水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

煮込みソースカツ丼

2011年11月14日 | 日々のあれこれ

 「カツ丼ってどんな食べ物?」と問われたならば、「トンカツを甘辛のたれで煮込んで卵でとじてご飯にのせた丼」と多くの人は答えるだろう。
 でもそんな質問を受けることは実際にはないかな。
「これはペンですか?」「いいえ本です」という会話が現実にはなさそうなのと同じくらい。
 しかし、カツ丼と言われたとき、この普通の卵でとじたタイプ(a系)ではないカツ丼(b系)を第一に頭に思い描く人々もいる。
 福井のソースカツ丼は揚げたてのカツをソース(ウスターソースに近い)にひたし、それをご飯にのせる。はじめて食べる人はかならず一回むせる。
 新潟のたれカツ丼はたれの味がより和風になるが、仕事内容は福井と同じ。
 群馬や長野のソースカツ丼は、カツをトンカツソースにひたして、キャベツをしいたご飯にのせる。
 名古屋のみそかつ丼はみそかつをご飯の上にのせる。
 岡山のデミカツ丼はカツにデミグラスソースをかける。
 これらに共通するのは、カツを煮ない点にある。
 大きく分けて、カツ丼はカツを煮るタイプ(a系)とそれ以外(b系)の2種類と見ることができる。
 新潟たれカツ丼は、たれが醤油ベースだからa系と見る人がいるかもしれないが、誤りである。
 その分布状況、認知の度合い、そして消費量を全国的にみた場合、全国におけるb系の消費量を総計しても、a系のそれにははるかに及ばないだろう。
 それでも、いやそれだからこそ、b系地域に育った人は、それへの思い入れは強い。
 実際問題、多くの福井県民にしても内心は卵カツ丼派なのに、何となく流れで「カツ丼て言うたらぁ、ソースカツ丼のことやわ」と言ってしまう人が多いのだ。
 さらに問題を掘り下げたとき、たとえば長野県でソースカツ丼といえば駒ヶ根の明治亭が有名ではあるが、他にもいろいろ美味しい店はあるようだ。
 しかし、福井の場合には「ヨーロッパ軒」のそれをソースカツ丼とよび、それ以外はまがいものとして認めないという意見もある。
 先日、幸福度日本一は福井県という本当に信じていいのかどうか、そして幸福度の高い県には原発が軒並み多いという不思議な調査結果があったが、カツ丼に対する狭量な県民性となんらかの相関を指摘することもできるかもしれないのだが、今はそれについては述べない。
 a系カツ丼とb系カツ丼とは、このように対立する概念であることはおさえておきたい、
 ところが、この事実に敢然と立ち向かうお店に出会った。
 埼玉の優良企業、山田うどんさんだ。
 新メニューの開発に最もアグレッシブな姿勢をもつことは重々承知していたが、まさかここに切り込んでくるとは思わなかった。
 想像してみてください。今月の新メニューに「煮込みソースカツ丼」という文字を見つけたときの私を。
  私は彼の魔法棒のために一度に化石されたようなものです
 富士そばにカレーカツ丼というメニューがある。
 これがカツカレー丼ならイメージしやすいだろう。
 GOGOカレー品川店では、カツカレーを皿ではなく丼で提供し、それをカツカレー丼と名付けていることからも明白だ。
 それがカレーカツ丼と名前をひっくりかえしただけで、富士そばさんに行かない人は「いったいどんな食べ物?」と不思議に思うだろう。
 これは普通のa系カツ丼に、さらにカレーをかけたものだ。
 それ一食で一日に必要な総カロリー量を越えるのは言うまでもなく、また人間の複数の欲望をここまで同時にかなえようとしてバチが当たらないのかとの思いを抱かざるを得ないものでもある。 
 ずいぶん前に一度食べた記憶を思い起こすと、決してまずくはないが、やりすぎだったかな。
 カツ丼、カツカレーともに、その時点ですでに二つの欲望をかなえていて、しかも完成形なのだから、これをさらに組み合わせるのは、ちょっと冒涜っぽい。そのやましさが純粋に味わうことを妨げたかもしれない。
 「煮込みソースカツ丼」にも、同じ危うさはあった。
 本当にソースで煮込んであった。そして卵でとじてある。不思議な感覚。
 いったい今自分はどこにいるのか、どの県にいて何をしているのか、何をしようとしているのか。
 自己存在そのものへの懐疑と、かすかにわきおこる郷愁の念。
 神よ、このまま私は食べ続けていていいのですか。
 このような形で自分を納得させてもいいのですか。
 けっして不味いとは思わなかった。
 しかし正直いって裏は返さないなと思った。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする