水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

11月19日

2011年11月19日 | 日々のあれこれ

 3学年だより№27(海を見に行く自由2)
 
 渡辺校長先生がこの文章を書かれたのは震災の直後だった。
 何万人もの被災者が避難所暮らしを続けていた。
 家族も家も職場も失った人がたくさんいた。
 食べるものがない、暖をとれない、家族の安否がわからない、これからどうなっていくかわからない。
 自分を束縛するものは何もないのに、何をすることもできないのだ。
 そういうとき、自由とは何かと聞かれたなら、まず水であり、毛布であり、おにぎりであり、燃料だと答えるだろう。
 「海を見てきたよ」と声をかけたくても、かけがえのない人がそこにいない「自由」。
 二度と会うことのなくなったかけがえのない人に、もう一度自由を与えてあげられるなら、自分の自由なんて生涯1%もいらないという思いにうちひしがれた人がどれだけいたことか。
 それを思えば、「ひとりで海見てきたよ」と言う相手がいないのではなく、言いづらいという状況に生きていることは、ものすごくぜいたくな状態だ。
 時間が自由になるかどうかなんて、ほんとにささいなことではないか。
 時間に束縛されない自由とは、寝食の心配がなく、生命の維持に気を遣わなくてもいい人にもたらされる貴族的な自由だ。
 そんな程度の自由をあがめ奉る精神は、不自由とさえ言える。
 自由な時間は何ごとかをなすために使われてはじめて、自由であることの価値をもつ。
 一見不自由とも見える時間も、誰かの自由を支えるために使われているなら不自由ではない。
 時間的、物理的、身体的に不自由であっても、精神が自由であることはありうる。
 ただたんに好きなことをして、享楽的にすごす時間なら、それは自由とは言いにくい。
 自由であることと、自分で好きにできる時間があることとは同じではないのだ。
 川越東高校を卒業するみなさんにはあえて言いたい。
 大学に入ったからといって、「海を見に行ける程度の自由を喜んでんじゃねえよ」と。
 渡辺先生はおっしゃる。


 ~ 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。 ~


 立教新座高校の生徒さんはこの言葉で巣立っていった。
 川東をまもなく去るみなさんには、こう言っておきたい。
「自分を直視するな。自分を探すために海など行かなくていい。
 問わねば気づけないほどの夢なら、もともとなかったのだ。
 学生という役柄に甘えてまだ何も生み出していない自分をこそ直視せよ。
 何事かをなそうと思っても、それをなす知恵も技も人脈も地位もお金もないことが不自由なのだ。
 一刻も早くそれを手に入れるために、海に行く間も惜しんで学べ。
 与えられた自由ではなく獲得する自由を求めよ」(今日かっこよすぎる?)

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11月18日

2011年11月18日 | 日々のあれこれ

 3学年だより№26(海を見に行く自由)
 

 ~  池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
 「今日ひとりで海を見てきたよ。」
 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。(渡辺憲司「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ」) ~


 なるほど社会人には自由がないなあ、学生さんはいいなあと当初思った。
 これから大学生になるみんなを心からうらやましく思うとともに、今の自分にはどの程度の自由があるのかを考えてみた。
 学生時代と今とでは、どちらが自由か。
 学生時代は夕方まで寝ていることも可能だった(かなり実行もしていた)。
 脳裏に波の音が聞こえているわけでもないのに、海に行ってしまったこともある。
 自由といえば自由であった。
 ただし、その自由とは、強く求めたすえに手に入れた類のものではないせいか、よく言えば自由の享受、はたから見ればたんに惰性で過ごしているだけの学生にすぎなかった。
 大学生になったばかりのとき、実家を離れた開放感にめくるめく喜びを感じたのもつかのま、その後はただのんべんだらりと過ごす怠惰な学生であり、その自覚もあった。
 それに比べて今はどうか。
 仕事はしている。とくに今はけっこう働いてると思う。
 では社会人としての今の自分に、渡辺先生がおっしゃるように、海に行く自由はないだろうか。
 ひょっとしたら、そんなことはないかもしれない。
 休暇の許可をもらって、授業の振り替えをして、電車に乗れば海に行ける。
 お金はあるから、どうせなら故郷の冬の暗い日本海を見に行きたい。
 日帰りすれば家族にはバレないし、悲しいかな学校業務には何の支障もない。
 実際には行かないけど、どうしても行きたい時には行けるから、別に不自由ではないのだ。
 そう考えると、「脳裏に波の音が聞こえた時」「途中下車して海に行ける」ことが、そこまでありがたがるほどの自由とは思えなくなってくる。
 この程度の自由をありがたがるのは、尾崎豊が「卒業」で歌うレベルの自由とそう変わらないのではないか。
 それが自由だというなら、ニートになって、家族もつくらず一人で世を渡っていくのが一番の自由ということになりはしまいか。
 「今日ひとりで海を見てきたよ」と妻や子供の前で言えないかな。
 かりに勝手に海に行ってしまい、家族から「どこ行ってたの?」と問いつめられたり、職場で「勝手に休んでじゃねえよ」と叱られたりするのは、実は「不自由」にはあたらないのではないかと思える。

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11月17日

2011年11月17日 | 日々のあれこれ

3学年だより№25(何のため6)

 時間の束縛から逃れられた自分を想像することは楽しい。
 何時までにこれをやらなくてはいけない、何日までにこの仕事を仕上げなければならない、1月15日にはセンター試験がきてしまう … 。
 こういうものの一切から自由になれたなら、どんなに楽か。
 大学とは、人生の中で唯一、時間の束縛から自分を解放できる期間だと渡辺先生は述べられる。


 ~ 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
  … 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。 ~


 時間の束縛から解放されたら、何をすべきなのか。
  もちろん、自由だから何をやってもいい、時間を空費していいという意味ではない。


 ~ 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。 ~


 自分の時間を自分のものにするのだ。
 つきあいとか、しかたなしとか、やむにやまれずとか、そんな形容句を付してやることを廃して、本当に自分のやりたいことを見つけよという意味だ(と思う)。
 自分とは何か、自分とはどういう人間か、その現実から逃げてはいけない。
 そうやって自分を直視できる貴重な期間が大学生活だ。
 そうして真の自分をつくり、人生の大海に漕ぎ出していってほしい。
「巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ」
 震災後まもなく発表されたこのメッセージは、多くの人に感動をもって受け入れられた。
 直接受け取った立教新座高校の卒業生のみなさんは、ひとしおだっただろう。
 まもなく卒業を迎えるみなさんも、ぜひこのメッセージを自分なりに考えてみてほしい。
 さらに、と思う。川越東を卒業するみんなには、さらに別種のことを望みたいとも思う。
 それはやはり大学は学ぶためにあると考えるからだ。
 「海に行く自由」なんて今もあるけど … と思う人もいるような気がするから。

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11月16日

2011年11月16日 | 日々のあれこれ

3学年だより№24(何のため6)

 「時に海を見よ」 … 立教新座高校の渡辺憲司校長先生が、震災で卒業式を行いなかった卒業生に送ったメッセージがある。
 雑誌に紹介されたり、ネット上で話題になったりし、後に先生のその他のお言葉もあつめた本が出版されたので、知っている人もいるだろう。
 渡辺校長は「大学に行く意味」についてこう語り出す。


 ~ 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ 
 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。 ~


 何のために大学に行くのか。
 「大学でしっかり勉強して、世のため人のためになる人間になってほしい」ということを先日ここには書いた。
 渡辺先生は、「大学に行くのは学ぶため」と目的に疑問を呈していらっしゃる。


 ~  大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。 ~


 学ぶのは一生必要で、大学だけでやるべきことではないとおっしゃる。
 また「友人を得るために」行くという者に対しては、「大学で得る友人がすぐれたものである保証はない」「社会人になった方が友人は得やすい」と言う。
 さらに「楽しむために」行くという者に対しては「ふざけるな」と一喝する。
 では、何のため? 大学に行くのは何のためか。


 ~ 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。 ~

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11月15日

2011年11月15日 | 日々のあれこれ

 3学年だより№23(鉛筆)

 来週末のセンタープレは、文字どおり本番の予行にしてみてほしい。
 まずは鉛筆の用意だ。
 100円ショップの鉛筆ではなく、質のいいものを(三菱UNIレベル)を1ダース購入し、実際に何回か使ってみよう。
 まさか「鉛筆ってほんとうに絶対要るの?」と思った人はいないだろうな。
 センター受験案内44頁をきちんと読んでおこう。


