昨日は73回目の終戦の日でした。
靖国神社参拝をめぐっては、毎年中国や韓国の反発をかっています。にもかかわらず、首相や国会議員が参拝をやめないのは何故でしょう。
今回は、「靖国神社」について考えてみたいと思います。
安倍首相、靖国神社に玉串料奉納 自民党総裁の肩書で 8/15(水) 8:54配信
安倍晋三首相は終戦の日の15日午前、東京・九段の靖国神社に代理を通じて私費で玉串料を奉納した。代理を務めた柴山昌彦・自民党総裁特別補佐が奉納後に記者団に明かした。「自民党総裁 安倍晋三」の肩書で納めたという。 柴山氏によると、首相から「先人たちの御霊にしっかりとお参りして下さい。本日は参拝に行けずに申し訳ない」との話があったという。 首相は第2次安倍政権の発足から1年後の2013年の年末に靖国神社に参拝し、中韓両国との関係悪化を招いた。それ以降、参拝はしていない。毎年、終戦の日に玉串料を、春と秋の例大祭には供え物「真榊(まさかき)」を奉納している。 首相側近の衛藤晟一首相補佐官は15日午前に参拝した。 |
●靖国神社とは
靖国神社は明治2年(1869年)に創建された東京都千代田区九段北にある神社です。
しかしただの神社ではありません。
靖国神社は、新政府軍と旧幕府側との間で戦われた戊辰(ぼしん)戦争で戦死した軍人をまつるために創建された「東京招魂(しょうこん)社」が前身です。
明治12年(1879年)に「靖国神社」へと改称。「別格官幣(かんぺい)社」という特別の社格を与えられ、国家神道の中心的神社と位置づけられました。
靖国神社には、ペリー来航以来日本国内外の戦争など、国事に殉じた戦没者を英霊として祀られています。
つまり、明治維新政府の立場から見て、国のために殉じた人を全員祀っています。
よく中韓の反発から、第二次世界大戦の戦没者のみを祀っていると勘違いされがちですが、戊辰戦争も日清戦争も日露戦争もすべての国事に殉じた方が祀られています。
ですから、国のために殉じる危険に飛び込む軍人の方々が、「靖国で会おう」といって旅立ったわけです。
一般の神社とは異なり旧陸軍、海軍両省が管理する軍事的宗教施設でした。明治維新からアジア・太平洋戦争までの戦没者240万人余を祀っていますが、いずれも“天皇のため”にたたかって死んだ軍人・軍属だけです。
このため、西南戦争(1877年)で天皇に背いた“賊軍”の西郷隆盛や捕虜となって病死した兵士、原子爆弾や空襲の民間犠牲者、旧「満洲」など外地で死んだ一般国民などは祀られていません。
天皇制政府と軍部は、天皇への「忠義」を尽くして戦死し「靖国の英霊」になることを最大の美徳として宣伝。靖国神社を、侵略戦争に国民全体を動員するための精神的な支柱として持ち上げました。
ところが、敗戦によって、靖国神社も他の神社と同じく一宗教法人となりました。
●A級戦犯合祀
靖国神社でもう一つ捉えておきたいところが、昭和53年(1978年)のA級戦犯合祀です。
A級戦犯とは、日本の戦争犯罪について連合国がさばいた東京裁判で、平和に対する罪を犯したとされ裁かれた戦前の日本の指導部の方々のことです。
このA級戦犯※を合祀していたことが、朝日新聞の報道によって広く知れ渡り、靖国参拝をめぐって、戦前の行いを肯定するものだとして、国内での反発や周辺諸国からの反発を起こす原因とも指摘されています。
※極東国際軍事裁判(東京裁判)で戦争指導者として有罪判決を受けたのがA級戦犯。
●合祀されているA級(およびBC級)戦犯
靖国神社に合祀されているA級(およびBC級)戦犯は以下の14人である(松井石根はBC級戦争犯罪として訴追・判決されており厳密にはA級戦犯ではない)。
氏名 |
所属/階級 |
役職歴/地位 |
判決 |
刑死/病死 |
没年月日 |
没年齢 |
東條英機 |
陸軍大将 |
内閣総理大臣・陸軍大臣 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
64歳 |
広田弘毅 |
(外交官) |
内閣総理大臣・外務大臣・駐ソヴィエト大使 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
70歳 |
土肥原賢二 |
陸軍大将 |
奉天特務機関長 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
65歳 |
板垣征四郎 |
陸軍大将 |
支那派遣軍総参謀長 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
63歳 |
木村兵太郎 |
陸軍大将 |
ビルマ方面軍司令官 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
60歳 |
松井石根 |
陸軍大将 |
中支那方面軍司令官 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
70歳 |
武藤章 |
陸軍中将 |
陸軍省軍務局長 |
絞首刑 |
刑死 |
1948年12月23日 |
56歳 |
平沼騏一郎 |
(司法官) |
内閣総理大臣・枢密院議長 |
終身刑 |
刑期中に病死 |
1952年8月22日 |
84歳 |
白鳥敏夫 |
(外交官) |
