都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
都月満夫
そう遠くない未来。企業は景気悪化のため、人材を切り捨て、生き残りを求めた。
派遣社員を切り捨て、パート社員を切り捨て、契約社員を切り捨てた。
工場を閉鎖し、店舗を閉鎖し、企業には、仕事をしない男性社員だけが残った。
彼らは、上がってくる書類にハンコを押して、現場に苦情を言うことしか出来なかったのだ。今や、苦情を言う相手さえいない。
そうして、今まで、派遣社員、パート社員、契約社員たちのお陰で、自分たちが、高い給料をもらっていたことに気づいた。
残った男たちの、争いが始まった。あの有能だった社員たちを、呼び戻さなければ、企業は生き残っていけない。
各派に別れ、男たちの生き残り合戦が始まった。そして、三分の二が企業を去った。
残った男たちは、女性の派遣、女性のパート、女性の契約社員を、こぞって採用した。 女性のほうが賃金を抑えられるという、以前の概念そのままの、安易な発想であった。
女性たちの働きぶりは、以前にも増して、懸命であった。家計を守るために、必死であった。女性は男たちを乗り越え、企業のトップを目指すようになっていた。
もう少し遠い未来。女性たちが、企業を運営していることが当たり前になった。男性は昔の女性たちのように、お茶汲み、掃除、コピーなどをして勤務していた。
一定の年齢になると、嫌がられ、若い男性へとの入れ替えがはかられる。
「何々君、あなた彼女はいないの。もうそろそろ結婚したほうがいいわよ。」
「彼女も出来ない男なんて、使い物にならないわよ。」
などと、あからさまに言われる。
「彼女いないの?だったら、今夜私と付き合いなさいよ。」
デブで腋毛のはみ出した部長に誘われたりしたら、最悪である。
セクシャルハラスメントで、訴えを起こす男性が、激増した。通勤のモノレールでの痴漢行為も、被害者は男性になった。
しかし、女性がセクシャルハラスメントなんて…。あなたの妄想では…。
痴漢行為に対しても、ぴちぴちのパンツを穿いて、誘惑したんじゃないの。などと言われ、殆ど敗訴になる。
裁判長も裁判員も女性ばかりだ。
裁判員制度発足時は、育児は辞退の理由にならなかったが、現在は認められている。
それは、女性社会では、男性が育児を担当する。育児の大変さは、女性が十分理解している。男性が裁判員になるのも煩わしい。
世帯主は妻であり、男性は夫に過ぎない。
そして、父子家庭なる言葉が誕生し、福祉保護の対象となった。
男性は、料理、作法、家事、育児などを勉強するようになり、その種の教室は大盛況であった。いい婿殿になるために、必死であった。
数十年前の過去、女性たちは、働くことに喜びを見出した。男たちのいない社会で、思い通りに働ける喜びと言っていいだろう。
それから、さらに数十年後の未来。女性たちは、総ての分野において、トップを占め、女性社会が成立していた。
そして、当たり前のように必要となり「出産請負会社」なるものが誕生した。
働く女性たちには、妊娠している暇などない。妊娠を代行し、乳母を代行する会社である。当然この代理母、乳母はそれぞれの国家資格を持ったものに限られる。
これも、働く女性たちの、新しい仕事の一つである。
子供の欲しい夫婦は「出産請負会社」に出向き、代理母を選択する。一次は写真選択、二次は面接の順で選ばれる。話し合いで、両者の合意を得て、初めて契約は成立する。
選択の主導権は当然女性にある。女性たちの選択基準はまちまちである。
しかし、選択基準は必ず自分である。自分より容姿の優るもの、劣るもの。能力の優るもの、劣るものなどである。ほとんどの女性は、自分より少し劣る代理母を選択する。
これは、夫との接触が増えることへの、配慮だと思われる。
こうして、代理母を決定すると、産婦人科へ行く。体外受精された受精卵を代理母の子宮に定着させ、出産を待つことになる。
代理母は、既婚、未婚に関わらず、毎日依頼者の自宅に出勤し、夫に父となる心の準備などを実感させる。
出産を終えると、そのまま乳母として、乳離れまで、契約を継続するのが普通である。
