大小20艘の釣り船が寄り添って
波が穏やかで、ひねもすのたりのたりかな、は春の海の特徴である。
ところが、ここ瀬戸内海では、西風にあおられ荒れるこの季節を迎えても、風さえなければ穏やかこの上ない。
どうかするとさざ波一つない鏡のような面を見せることもある。
もちろん、ちょっとの低気圧ともなれば、波がしらは立って白波が打ち寄せる。
防波堤を超えて国道を塩水で洗うのもこの季節である。
穏やかが売りの瀬戸内海でも、ときに大きく荒れることを忘れているわけではないようだ。
今日は絵にかいたような穏やかな海。岸壁から1kmも沖合になろうか、似たような漁船らしき船影が一カ所にひしめいている。
あれだけの広い海で何故あれほど一カ所集中なのか。ちゃ~んとしたわけがある。
船尾に小さな帆を揚げて、あちこちに流されるのを抑えながら、魚釣りをしているのだと聞いた。
この季節「太刀魚?」と訊くと、「ううん、ハマチやブリ、マグロ」というではないか。
ハマチは60cm級。マグロは長さこそ同程度だが、重さは30kg近くあるのもいるらしい。
「エー!瀬戸内海のこんな入り江に?」「餌になるイワシが入って来ると大物が一緒に入って来るんよ」と。
しかもイワシの通り道を大物も通る。それを魚探(魚群探知機)で探して釣り上げる。
だから釣り船はみな同じようなところに集中するのだそうな。逞しきかな漁師魂。
あの中に地元漁師が何人いるのだろうか。「よそから来る者の方が多いよ、昔ならおおごとになる景色なんよ」と。
昔は猟場争いはし烈を極めたという。言葉や交渉だけでは収まらなかったようだ。
「皆さん今は大人になって、多少の譲り合いもあり、安心して釣りも出来る、いい時代よ」
と、しわを刻んだ太い手の先輩漁師さんは、穏やかに笑う。山の紅葉もいいが、遠く海に浮かぶ船影の眺めも悪くないな~。