フリーの青木理の決まり文句の「僕は政治記者ないけれど、…」という言葉の裏に、自分は同類項ではないとの宣言であるのがよくわかる。
かつて菅官房長官記者会見で東京新聞の望月記者の孤軍奮闘ぶりを見た時、まわりの政治記者たちの徒党を組んだ官邸への陰湿な阿りを見せつけられた。
アレは結果として、国民の眼も耳もバカにしていた政治記者たちの卑しい品性の現れだった。
スガが「この国は法治国家だから、有り難いと思え!」と言外に嘯いているのを、誰一人質そうとしない。そんな彼らが政治記者だというのだから可笑しい。
加藤に、松野に代わろうと、同じなことを続けている政治記者と官邸との腐った舞台劇ならやらない方が良い。
そして、政治記者らの行動を助長し、逆に締め付けるメディア上層部の下劣さも推して知るべしである。
近頃、オフレコの首相秘書官の暴言を毎日新聞が報じたが、単に販売部数への無駄な抵抗としか映らない。
大手新聞はみんな産経新聞化すれば良いのではないか。そしたら良いモノが残る。残らなければ、それでよい。
我々のやれることはそんな新聞は買わない、そして、テレビは見ない。