 ~  ① 所持品の扱い ア 受験票、写真票のほかに試験時間中、机の上に置けるものは、黒鉛筆(H、F、HBに限る。)、プラスチックの消しゴム、鉛筆削り(電動式・大型のもの・ナイフ類を除く。)、時計(辞書や電卓等の機能があるもの・秒針音のするもの・大型のものを除く。)、眼鏡、ハンカチ、ティッシュペーパー(袋または箱から中身だけ取り出したもの。)、目薬です。ただし、シャープペンシル(黒い芯に限る。)は、メモや計算に使用する場合に限り机の上に置いてもかまいません。これ以外の所持品を置いてはいけません。 ~


 センター本番は、全部鉛筆で解くつもりですか?
 シャープペンで計算し、マークだけ鉛筆を使うつもりですか?
 そういうシミレーションしてありますか?
 どの方法で採るかで、持って行くべき鉛筆の数も変わる。
 携帯用の鉛筆削りは持ってますか?
 まだ用意してない人は、すぐに購入して、今週のセンタープレに備えなさい。
 いい鉛筆は1ダースがプラスチックの堅いケースに入っている。
 本番には、1ダース削って、ケースごと全部もっていくくらいでちょうどいいと思う。
 文具類に限らず、試験日に持って行くであろうグッズもそろえておこう。
 そして当日もっていくバッグに一度つめてみる。
 このパッキング作業は、勉強のいい息抜きになるし、モチベーションも高まる。
 これまでに受けてきたマーク模試は、出たとこ勝負、いきあたりばったりの受け方をしてた人も多いのではないだろうか。
 解き方自体が、とりあえず第一問から解けるとこまで解く、という人もいるように見えた。
 英語、国語、数学については、とにかく時間配分が大事だ。
 過去問を見直しながら、自分なりの時間配分を設定し、極力それにしたがって解いてみよう。
 もう少しで解けそうだという感覚にこだわりすぎて、できる問題に時間をまわせなかったということはないようにしたい。
 いきあたりばったりの人生は、たしかにスリルはある。
 でも、たっぷり準備をして、これで完璧だと思っていても、ほとんどの場合思い通りにはならないのが人生だから、そっちの方がもっとスリルがあっておもしろい。
 準備というのは、気持ちを神様に伝えるものでもあるので、やれるだけやっておこう。

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煮込みソースカツ丼

2011年11月14日 | 日々のあれこれ

 「カツ丼ってどんな食べ物?」と問われたならば、「トンカツを甘辛のたれで煮込んで卵でとじてご飯にのせた丼」と多くの人は答えるだろう。
 でもそんな質問を受けることは実際にはないかな。
「これはペンですか?」「いいえ本です」という会話が現実にはなさそうなのと同じくらい。
 しかし、カツ丼と言われたとき、この普通の卵でとじたタイプ(a系)ではないカツ丼(b系)を第一に頭に思い描く人々もいる。
 福井のソースカツ丼は揚げたてのカツをソース(ウスターソースに近い)にひたし、それをご飯にのせる。はじめて食べる人はかならず一回むせる。
 新潟のたれカツ丼はたれの味がより和風になるが、仕事内容は福井と同じ。
 群馬や長野のソースカツ丼は、カツをトンカツソースにひたして、キャベツをしいたご飯にのせる。
 名古屋のみそかつ丼はみそかつをご飯の上にのせる。
 岡山のデミカツ丼はカツにデミグラスソースをかける。
 これらに共通するのは、カツを煮ない点にある。
 大きく分けて、カツ丼はカツを煮るタイプ(a系)とそれ以外(b系)の2種類と見ることができる。
 新潟たれカツ丼は、たれが醤油ベースだからa系と見る人がいるかもしれないが、誤りである。
 その分布状況、認知の度合い、そして消費量を全国的にみた場合、全国におけるb系の消費量を総計しても、a系のそれにははるかに及ばないだろう。
 それでも、いやそれだからこそ、b系地域に育った人は、それへの思い入れは強い。
 実際問題、多くの福井県民にしても内心は卵カツ丼派なのに、何となく流れで「カツ丼て言うたらぁ、ソースカツ丼のことやわ」と言ってしまう人が多いのだ。
 さらに問題を掘り下げたとき、たとえば長野県でソースカツ丼といえば駒ヶ根の明治亭が有名ではあるが、他にもいろいろ美味しい店はあるようだ。
 しかし、福井の場合には「ヨーロッパ軒」のそれをソースカツ丼とよび、それ以外はまがいものとして認めないという意見もある。
 先日、幸福度日本一は福井県という本当に信じていいのかどうか、そして幸福度の高い県には原発が軒並み多いという不思議な調査結果があったが、カツ丼に対する狭量な県民性となんらかの相関を指摘することもできるかもしれないのだが、今はそれについては述べない。
 a系カツ丼とb系カツ丼とは、このように対立する概念であることはおさえておきたい、
 ところが、この事実に敢然と立ち向かうお店に出会った。
 埼玉の優良企業、山田うどんさんだ。
 新メニューの開発に最もアグレッシブな姿勢をもつことは重々承知していたが、まさかここに切り込んでくるとは思わなかった。
 想像してみてください。今月の新メニューに「煮込みソースカツ丼」という文字を見つけたときの私を。
  私は彼の魔法棒のために一度に化石されたようなものです
 富士そばにカレーカツ丼というメニューがある。
 これがカツカレー丼ならイメージしやすいだろう。
 GOGOカレー品川店では、カツカレーを皿ではなく丼で提供し、それをカツカレー丼と名付けていることからも明白だ。
 それがカレーカツ丼と名前をひっくりかえしただけで、富士そばさんに行かない人は「いったいどんな食べ物?」と不思議に思うだろう。
 これは普通のa系カツ丼に、さらにカレーをかけたものだ。
 それ一食で一日に必要な総カロリー量を越えるのは言うまでもなく、また人間の複数の欲望をここまで同時にかなえようとしてバチが当たらないのかとの思いを抱かざるを得ないものでもある。 
 ずいぶん前に一度食べた記憶を思い起こすと、決してまずくはないが、やりすぎだったかな。
 カツ丼、カツカレーともに、その時点ですでに二つの欲望をかなえていて、しかも完成形なのだから、これをさらに組み合わせるのは、ちょっと冒涜っぽい。そのやましさが純粋に味わうことを妨げたかもしれない。
 「煮込みソースカツ丼」にも、同じ危うさはあった。
 本当にソースで煮込んであった。そして卵でとじてある。不思議な感覚。
 いったい今自分はどこにいるのか、どの県にいて何をしているのか、何をしようとしているのか。
 自己存在そのものへの懐疑と、かすかにわきおこる郷愁の念。
 神よ、このまま私は食べ続けていていいのですか。
 このような形で自分を納得させてもいいのですか。
 けっして不味いとは思わなかった。
 しかし正直いって裏は返さないなと思った。

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再スタート

2011年11月13日 | 日々のあれこれ

 昨日アンコンに行ってまいりました。応援いただいたみなさま、ありがとうございました。
 さ、すぐに立ち直って次の舞台を目指さねばならない。
 ユーフォニウムのレッスンをしていただいている先生に、今日は金管セクションもみてただいた。
 途中、ちょっと貸してといって、トロンボーンやトランペットを手にし、こんな感じで吹いてご覧とお手本を奏でてくれる。
 その音色は圧倒的で、一瞬にしてこの先生の言うことを聞いて吹こうと思ったはずだ。
 お手本で出すべき音がイメージしやすいうえに、その圧倒的実力への敬意と信頼があれば、セクションとしてのサウンドはみるみる変わる。
 おれが指揮台に立ったときまでそれを維持してくれるかどうかは祈るしかない。
 突然だけど、栗山さんは大丈夫かなと思う。
 選手としてはほとんど、指導者としてはまったくといっていいほど実績のない状態で、日本ハムの監督さんだ。 一般の会社でさえ、「あの課長たいして仕事してきてないよ」的な目線で、なかなか言うことを聞いてもらえない、聞いたふりだけなんて状況は普通にある。
 一匹狼の集団、選ばれしアスリートの集団、プロ集団をたばねていけるのか。
 もちろん、野球理論やら、組織をまとめる力はあると見込まれたのだろうが、落合監督とは対極のような方がどんな仕事ぶりをされるのか、興味深い。

