GITANESは「夜汽車」の時代なら吸っても良かったんだろう。
それとは無関係に・・・。
「夜汽車に揺られて」という言い回しがある。
よく聞く言葉でもある。
冷静に考えると「夜汽車に揺られる」のは、非常に限定的な
状態なのに、それでもよく耳にする言葉だ。
夜じゃなくても汽車は揺れるだろうし、電車でも揺れる。
しかし、「朝電車に揺られて」という言い回しはしないし
決してそんな表現が根付くことはない。
最初にこの言葉を使ったのが誰だったのかは知らないが
それほど昔のことではないだろう。
少なくとも、「汽車」が発明されたとき以降の話だ。
蒸気機関車の発明は1800年ごろだったらしいから、
約200年以内ということか。
実生活で「夜汽車に揺られて」と口にしようとするなら
文字通り夜汽車に揺られる必要があるのだが、これから先そんな
可能性があるのだろうか と考えてみたのだが、
どうもこれは実現しなさそうな気がする。
最大の理由は近くに汽車が走っていない。
揺られたくても、どこで乗っていいかわからないのだ。
次に、「夜汽車に揺られ」ようと思ったら夜のうちに出発という
ことになる。
到着してもまだ夜だったら、そんな時間帯にどこでなんの用があるのだ?
ということだ。
また、到着時はもう朝になっているとしたら、眠くて何もできない気がする。
そもそも、夜汽車に揺られるということは目的地は国内だろうから、
一番早い飛行機で行けば、夜汽車に揺られながらやっと到着するような
距離に一足飛びでたどり着けるはずだ。
と、諸々を考えると「夜汽車に揺られる」のは、夜汽車に揺られるために夜汽車に乗った場合
である可能性が限りなく高い。
手段と目的が入れ替わってしまっている。
過去、一度だけ夜汽車に揺られたことがあったなあ と思い出したが
あれは電車だった。
でも、それなりに揺られた。
だからって何も感じないのは、そもそも鉄道になんの興味もないからだろう。
じゃあなんで夜汽車に揺られる問題 なんてことを書き始めたのかと問われると、
まったく自分でもわからない。
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