孫三男坊の悠雅君が通う小学校には、相撲連盟公認の土俵がしつらえてある。
その土俵で毎年1回、全校児童による相撲大会が開かれる。兄ちゃんもカー君もこの土俵を踏んで、小学校を卒業していった。
今度は二人の兄ちゃんに代わって、1年生になった悠雅君が土俵に上がる番である。
豊太閤官許天下御免「田浦(でんぼ)相撲大会」といういかめしい名前の付いた、伝統ある相撲大会。
地元の民俗芸能保存会相撲部会という、これまた仰々しい名前の付いた保存会が準備から運営を取り仕切る。
今年で415年くらいの伝統を誇り、今回が第436回目ということである。
例によって、学年ごと男女別に予選を行い、クラスの代表になった男女一人ずつが土俵に上がれる。
悠雅君は1年1組男子の代表となった。対戦の組み合わせがちょっとややこしいので説明をつけうわえると。
2年生はひとクラスしかないため、男女とも代表はクラスから2人ずつ出される。
土俵上の1回戦は、1年生悠雅君と2年生の一人が当たる。もう一人の1年生代表が2年生のもう一人の代表と当たる。
その勝者が優勝戦を戦う。つまり悠雅君は1回戦2回戦ともに、2年生と戦って両方とも勝ち抜いたことになる。
身体こそ決して大きくはないが、持ち前の瞬発力と粘り強さが奏功したのかな。
初めての土俵で、呼び出しに名前を呼ばれると緊張はピークに。クラス仲間の大声援に背中を押されて、いざ立ち合い。
呼び出しの声に、やや緊張 1回戦、2年生の代表との立ち合い。右側、悠雅君 一瞬危うかったが残った
顔を真っ赤にしてがんばって 辛うじて勝ち名乗り。2回戦へ
途中で目を覆いたくなる場面を何とか持ちこたえて、1回戦勝ち名乗り。担任教師も仲間も拍手喝采。
次は優勝をかけてもう一人の2年生と当たる2回戦。低学年の部の優勝決定戦である。
背の高い相手に、立ち合いの差し手争い。左側、悠雅君。 最後の力を振り絞って押し出し。 優勝を決めて最敬礼。
低学年・中学年・高学年、男女優勝者勢ぞろい 優勝記念の梵天(御幣)を手に、笑顔満面の悠雅君
今からおよそ415年前、無謀にも豊臣秀吉が朝鮮征伐に打って出た歴史がある。
その時、朝鮮に向けて出発する兵士を激励するために、九州に向かう折、風待ちのため通津の浦に一時上陸した。
その間、兵士の士気を高めるため、各部署の力自慢に相撲をとらせた、その場所が田浦(でんぼ)という地名であったことから、現在も田浦相撲として継承されている。他にも神楽部会や奴道中部会などがある。
このような田舎の小学校には、田舎であるが故のいろんな歴史や伝統に直接触れる学びの場もある。
それにしても、昨日はソフトボール、今日は相撲大会。大忙しの悠雅君ではある。