも、福本淳の美しい映像が楽しめるのが好い。
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主題歌は、藤原さくら。
フジテレビ系月9ドラマ『ラヴソング』でヒロインに抜擢されて注目を集めた彼女。
カントリー調メロディーと英語歌詞による楽曲「1995」が、
エンドロールを楽しいものにしてくれる。
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映画のラスト。
門脇麦は、白い服に身を包み、かすかな微笑を観客に見せる。
その笑顔から広がる世界を想像して、鑑賞者はしばし幸せな気分にさせられる。
ラストにヒロインの笑顔を大きく映し出す手法は、
アイドル映画でよく見られるもの。
尾崎将也監督にとって、門脇麦は、まさにアイドルだったのかもしれない。