畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

連載40『下の廊下』

2015-10-16 04:05:37 | 登山


    「下の廊下」

 九月の日曜日。近くの遊歩道の整備を山の会で行い、気持ち良く一汗流した後、御定まりの反省会となった。
会の半ば一隅から、大きな声で呼ばれ、行って見た。

 私と山友達の彼とで歩いた、黒部の「下の廊下」の話しを女性会員にし、案内をせがまれているところであった。
そう、昭和四十年代半ばのある年の十月のことである。信濃大町からバスで、黒部ダムのある扇沢まで入った。

 そして、立山まで登るケーブルカーを横目でみつつ、ダムサイトの横から遙な眼下の黒部川まで降りた。
そこから、宇奈月温泉の上流の欅平まで、一泊二日の行程で下るのである。

 同じコースを歩いていた登山者は、京都から来たと言う、一見頼りなさそうな女性一人のみだった。
私達と彼女は後になり、先になりしつつ黒部渓谷の絶壁に造られた、危うそうな道を下った。

 この道は、入山禁止になっているが知ってますか、と尋ねると、彼女は知ってますと、独特の京言葉で答えた。
実はその道は、何年か前の大水害の後、登山道の整備が遅れ、入山が止められていたのである。
(若かった私達二人は、それを承知の上、計画したのだ。)

 ほとんどが下りのコースとは言え、絶壁伝いの道は、黒部川に流れ込む沢で、
大きく迂回したりではかどらなかった。
宿に決めていた阿曽原小屋まで、大きな峠越えを残して、夕闇が迫ってきた。

 その時、関電の工事用トロッコが見えた。
私達は、乗せてもらえようなどと思わなかったが、彼女が手を振ると止待ってくれた。
そして、幸運にも小屋近くまで乗せてもらえた。

 山小屋に到着した私達は、断崖の中腹に作られた露天風呂で、初秋の景色と、
黒部川の川音を聞きながら裸のまま夕食を作って食べた。

 トロッコに乗せてもらって通った、トンネルが随分、蒸し暑かったが、
映画「黒部の太陽」の舞台にもなっていたと知ったのは後日の事である。

コメント (7)
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