中には、母乳の出が悪い代理母もいる。その場合は、乳離れを終えて尚母乳の出ている乳母に依頼することもある。
しかし、総ての女性が、代理母を利用する訳ではない。低所得者は、当然この長期契約の支払は出来ない。自分で産むか、産まないかの選択を迫られる。産む場合は、夫がパートに出て家計を支えることになる。
しかし、世の中、表があれば、裏もある。当然、潜りの業者が存在する。これは国家資格を持たない女性に、代理母をやらせ、潜りの医者に体外受精を依頼する。
子供が欲しいが、体外受精を依頼できない夫婦。妻は、潜りの代理母を選び、夫との直接性交により、受精させる場合もある。
この場合、性交には妻が立会い、生殖行為のみ行うのが、通例である。
本木雅子、三十五歳。夫涼一、三十八歳の夫婦がいる。彼らは妻の僅かな給料で、慎ましく、仲良く暮らしていた。
「ねえ、涼一。私、涼一の子供が欲しい。」
「欲しいって言ったって…。俺だってほしいけど、金はないよ。」
「裏の代理母を見つけたのよ。まだ、若いけど…。その子お金がなくて、安くても、引き受けてもいいって、言ってるのよ。」
「若いって、幾つだよ?」
「十八だって…。」
「そう、独身だって、言ってたわ。」
「医者はどうするんだよ。」
「いいのよ、私、あなたの子供が欲しいんだから、直接で…。」
「直接って…、雅子、見てるんだろ、そんな若い女と、俺がしてても大丈夫なのかよ?」
「いいわよ。」
「出来るかな…?緊張するな。」
「大丈夫よ。どうしても、出来ないんだったら、私、見てなくてもいいから…。」
二人の子作りが始まった。代理母としてやってきたのは、深田清子、十八歳。歳の割りに、大人びていて、可愛いグラマラスな女性であった。
最初の夜、清子の排卵日である。上半身は服を脱がない規則である。
自分の妻が見ている上、魅力的な女性であったため、涼一は緊張のあまり、挿入には、至らなかった。何日か、試みたが同じであった。
「分かったわ、私がいると、気が散るのね。私が残業の日、二人で頑張って…。同じ屋根の下で、二人がしているのは、辛いから。」
「私の帰りは、九時過ぎになるから、それまでに終わらせといてね。」
今朝、雅子は、そう言って出かけた。
午後六時に清子がやってきた。
「今夜、何時まで?」
清子が尋ねた。
「九時まで…。」
「そう、じゃあ、頑張ってね。お風呂かりるね。」
涼一は、六時前に風呂に入っていた。
「ねえ、涼一さん、奥さんに内緒で、上も脱ごうか。いつまでも、ここに通ってるのも、ヤバイしさ。そのほうが、いいんじゃない。」
「それはちょっと…。雅子にバレルと困るし…。」
「大丈夫よ。二人が黙っていれば、分かんないことなんだし…。」
「でも、それは違反だし…。」
「なに言ってんのよ。私に頼んだ時点で違反じゃない。大丈夫よ、前にもやってるし…。」
「じゃあ、そうして貰おうか。追加料金なんて言わないだろうな。」
「言わないわよ、私から申し出たんだから。」
十八歳の清子の肉体は素晴らしかった。私は子作りなど、すっかり忘れて、直ぐに果ててしまった。
「ダメじゃない。こんなんじゃ、妊娠しようがないわよ。頑張って…。」
私は再挑戦し、結局、三度も射精した。
八時半を過ぎたので、二人はベッドから離れた。シーツに赤い染みが残っていた。
「君…。」
「そう…。私、初めてだったの。」
「さっき、前にもやったって…。」
「だって、そうでも言わないと、本木さん、出来そうもなかったから…。」
九時を過ぎて、雅子が帰ってきた。
「奥様、お帰りなさい。今夜は、旦那様が、頑張ってくださいまして、何とかうまくいきました。シーツを汚してしまいましたが、お許し下さい。後は妊娠したかどうかですね。」
「あなた…、初めてだったの?」
「ハイ。気になさらないで下さい。どうなさいますか?妊娠を確実にするために、奥様が協力していただけるなら、何日か通いましょうか?」
雅子は、清子が処女だったことに、動揺していた。
「そうね…、そうね、あなたさえ良ければ、そうして貰うわ。又連絡するわ。」
二人は、その後何度か、妻のいない関係を持ち、涼一は清子に溺れた。清子は歓喜の声を上げ、涼一を興奮させた。