駐イタリア大使 |
終身刑 |
刑期中に病死 |
1949年6月3日 |
61歳 |
小磯国昭 |
陸軍大将 |
内閣総理大臣・朝鮮総督 |
終身刑 |
刑期中に病死 |
1950年11月3日 |
70歳 |
梅津美治郎 |
陸軍大将 |
関東軍司令官・陸軍参謀総長 |
終身刑 |
刑期中に病死 |
1949年1月8日 |
67歳 |
東郷茂徳 |
(外交官) |
外務大臣・駐ドイツ/駐ソヴィエト大使 |
禁固20年 |
刑期中に病死 |
1950年7月23日 |
67歳 |
永野修身 |
元帥海軍大将 |
海軍大臣・海軍軍令部総長 |
― |
戦犯指定を受け起訴されたが 判決前に病死 |
1947年1月5日 |
66歳 |
松岡洋右 |
(外交官) |
外務大臣・南満洲鉄道総裁 |
― |
戦犯指定を受け起訴されたが 判決前に病死 |
1946年6月27日 |
66歳 |
●靖国神社参拝
靖国神社は1978年にA級戦犯14人を合祀した。その後も歴代首相による参拝が続くも問題とはならなかったが、中曽根康弘首相(当時)1985年に「公式参拝」を表明したことを契機に中国、韓国が反発し国際問題化した。
中曽根首相の参拝後、日本首相による靖国参拝は1996年の橋本龍太郎首相(当時)まで時間が開くが、この間に公式参拝という論点は抜け落ち、公的、私的を問わずに首相の参拝は国家の顕彰と同義だとして批判されるようになった。
●天皇の親拝停止
昭和天皇は、戦後は数年置きに計8度、靖国神社に親拝したが、1975年11月21日を最後に親拝が行われなくなり、今上天皇も親拝を行っていない。
この理由については、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感をもっていたことを理由とする主張と、1975年当時の三木武夫首相が同年の終戦の日の参拝の後、「総理としてではなく、個人として参拝した」と発言した事を理由とする主張とがあった。
昭和天皇が合祀に不快感をもっていたことを記録した「富田メモ」や、内容を裏付ける『卜部亮吾侍従日記』に基づき、松岡洋右と白鳥敏夫の合祀が天皇の親拝を妨げていたと考える説もある。
●問題点
①靖国神社は一宗教法人であり、国の慰霊施設ではない。
②一般戦没者のみでなくA級戦犯も合祀されている。
③政教分離の観点から、首相、国務大臣、国会議員の参拝は控えるべきである。
私費で玉串料を奉納するのなら、「自民党総裁」の肩書はいらないんじゃないの? と思うのは私だけでしょうか・・・。
安倍首相は自民党の改憲案を次の国会に提出すべきだとの考えを表明しました。
「もはや戦後ではない」と言われて久しいですが、政権は、国民の目と耳をふさぐ特定秘密保護法を制定した上で、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の変更を行いました。その上で、国民の口を閉ざす「共謀罪」法を新設しています。
改憲の動きは、その延長線上にあると考えざるを得ません。
「よもや、今は戦前である」とは思いたくありません。
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戦争を引き起こした人と、有無を言わさず駆り出された人は違います。
戦争で亡くなった方と死刑になった人も違います。
戦争を美化するような祀り方は嫌ですね。
それが当然のように参拝するのも嫌ですね。
靖国神社は一宗教法人なので誰を祀ろうが勝手ですが、戦争で亡くなった方の許可を得て祀っているのでしょうか?
したっけ。
私費と言いながら肩書をつけるのはおかしいです。
戦争に引きずり出されて祀られてもありがたくないですね^^
したっけ。
首相は一個人(私人)としてなら、肩書は要りませんね。
私費なら肩書き外すべきですよね。
先人を尊ぶのは良い事ですが、戦争を引きずったら良く無いですよね。
古人は戦争をしたくって靖国に祭られているわけではないと思います。
きっと日本の子孫たちの幸せと平和を願って眠っていると思います。
忘れちゃいけません。
戦争は悲惨です。
戦争ができない憲法を変える必要はありません^^
したっけ。
終戦の日が遥か昔の
ひとつの歴史になってしまってるような気がします。
そう思ってニュースを観てました。
改憲の動きに戦争をするという姿勢が感じられて怖くなります。
総裁(総理大臣)の三選は良くないです。
長くやると独裁国家のようになります。
そうしたいんでしょうが・・・^^
したっけ。
国家主義に向かっているように見えますね。
子どもを発見した78歳男性。
素晴らしいボランティア精神ですね。
いつでも出かけられるように準備しているそうです^^
したっけ。
いつもありがとうございます♪
いつになったら靖国神社がA級戦犯
を別に祀るかにかかっているでしょう
ね。
国民の口を閉ざす「共謀罪」法を新設
してしまい改憲の動きはその延長線上
にあるでしょうね。
都月さんがいわれる通リ「よもや今は戦前である」とは思いたくありませんね
安倍が何としても3選で通るために
人気がない地方議員を官邸で接待
して石破さんの公平は行政をパクリ
姑息な争点潰しをして歪んな行政を
外すためになりふり構わず恥を知れ
と言いたいです。
78歳のあのボランティアのおじさんは素晴らしいですね。