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11月12日

2011年11月12日 | 日々のあれこれ

3学年だより№22(幸せは歩いてこない)
 
 水前寺清子「365歩のマーチ」という歌がある(1968年!発売)。


 ~ 幸せは 歩いてこない  だから歩いてゆくんだね
   一日一歩 三日で三歩  三歩進んで二歩さがる
   人生はワン・ツー・パンチ  汗かきべそかき歩こうよ
   あなたのつけた足跡にゃ  きれいな花が咲くでしょう
   腕を振って 足を上げて  ワン・ツー ワン・ツー 
   休まないで歩け  ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ~


 今朝なぜか思いついたらメロディーと歌詞が頭のなかをぐるぐる回って停まらないので、紹介することにした。
 書いてみて気がついたが、人生の真理をこれほど言い当てた歌詞はないと思える。
 幸せは座って待っていても手に入らない。
 合格が向こうから勝手にやってきてくれることはない。
 人生の成功が自然に訪れてしまうということはない。
 毎日、一歩ずつ、淡々と歩き続けた結果として、それはふいに目の前に姿を現す。
 何かを手に入れようと思ったら、自分で歩き続けねばならないことは言うまでもない。
 何かを手に入れようと思ったら、何かを捨てなければならないことも言うまでもない。
 何も失わず、一度も傷つかずに、成功する人はいない。幸せを手に入れられる人はいない。
 三歩進めたと喜んだ直後に、二歩下がってしまう日もあるだろう。
 「汗かきべそかき」歩いてくしかないのだ。

 ~  幸せの 扉は狭い  だからしゃがんで通るのね
    百日百歩 千日千歩  ままになる日もならぬ日も
    人生はワン・ツー・パンチ  明日の明日はまた明日
    あなたはいつも新しい  希望の虹を抱いている
    腕を振って 足を上げて ワン・ツー ワン・ツー 
    休まないで歩け ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー

    幸せの 隣にいても  わからない日もあるんだよ
    一年365日  一歩違いで逃がしても
    人生はワン・ツー・パンチ  歩みを止めずに夢みよう
    千里の道も一歩から  始まることを信じよう
    腕を振って 足を上げて ワン・ツー ワン・ツー 
    休まないで歩け ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ~


 思うようになる日もならない日も、感謝の心を失わずに歩いていこう。、
 まずはセンターまで、64日歩き続けよう。

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11月11日

2011年11月11日 | 日々のあれこれ

3学年だより№21(反射)
 
 スーパーで買い物をしてレジに並びました。自分の番が来ました。
 おねえさんが言います。「会員カードお持ちですか?」
 「いえ、持ってません」「198円、88円、128円 … 」
 というやりとりだと、なんかちょっと足りないと感じないだろうか。実際こういう場合も多いが。
  「会員カードお持ちですか?」
 「いえ、持ってません」
 「失礼しました。198円、88円、128円 … 」だと、安心する。
 この一瞬の「失礼しました」の一言があるかないかで、その人との関係性がかなり変わる。
 先日の面接指導の際の話にもどる。
 受験生が入室する、一礼する、試験官に近づく、立ったまま受験番号と名前を言う。
 「座ってください」とこちらが言う。
 このとき、だまって座る子がいた。
 ここはやはり「失礼します」と、ちっちゃく言おう。
 練習の結果で言うのではなく自然に言おう。叫ばない方がいい。
 次にいきなり質問に入る場合も多いと思うけど、もし「では面接を始めます」と言われたら、すかさず「おねがいします」と言おう。
 「○○くんは … 、」と先生が一呼吸おいたら、「はい」と返事してしまおう。
 反応すべきかどうか迷って、とりあえず黙ってるのが一番よくない。
 あと、一問一答式になるのも避けよう。
 「特技は何ですか?」「サッカーです。 … 」は、だめ。
 「特技は何ですか?」「はい、サッカーです。小学校のときに近所のチームでやりはじめてから、どっぷりサッカーの魅力にとりつかれてしまい、中学、高校と部活動で続けてきました。受験に向けて今は練習に出ていませんが、時々かるく体を動かしてます。先日担任の先生から薦められて読んだ『オフサイドはなぜ反則か』という本も大変興味深くて … 」。
 というように、「今まで何をしてきたか系」の話をするのだ。
 面接はコミュニケーションだ。
 面接を受ける側は、する側の言葉でとぎれないように気をつけよう。
 それが、相手とコミュニケーションする気持ちがありますよ、というアピールになる。
 学問とか研究とか言うと、孤独に自分の世界に入り込むイメージをもつ人も多いかもしれないが、実際にはまったく逆で、どれだけ多くの人や事物とコミュニケーションできるかどうかが成果を決めるといっても過言ではない。その下地があるかどうかを見られていると思えばいい。
 内容ももちろん大事なのだが、ふつうにコミュニケーションできるか、コミュニケーションしようという姿勢をもっているか、そこが第一だと考えてほしい。
 「はい、終わります」と言われたら、「えっと、どうするんだっけ?」と考えてはだめ。
 自然に「ありがとうございました」と言って、さっと立つ。
 反射レベルのコミュニケーションがまず必要だ。
 普段から無意識に声に出してあいさつをすることの重要性は言うまでもない。

