水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

勉強の超基本システム(1)

2015年04月20日 | 学年だよりなど

 

    学年だより「勉強の超基本システム(1)」

 

 高校レベルの勉強ができるできないの差は、頭の良い悪いではなく、情報処理能力の差である。
 情報を処理するための基本的な道具を用意し、技術を身につけることで、情報処理能力は身についていく。
 「自分は理解が遅い」「能力が足りない」と口にする人はいるが、そのほとんどは、勉強のやり方を知らないだけか、純粋に勉強をしたことがない人だ。
 つまり、情報を処理する仕方を身につけていないか、経験がないかということである。
 この先勉強ができるようになるかどうかは、教室に行けばすぐにわかる。
 チャイムとともに勉強の準備ができているかどうか、ノートが開いてあるかどうか、シャープペンを手にしているかどうか。その様子から予想を立てれば、まずはずれることはない。
 では勉強ができるようになりたかったら、どうすればいいか。
 一日数時間猛勉強することではないし、自分の頭を根本的によくしようとすることではない。
 ハードとしての「脳」は変わらないのだ。しかし、そのスペックの何十分の一しか、われわれは使えていない。「脳」という奇跡的な所有物をありがたく使っていこうではないか。

1 ノート・教科書・副教材に日付を書く
 何にでも日付を書く。たとえば数学の問題を解いたら、解いたページ、もしくは解いた問題番号の傍に日付を書く。英語のテキストを読んだ時は、読んだ日付を書いておく。
 この記入によって、どこをやってあるのかやってないのか、どれくらい繰り返したか、または繰り返しが浅いのかをチェックができる。人間の記憶は、時間の流れで整理される。

2 「できたチェック」「できなかったチェック」をする
 「できない」・「わからない」を、「わかる」・「できる」に変えていくのが勉強だから、どこが「できない」・「わからない」のかを明らかにするのが、勉強の第一歩である。
 例題や練習問題を解いて、解けた問題には「できたチェック」をする。できなかった問題は「できなかったチェック」をする。そして「できなかったチェック」のついた問題の理解と練習に全力を投入する。

3 暗記は繰り返しあるのみ
 人間の脳には、「短期記憶」のコーナーと「長期記憶」の棚とがある。
 インプットされた情報は、いったん「短期記憶」のコーナーに置かれる。そこに置かれた情報に繰り返しアクセスしていると、脳がこの情報は大切なんだなと判断し、簡単にはなくならないように「長期記憶」の棚にしまわれる。
 短期お預かりコーナーに置かれた情報は、一日以内に再アクセスがない場合、半分以上が消されてしまう。インプットした情報に、できるだけ短期間に繰り返しアクセスするのが暗記だ。

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「水の東西」の授業 4逆説

2015年04月20日 | 国語のお勉強(評論)


  「鹿おどし」 … 〈流れるもの〉を感じさせる。
              ↓
   〈それ〉をせき止め、刻むことで
       ↓
   かえって〈流れてやまないもの〉の存在を強調している


Q10「せき止め、刻むこと」で「強調」することができるのはなぜか。60字以内で述べよ。
A10 普段は人の意識に上りにくい水や時の流れを、あえてせき止め刻むことで、人は流れの存在をはっきりと意識するようになるから。

Q11 このような表現を何というか。
A11 逆説


 逆説(パラドックス) … 一見矛盾し、逆ではないかと思わせ、実は真理に気づき納得させる表現
    
   ※ ギリシア語 para(超えた・反した)+doxa(考え・通念)


〈急がばまわれ〉ということわざは、もともと

  武士(もののふ)のやばせの舟は早くとも急がば廻れ瀬田の長橋

 という歌からきています。東海道を(京へ)上り、滋賀県の草津宿から大津宿へ向かいます。矢橋という港から渡し船に乗り琵琶湖を横切るのが早いのですが、比叡山からの吹き下ろしで危険な船旅でもありました。危険を伴い、また欠航も多かった船よりも、少し南下して瀬田大橋を徒歩で渡る方が、結局は早くなるという教えです。


 急ぐ(a) → 矢橋(やばせ)の渡し(a) … 「実は」危険(-)
                  → 「あえて」(b)瀬田の唐橋 … 「かえって」早い(+)


 「aは-をともなうので、あえてbを」という部分が省略されているので、見た目は逆(para)の説(doxa)を唱えているように見えます。
 だから、逆説的な表現の部分を説明しなさいという問題は、この省略された論理の飛躍部分を埋めればいいのです。

 流れを感じさせたい(a) → 流す … 「実は」気づかないままになる(-)
           → 「あえて」せき止める →「かえって」流れを感じさせられる(+)


  逆説(a → b)の説明 … 論理の飛躍部分を埋める
 
     a … 「実は」- → 「あえて」b …「かえって」+  ということ


 「aならばb」は筆者の主張です。通常は「aならばa」です。
 aという一般論に対して、bを主張をしています。
 特殊な表現方法を用いて筆者の主張を述べている部分ですから、試験では必ず問われます。 

 まずは、bの逆を考えるといいでしょう。
 「流れるもの」を感じさせたいとき、「せき止め」なかったらどうなるか。かえって無意識なのではないか、というように。
 少し飛躍しますが、先の東日本大震災では、たくさんの命が奪われました。想像も予想もしていない出来事でした。「命は大切」「今日を大切にしよう」という言葉はあふれていますが、日常の暮らしのなかではそれほど意識せずに生きているのが私達の実情でしょう。
 しかし、理不尽にも多くの命が奪われていく現実を目の前にしたとき初めて、命の有限性を意識せざるをえなかったはずです。
 「あたりまえにある」ものが「あたりまえでない」という想定をしてみることは、大事な思考法だと思います。


         一般論     主張
  a→【 →a ←→ b 】→ b … かえって+
      実は-   あえて
 
   ☆ 逆説説明 … 見えていない【 】部分を埋める
   ☆ 逆説表現 … 筆者の主張が強く表れた部分

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