お陰で、清子は何とか妊娠した。
清子は妊娠後、週に一度、涼一の家を訪れた。正規の代理母の場合は、毎日訪れることになっているが、裏の代理母なので仕方がない。ひどい場合は、出産間近まで訪れないというから、まだ良心的なほうである。
おまけに、訪れるたびに、関係を持ってくれる。清子の膨らんでいく、お腹を労わりながら、行うセックスは、父親になる喜びに溢れていた。正規の代理母でなくて、良かったと涼一は思った。
やがて、二人は可愛い女の子を授かった。「真央」と名づけた。涼一は、父親としての喜びを、満喫する毎日であった。雅子は、乳母も引き続き、清子に依頼した。授乳期間は、赤ん坊は、四六時中乳母の下に預けられる。夜間の授乳があるので、そうなっている。しかし、日中は依頼者の自宅で過ごさなければならない。その間、乳母は授乳以外、行わない。オムツ替えや、その他の世話は両親の仕事である。
雅子の休みの日も、真央の世話は、涼一の仕事である。雅子は可愛い、可愛いと抱き上げたり、あやしたりしている。
清子の授乳の時は、母親は見てもいいが、父親は見てはいけないことになっている。
しかし、雅子のいない日は、いつも涼一の前で、清子は授乳している。
清子が胸をはだけて、大きく張って血管の浮いた乳房を出し、我が子に乳を与えている姿は、とても愛おしい。
涼一には、もう分からなくなっていた。自分の妻は誰なんだろう。今、清子の乳房を吸っている、幸せそうな我が子は、誰の子なんだろう。自分は雅子を愛していると言えるのだろうか。
涼一は、我が子が乳離れせずにいてくれたら…。清子と過ごす時間がこのまま続いてくれたら…。そう思い始めていた。
雅子は、仕事から帰ると、ご飯を食べて、お風呂に入って、メール新聞に目を通して、寝てしまう。たまに、涼一が求めると「疲れてるのよ。わかってるでしょ。」と取り付く島もない。
自分だって、毎日毎日、掃除、洗濯、育児。ご飯支度などで忙しく働いているのに…。
雅子とは、いつセックスしたかも、覚えていない。こんな状況で、清子に惹かれる自分は、間違っているのだろうか。あんなに、俺の子が欲しいといっていた、優しい雅子は何処へ行ったんだろう。
やっぱり、直接行為で子供を作ったのは、間違いだったのだろうか。
清子が、真央を見つめる眼差しは、優しい母親そのものに見える。しかも、真央の両親は、紛れもなく、涼一と清子だ。清子が真央を離さないと言い出したらどうしたらいいのだ…。不安と恐れと良心の呵責に耐えられるのだろうか。
何よりも、涼一は、清子を愛しているのではないのか。でも、雅子と離婚することは出来ない。清子とのことが、発覚したら、離婚されるのは、涼一のほうだ。そうなったら、真央はどうなるのだ。
涼一の中に、毎日毎日、不安と恐れが生まれ、増え続けている。
清子は毎日、真央を連れてくる。清子が真央を涼一に見せる仕草は、まるで妻のように優しい。
真央は日ごとに可愛らしさを増し、涼一を見ると笑ったり、手を差し出したりする。目をクルクル回して、涼一を探す。
清子が真央を抱きかかえる姿は、この子は私の子よ。そう主張しているように見える。
涼一さん、何とかして…。この子は、あなたと私の子供なのよ。そう言っているような気がする。
涼一が、清子を好きだと言った瞬間に、雅子との結婚生活は終わるだろう。そうなったら、どうやって、生活していけばいいのだ。
清子は口が裂けても、自分からは言える立場ではない。
時は無常に過ぎて行き、別れの日、乳離れの日がきた。清子は二人に、話を始めた。
それは、意外な内容だった。
「本木さん、これからもお世話になりますので宜しくお願いします。実は涼一さんとの受精行為の時に、暴行を受けました。上半身を無理やり脱がされ、行為に及んだのです。受精後も、不必要な行為を強要されました。授乳時も、彼はいつも見ていました。母乳を吸われたこともあります。これらは総て、ブルーディスクに録画してあります。月々僅かで結構です。ご援助下さるようお願いします。」
「君は処女だったんでは…。」
「そんなこと、信じてたの、馬鹿ね。」
深田清子は、仕事のない若い女性を雇い、依頼主を恐喝するグループ「窓女」(まどんな)の、女首領だったのだ。
小学三年生になった真央と涼一はテレビを見ながら、雅子の帰りを待っていた。
テレビでは、若くして、社長となった女性の特集を放送していた。
『出産請負会社「マドンナ」の美人社長、深田清子さん、どうぞお入り下さい。』
涼一はテレビを見て、愕然とした。
「パパ、あの人綺麗だね。真央のママも、あの人だったらよかったのに…。」
今日、税務署へ行って確定申告の申請をしてきました。
玄関を入ると「確定申告の方は2階です」の立て札。それに従って2階へあがると「確定申告の方はコチラです」の立て札。それにしたがって進むと「確定申告の受付はコチラです」入口に横幕。結構親切じゃん・・・
入口を入ると、50歳代の男性「何しに来ましたか?」。えっ、確定申告に決まってるじゃん・・・。案内どおりに着たんだから・・・。なんだよ。このオヤジ、バカか。
「確定申告に来ました。」
「あっちへ行って、パソコンで申告書の作成、してください。」
聞きもしないで、私をボケ親父扱い。
「パソコンで作成してきました。」
「医療費還付ですか。そうですか、じゃあパソコンで明細書の作成、してください。」
「作ってあります。」あくまで私をボケ親父扱い。
「ちょっと見せてください。あ~あ、随分丁寧に作ってありますね。」
エクセルで作成した明細書を見て、驚いた様子で私の顔を見る。
「申告書は・・・。」
「税務署のサイトで作ってきました。」
「それじゃ、ちょっと見せてもらいますね。ああ、ちゃんと出来てますね。」
またまた、驚いた様子で私の顔を見る。最後までで私をボケ親父扱い。
「封筒持って・・・、帰ってもいいですよ。」
最初から「いらっしゃいませ。」も無し。
会話にお客さんだという、感謝の気持ち無し。
最後は「帰ってもいいですよ。」だとさ。
バカヤロー「有難うございました。」て言うのが、フツーだろ。
お前たちが、生産活動も、販売活動もしないて給料もらってんのは、誰のおかげか考えろ。公務員ってのは公僕だろ。我々のしもべなんだよ。そんな気持ちのかけらさえないじゃないか。面倒臭そうな、ダラーとした物言い。
バカヤローバカヤローバカヤローバカヤローバカヤローだよ。
来年は、気持ちよく帰って来たいね。期待してるよ。
一部の不謹慎なコメント投稿者、トラックバックの貼り付けに対し、制限をするために、コメント投稿等を変更いたしました。真面目に投稿していただける皆様には、大変御迷惑をお掛けいたしますが、事情御賢察の上、お許しくださいますよう、お願い申しあげます。
2009年3月25日
都月満夫
投稿者各位
美容院や床屋でイメージと違う仕上がりになった時どうする?
ん~ん、又答えるのに困っちゃう質問だよ
そんなこと男だったら、ごもくそ言うなっちゅうの。
大体だな、髪型見本なんて置いてあるけど、髪型はイメージ通りなんだけど、顔がイメージどおりで無い場合が大半なんだよ。自分の顔見てから文句言えっちゅうの。
大体満足するまでやってたら、髪が無くなるってんだよ。
オレの場合は何十年も通ってる床屋だから、イメージも注文も無いんだよ
だから、不本意でもないし何も言わないだよ。文句を言うか、言わないかってことにすりゃ、文句言わないだな。
男だったら、そうなんじゃないの床屋と女房は変えないってのが男だよ
いちいち注文するのが、めんどくさいんだよサッパリすればなんだよ
あ~あ、今回もごもくそ屁理屈言ってゴメンな。
*昔書いたものに手を加えて掲載して見ました。童話と言うより、少年小説といったほうがいいかもしれません。現在、執筆中の応募用作品はちょっと行き詰まり状態なので、気分転換のつもりで、書き直しましたが、案外面白いかも・・・*
『草原の対決』
都月満夫
ヤツは確かにいる。今、太陽は雲間に隠れた。雲の影が草原を覆っている。この草原の何処かに、ヤツは身を潜めている。オレは必ずヤツを見つけだす。オレは背中に陽射しが当たるのを待ちながら、じっと草原全体に耳を凝らす。
今、雲に隠れていた太陽が、やっと顔を出した。オレの背中にも、陽射しがあたり、暑さを感じ始めた。幾筋もの光線が剣のように草原に突き刺さっていく。雑草の葉先を揺らしていた風も、今はほとんど停止した。
ヤツはきっと動き出す。突き刺さる太陽の光線に耐え切れなくなる。ヤツは必ず動き出す。それまでヤツにオレの存在を気付かれてはならない。
オレは身を低くして息を殺している。今は待つしかない。降りそそぐ真夏の太陽がオレの背中を焼いている。首筋から汗が流れる。汗が地面に落ちる音さえ、ヤツに気付かれてはならない。静かに手のひらで汗を拭う。オレは野球帽のつばを後ろへ回した。首筋にあたる日差しを少しは遮ることができる。
数分の時が流れた。遠くでヤツの気配がした。ヤツが動き出した。オレはヤツの気配がした方向へ二、三メートル移動した。ヤツとの距離はまだ遠い。しかも、幸運にもヤツはオレの風上にいる。この距離では、まだそれほど注意しなくても大丈夫だ。オレは立ち止まり、又ヤツの気配を待った。
これは持久戦だ。ヤツとオレとの我慢比べだ。短気を起こしてはならない。ヤツはまだ、オレの気配に、気付いてはいないはずだ。
又、ヤツの気配がした。オレは少し進路を右に修正して二、三メートル進んだ。まだ大丈夫だ。まだ、ヤツに気付かれる距離ではない。オレは確実にヤツに近づいている。又、ヤツが動いた。ヤツの行動間隔が確実に短くなっている。
これは、ヤツが草の茂みの奥から、少しずつ、陽のあたる場所に、移動していることを示している。陽のあたる場所に移動するごとに、ヤツの注意力は散漫になる。これは、ヤツの習性だ。ヤツにはどうすることもできない。事態は少しずつ、オレにとって有利に動き出した。
足の裏に汗が滲む。ゴムの短靴の中に汗が溜まってきた。しまった。靴の中に草をむしって敷いておくのを忘れた。裸足のオレにとって、靴の中汗が溜まり、足がすべるのだけは避けなくてはならない。わずかなミスで踏みしめている草が音を立てる。
ヤツはまだ小さな音にも敏感なはずだ。お尻に継ぎ当てのある半ズボンで、手のひらを拭う。半ズボンから露出している素足を草の葉がくすぐる。耐えなくてはならない。動いてはならない。ヤツがもう少し背丈の高い草の穂先に近づくまでは、決して動いてはならない。わずかな音にも気をつけなくてはならない。ヤツは鳴きながら、少しずつ登っているはずだ。
ヤツが鳴くたびに、オレは一歩前進する。ヤツは鳴いている瞬間は注意を怠る。このことをオレは経験で知っている。
ヤツがヨモギなどの背丈の高い草の天辺で鳴くのは、もちろん、メスを呼び寄せるためでもあるが、それ以上に縄張りを主張するためなのだ。肉食のヤツ等がその狩場を確保することは、生きていくためには非常に重要なことなのだ。
オレはもうヤツの二メートル手前まで接近していた。これからが大変なのだ。ヤツが鳴く瞬間に足を静かに持ち上げる。そのまま、ヤツが次に鳴くまで体勢を維持しなければならない。次に鳴いた時に静かに足を下ろす。
絶対に足を引きずってはならない。下草がどんな音を立てるか分からない。足は草の状態を確認しながら静かにそっと下ろさなくてはならない。足を持ち上げるタイミングはヤツが鳴く瞬間なのだが、ヤツの癖さえ知っていれば難しくはない。
ヤツはなく前にまず軽く翅を擦り合わせて、チョンと音を出す。それからギースと本気で翅を擦り合わせて鳴き始める。チョン…ギース。最初のチョンが合図となり、ギースのときに足を持ち上げる。ギースの長さはヤツの気分しだいだ。ギースと鳴いている間、ヤツは渾身の力を翅に集中している。その間だけ、ヤツの注意力は空白となる。
今、ヤツはオレの三十センチメートル先にいる。確かにいる。オレはヤツが鳴くたびに、目を耳にしてヤツを探す。目を見開いて音のするほうに眼球を少しずつ移動する。それは一ミリメートル単位の移動であったろう。目で音を聞いている感覚である。それが、ヤツを見つけ出す、極意である。
ヤツの名はキリギリス。私が小学三年生ぐらいまでは、市の郊外の草原にはたくさんいた。私は鉄南地区に住んでいたので、家の近所の原っぱでもキリギリスは鳴いていた。昭和三十年代の前半のことである。
当時の私たちの遊びといえば、缶けり、ビー玉、釘刺し、魚獲り、ザリガニ獲り、そして虫捕りであった。