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11月10日

2011年11月10日 | 日々のあれこれ

3学年だより№20(太い心をもつ)
 
 駿台・中村先生プリント19「入学願書から本番入試を意識しよう」を思い出そう。
 センター試験願書に「試験時間中に日常的な生活騒音等が発声した場合でも救済措置は行いません」と載っている。
 「生活騒音」とは、試験場の外部の騒音やら、会場内での受験生のくしゃみやら、試験監督の足音やら、空調の音やらもろもろのものを指す。
 予期しなかった騒音が起こっても「何ら救済措置を講ずるつもりはない」と入試センターは言う。
 「少々のことには動じない心が必要だ」と中村先生は言われていたと思う。
 受験には文字通り「図太い」神経が必要だ。
 乗り慣れない電車に乗り、はじめて入る建物の、慣れない机で問題を解く。
 自分の机にだけ小さな疵があるかもしれないし、イスがガタガタ動くかもしれない。
 暖房が強すぎる場所になるかもしれないし、トイレの臭いが気になる席かもしれない。
 隣に座った受験生が、妙に落ち着かない奴だったり、態度がでかかったり、筆圧が強くて机を揺らされたり、香水のきつい女子だったり、やたら鼻をすすっていたり、するかもしれない。
 地下鉄に乗り間違えて、開始時間にぎりぎりになってしまった、などということもあるかもしれないし、急に体調が悪くなるかもしれない。
 開始の合図で問題冊子を開いたら、過去問とは100%異なる内容だった、なんていうこともあるかもしれない。
 とにかく、ふだん考えられないようなことが起きるのが「本番」だ。
 何があっても動じない人というのは、たぶんいない。
 動揺している状態のなかでも、その時点での最善を尽くそうと思えるような心が必要だ。
 ただしそういう心を得るための特効薬はない。
 毎日学校に来て、何があっても平然とやるべきことを積み上げていくことでしか作れないのだ。
 毎日学校に来て、ほんの少しずつの負荷を自分にかけ続けることでしか作れない。
 この陸の孤島に通い続けること自体が、みんなの心を確実に太くしていく。


 ~  自分に負荷をかけると成長する、私はそう思っています。でも、どうやって負荷をかけたらよいのでしょうか。イヤなことを無理してやるとか、そういうことではない気がします。多分、やりたいと思っていることを、恐れずにやること。好きなことだったとしても、それをするときには必ず、大小はあれ、ぶちあたる壁がやってくる。それから逃げないことかなあと思います。つまり「やりたいことを、できないと言い訳せずにやること」。それが自分に負荷をかけるということなんじゃないかなあ。(中略)
 体の筋力も、急にはつかず、徐々に鍛えるように、心の筋力も、ゆっくりとついていくのですね。筋トレは、筋肉の繊維を切るほどの負荷をかけて、再生するときにさらに太くなるといいますが、心だって同じなのでしょう。負荷をかけることで、だんだんと、強くなっていく。ゆっくりゆっくり、心の筋力は、ついてくる。焦らなくても大丈夫。徐々に強い自分になれるはずです。(和田清華『その夢はいつやるんですか?』ゴマブックス)  ~

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