お正月の神棚や仏壇にお供えする餅つきをしてからちょうど1ヶ月。
お雑煮用の平たい丸餅はもちろん、お供えした重ね餅もお汁粉やきなこ餅として全てお腹に納まった。
こうして正月餅がなくなる頃にやってくる吾輩の記念日。
古稀目前の年。上から読んでも下から読んでも、似たような数字が逆さまにくっつき合っている。さて幾つでしょう・・・などとクイズを出しても始まらないが、また一つ年を重ねてそんな数字の年齢になった。
正直な告白をすると、気持ちそのものは、実年齢よりはるかに若いと思っている。
思うのはこちらの勝手である。しかしそこには自ずと限界はある。ただやみくもに若く見えりゃいいってもんでもない。やはり、そこそこの年齢を、年々積み重ねてきた年輪を伺わせる何かが欲しい。
兄貴は弟より強かった。それは、正月の餅を食べた回数が多い分、粘り強さも力も備わっているからだ・・・と聞かされて育った。確かに一理ある。
ということは、この拙いブログにしても、趣味として取り組んでいるエッセイにしても、始めた頃と今とでは正月餅を食った回数は大いに違う。
ああそれなのに、進歩が見られないと感じるのは何だろう。
分かった!よく噛み砕いて飲み込まないから、歩留まりが少なく大半が抜け出てしまうのだ。もう一度目を懲らし、耳をかっぽじって世間と向き合ってみよう。そして餅を食べるときはよ~く噛んで味わって胃に納めよう。年齢相応の腕前に近づけるかも知れない。