その頃の緑ヶ丘公園一帯は動物園もなく、ボート池があるだけであった。湧き水が数ヶ所から湧き出ていて、池に流れ込んだり、小川となったりして流れていた。小魚を獲ったり、ザリガニを獲ったりするのには格好の場所であった。
勿論、樹木も今よりたくさんあって草も自然に生えていた。私はこの緑ヶ丘公園の、現在は動物園があるあたりを、キリギリス捕りの場所としていた。と云うより、子供たちの大切な遊び場であった。
小学校三、四年生頃の私は特にキリギリス捕りに関しては、子どもたちの間で、名人と言われていた。
家には父が作ってくれた、みかん箱に網を張った大きな虫カゴがあって、常に十数匹のキリギリスが入っていた。餌はキュウリとかナスをあたえる。だが、それだけでは共食いをするので、鰹節や煮干なども与えていた。ヤツらは肉食なのだ。
私は、たまたまメスを捕まえて、籠に入れておいたときだ。オスが生きたまま雌に食べられていた。メスはオスよりも獰猛で、肉食性が強いのだ。あの、オスの顔はいまでも、忘れない。それから私は、メスを発見しても捕らえたことは無い。
虫とはいえ、その十数匹の糞はかなりの臭気を漂わせ、母は閉口していた。それでも母は私に、もうキリギリスを捕ってくるなとは言わなかった。
ただキリギリスに関して母が私に言ったことは、キリギリスを捕りに行くときに、弟を連れて行けということだった。
しかし、私は何度母に言われようともキリギリスを捕りに行く時だけは、弟に見つからないようにこっそりと出かけた。弟に限らず、キリギリス捕りだけは、友達とも行かずに、いつも一人であった。
その理由は、彼らにはキリギリスと対決するだけの根気と集中力がないということである。彼らはキリギリスの姿を見つけるどころか、草原を走り回り、キリギリスの鳴き声を消して歩く妨害者でしかない。彼らにはキリギリスと対決する資格はない。
今、ヤツはオレの三十センチメートル先で鳴いている。オレはまだヤツの姿を捉えてはいない。オレは草原の中で風となり、茂みの中を凝視する。呼吸は風に合わせて静かに鼻からはきだす。オレの息は風に同化しヤツに気づかれることはない。もう瞬きさえできない。ヤツが瞬きの音でさえも、聞き取れる距離に、私がいるはずだから。
ヤツの姿を発見する瞬間は、漠然とした図柄の中から画像が浮き出て見える3Dアートのようである。緑色の草の中に突然ヤツの姿が大きく浮き上がって見える。まるで望遠写真のようにヤツの姿にだけピントが合い、周囲の草はピンボケ状態となる。
今、その瞬間が訪れた。オレの目の中にヤツの姿が大きく映し出された。西洋の鎧兜のようなヤツの顔がはっきりと見える。しかし、まだヤツの複眼にオレの姿は映っていないはずだ。ヤツは長い左右の触角を鞭のように、忙しく動かしながら、上を目指している。
キリギリスを捕らえるにはいくつかの方法がある。
一つは、網を使って捕獲する方法であるが、これは捕獲するのが不可能に近く最初から論外である。キリギリスを知らない親たちが、まっ白な補虫網を与える。そして、麦藁帽子だ。白い補虫網に白い開襟シャツ。そして、麦藁帽子継ぎ宛の無い半ズボン。親の自己満足の世界だ。
二つ目の方法は、両手のひらを静かにキリギリスのほうに差し出し、そのまま挟み込んでしまうやり方である。
しかし、この方法には三つの欠点がある。
一つ目の欠点は、キリギリスに気づかれずに両手を差し出すのが非常に難しいということである。たいていの場合、キリギリスのところまで手が届く前に、気づかれてしまう。
そして二つ目の欠点は、上手くキリギリスのところまで手が届いたとしてもキリギリスを挟み込む時に、両手のひらの狭い空洞にきっちりとキリギリスの身体を捕らえるのは難しいということである。もし、捕らえたとしても、キリギリスの長い脚を折ったりして傷つけることが多い。
さらに三つ目の欠点は、捕らえたときにキリギリスの、鎌のような両顎に噛みつかれ、時には出血するほどの傷を負うことである。
そしてさらに付け加えるなら、この方法は子どもにとっては手が小さくてとても確率が少ないということである。大人はこの方法を用いるのが大半だ。
それでも、ほとんどの子供たちが、論外な、補虫網を使う方法であり、両手で挟み込む方法でキリギリス捕獲に挑戦する。だから彼らはなかなかキリギリスを捕らえることはできない。
もっと論外なのは私の父親だ。必ず、ねぎを持って行けと言う。キリギリスはねぎが大好きだから、ねぎに集まると言うのだ。話にもならない。
オレにとってヤツの姿を捉えたということは、ヤツを捕らえたに等しいことである。ヤツ等の習性さえ知っていれば実に簡単なことである。オレは、ヤツのいる真下の草の状況をしっかりと把握する。そして、目でヤツの姿を捉えたまま、あえて、かすかな音を立てる。この音はあくまでも、かすかな音でなければならない。あまり大きな音の場合、ヤツは驚いて大きく飛び跳ね、草の中に姿を眩ましてしまう。
オレは右足の先をわずかに動かして、小さな音を立てた。ヤツはその小さな音を感じ取り、ポトリと真下に落ちた。ヤツは警戒しているので、次の気配に対して身構えて、すぐには動かない。
オレは下に落ちたヤツの姿を確認して、右手で下草を払うようにして、ヤツに被せて倒れこんだ。捕らえた。ヤツはもう、この草の下から逃れることはできない。
オレは草の葉を一本一本取り除きながら、ヤツの姿を探していく。草の葉の下にヤツの姿が見えた。オレは慎重に葉を除け、ヤツの首筋を掴んだ。ここを掴まないと、ヤツに噛みつかれる。ヤツの身体は以外に柔らかく、身体をくねらせて、思わぬ抵抗にあい傷を負うことになる。
ヤツは草の茎に噛みつき、オレに捕らえられることを必死に拒否している。ここで強引に引っ張ると、ヤツの首がむしれてしまう。ヤツが噛みついている草をむしって、そのまま虫カゴに放り込む。
一匹捕らえると、二匹目以降は案外簡単に捕らえることができる。陽当たりのいい場所に移動して、キリギリスの入った虫カゴを置いておく。カゴの中のキリギリスは陽に照らされて、堪らずに鳴き始める。すると、その付近にいるキリギリスが、釣られて鳴き始める。鳴き始めないということは、その付近にはキリギリスがいないということだ。その場合は場所を移動すればいいのだ。
この習性を、鳴き返しということを、私は大人になってから知った。縄張りを侵略されたキリギリスが自分の縄張りを主張するため鳴くのである。カゴの中のキリギリスは移動することができないので、鳴き続けるしかない。
オレは陽が落ちて、ヤツ等が草の茂みの中に身を隠すまで、ヤツ等との対決を楽しみ、夕陽の中を家路に着いた。
母は、今日も、弟を連れて行かなかったことを叱った。
「お兄ちゃん!明日は、弟を連れて行くんだよ。」
そう、笑いながら、大きな声で言う。弟に聞こえるように…。
母は、日に焼けて真っ赤な顔で、虫籠を見せるオレに「随分捕れたね。」と小さな声で褒めてくれた。
母は虫が大嫌いなはずなのに…。
*後述**********
大人たちが子どもたちのためにと、おびひろ動物園は昭和三十八年に開園された。動物園は、大人が子どもと遊ぶ場所で、子どもたちが遊ぶ場所ではない。オレたちの遊び場と学習の場は失われた。そして今は、大人も子供も行かない場所となった。
*解説**********
?キリギリス
キリギリスは褐色で大きさは三十八から五十七ミリメートルの昆虫であるが、これは北海道には生息していない。
我々がキリギリスと呼んでいる昆虫の正式な名称は「ハネナガキリギリス」という。全体が緑色で翅の一部が褐色になっている。
草の中にいると、発見するのが非常に難しい。又、翅が体長より長いためこの名前が付いた。体長はキリギリスより小さくて三十五ミリメートルほどである。
草の葉等も食べるが、成虫になるに従い肉食になる。昆虫などを食べるので口には左右に鎌のような鋭い歯があり、噛まれると出血することもある。
?擬死
キリギリスは小さな音を感じ取り、ポトリと真下に落ちて茂みに潜ろうとする。これを擬死と云う。
?ゴム短靴
ゴム長靴をくるぶしの辺りで切ったようなもの。内側に布は貼っていない。ゴムだけの靴。これをゴム短と云い、長靴はゴム長と云っていた。
あなたはジュースに入っている細かい氷食べますか?
なんでぇなんでぇ、そりゃあジュースを飲んだ後に残った氷ってことかい?それとも、ジュースを飲みながらってことかい?オレはねえ、そーゆー細かいことが、いちいち気になるんだよ。前にも言ったろう、ハッキリ聞いてくれって。
あ、文句言ってる間に考えたら、ファーストフード店なんて滅多に行かないな。大体、基本的にコーヒーだしな。
でも、ジュース飲んだことだってあったよ。なまら喉渇いたとき。でもな、飲んでるときに、口に入ってきたヤツは出すわけにはいかねぇから食っちまうよ。ああオレ、ストローなんて使わないから、一気に飲んで終わりだな。残った氷なんて味も何にも無いから、食わねぇよ。
あったりめぇだろ、オレはジュース頼んだんで、氷頼んだわけじゃねぇんだ。
って訳で、食わねぇだ
ほらまた、屁理屈並べちまった・・・
今、新聞に応募する原稿を執筆中です。
書き始めて、原稿用紙四枚目くらいから、登場人物が、私の思惑と違うほうへと、話しを導き始めました。いつもは、自分の描いている結末にたどり着かないと気がすまない私なのです。しかし、今回は彼らに任せることにしました。
いつも、選者の先生たちに「都月さんは、話しの作り手としては、安定した力を発揮しているのだが、結末にこだわるために、話しの展開に無理が生じてしまう。」と言われていたからです。
彼らに任せて、キーボードを叩いていたら、私の思い描いていたものとは、かなり異なるものとなりました。それでも、一応ストーリーは完成しました。ただこれからが大変です。応募規定より原稿用紙四枚ほどオーバーしているのです。そしてまだ書き足りない部分もあって、どこを削って、どう言葉を置き換えて、どうやって書き加えるか。
書き加えるのは簡単ですが、削る作業はそう簡単にはいきません。先ず、長い文章を一言で表す言葉を探さなくてはなりません。それが無い場合は文章を短くしたり、前後を入れ替えたり、毎日毎日、原稿を短くしていきます。気の遠くなるような作業です。
行き詰ったときは、皆さんのブログをのぞいたり、余計なコメントを書いたりして、気分転換をしています。どうぞお許し下さい。
まだまだ、頑張ります。
写真を写すとき、自然体か、きめポーズかの問いかけに、自然体が71%ってありえないでしょう。
私は決めポーズが100%になると思って居ました。
何故って「写真とりますよ~。」と言われたら、のほうを向きますよね。その後は、どんな顔をしようが、どんなポーズをしようがすべて、決めポーズですよ。
「自然体です。」といっている人は、それが一番よく写ると思っているから、そうする訳で・・・。それだってやっぱり“自然体”と云う決めポーズですよ。
ちなみに「ポーズ」とは辞書によると「停止、休止、姿勢。特に、絵画・彫刻のモデルなどのとる姿勢。」とあります。写真だって同じです。動作を一時停止してカメラに向かうのですから・・・。どう写ろうかと考えて、自然体と本人が思っているポーズをとるのですから・・・。
自然体といえるのは、知らずに写されてしまった写真だけですよ。
だから、この回答はすべて決めポーズにならなくてはおかしいのです。
これって、屁理屈でしょうか
あなたは写真を撮られるとき、どのようにして写りますか?あん・・・なんだって?
またまた中途半端な聞き方だなぁ。どうも、このトラ場ってヤツの聞き方は不明瞭でいけねぇ。
写真を取られるときの、写される側の心構えを聞いてんのか、写っちまた結果を聞いてんのか、どっちなんでぇ。
写される側の心構えだとしたら、「写しますよ~。」って言われて、へら~っと自然体でいたら、そいつは頭おかしいんじゃないの。普通は出来るだけいい男に写ろうとするんじゃないの?そうだろ、それが当たり前ぇだよ。
撮られるって知らないで写されたら、そりゃ~おめぇ自然体だよ。
写された結果聞きてぇんだったら、写真を見たヤツに聞いてくれ。もう写されちまったんだから、こっちの知ったこっちゃねぇてんだ。
だからよ~、どっちだか分かんねぇけど・・・。とりあえず、こっちだ。
この次はもっと分かりやすく聞いてくれってんだ。頼むよ