コロッケ揚げて ソースをかけて 出来上がり
今朝のお弁当
今日は食料を買い込んで来なくては
一応 買い物に行く時は これ作ろうと 決めて買ってくるのだけど
何故か いつも同じようなおかずになってしまいます
コロッケ揚げて ソースをかけて 出来上がり
今朝のお弁当
今日は食料を買い込んで来なくては
一応 買い物に行く時は これ作ろうと 決めて買ってくるのだけど
何故か いつも同じようなおかずになってしまいます
人間にはピンからキリまである―と現在(いま)のお多佳は思っている
昔は人間なんて同じ身分に立ちゃあ みぃんな同じだと思っていた
だけど お多佳は もうそう思ってない
幕末 文明開化 江戸から東京へ
大きな変化があった
江戸幕府の崩壊 敗北により それまでの生活が保てなくなり 慣れない商売に手をだしたりしてますます落魄し 返せない借金の為 妻や娘を売る武士も多くいた
芸者 遊女の中には 元の身分を売りにして人気を博す者もいたらしい
お多佳は随分小さな頃に売られたから きょうだいが幾人いたかも 父親や母親の顔すら覚えてない
ただ人買いの男は随分な年配で親切な男だった
―堅気の暮らしをしてりゃあ お前さんくらいの孫がいてもおかしくねぇ
なのに こんな仕事を続けている
後生は良くねぇだろうよ―
―嬢よ 良い店に連れていくからな きちんと言う事聞いて頑張るんだぞ
頑張りさえすれば お嬢は別嬪になる
大事にして貰える―
手を引いて歩きながら 足が腫れるとおぶって あれこれ話してくれた
お多佳が売られて十年目 人買いの佐十は仕事を止めた
年をとって遠くまで歩く旅ができなくなったのだ
廓近くで茶店を始めて そこそこの暮らしを保っていた
世話になったのか お多佳のいる店の主人に時々挨拶に来て 彼女の顔も見ていった
店で出してる団子や茶の葉をくれたこともある
お多佳にとって唯一の身寄りと言える存在だった
もっともその頃は お多佳て言う名前じゃなかった
何処か秋を思わせるからと 竜胆(りんどう)という名を貰った
その店の女はみんな花の名前を持っていた
竜胆が その女を初めて見たのは 薩摩の偉い人の想い人と教えられてのことだった
元は士族の出らしい
あれやこれやの憶測に その女は 時に笑顔で 時に凜と やり過ごし受け流し
竜胆は何か面白くなかった
―なんだい 同じ女じゃあないか
馬鹿にしてるよ
やる事は 同じじゃないか―
店は違うが張り合う気持ちができた
―負けちゃあ いられないよ―
その女は 桔梗と呼ばれていた
同じ秋 だから余計に気に触ったのかもしれない
相手はこちらの気持ちなど 気が付く様子もなく
それが不思議なくらい竜胆を苛立たせるのだった
そうして 桔梗は身請けされたかいなくなり 竜胆は年季が明けた
佐十の店を手伝うようになり 今までの客が寄ってくれ それは有難いことに色気を抜いた間柄の あっさりしたものへ
もう男の肌 体 そうしたものへ 煩わされずに暮らしていけること
それは お多佳にとって嬉しい事だった
男の誠なんてありはしない
信じてはいけないと お多佳は 胆にめいじて生きてきた
錦の御旗
官軍
やたら髭面が多くて そっくり反って歩いて
―なんだい 田舎者のくせに威張り腐ってさ―本当のところ お多佳は薩長は大っ嫌いだった
佐十に料理を習い 簡単なものから 縫い物を始めて
少しずつ 普通の女ができないといけない事を お多佳は覚えていく
近所付き合い そんな日々の中でお多佳は 桔梗を見つけた
縫い物 お茶 お花
読み書き
ちょっとした礼儀作法
そうしたものを教えているらしかった
地味に結った髪 質素だが品の良い着物
こちらが本当の姿と判った
声をかけられなかった―かけなかったのは 江戸の女のくせに 薩長のイモ侍の思いモノなんぞになりやがって 馬鹿野郎
そう鬱屈したものを持っていたからだった
今でも絶えず張り合う気持ちが残っている
自分は薩長からの身請け話は断り 意地を通した
元の身分はどうでも人間としては上等だ
そう誇りたい気持ちもあるのだった
佐十は仕事柄 元の桔梗の身の上を知っていた
「さる旗本が芸者に手をつけて産ませたが 本妻に子が無く 跡取り娘として育てられた
しかし本妻は面白くなく 随分ひどく厳しくあたったらしい
何かあると 所詮 売女の子と
亭主のお旗本が 最後まで抵抗と 土方などと行動し 江戸を離れると
てめえの生活する金欲しさに 娘を売りやがった
江戸は危ねえと 自分だけ 金持って何処かに逃げちまったらしい
桔梗は あれはあれで偉い女だ」
佐十は桔梗の身請けの裏話も知っているふうだったが そこらあたりは
「お多佳には 関係ねぇ」と口を閉ざした
ちょいとお参り行って出店でも覗いて来ますよ
そう声かけて出てきたお多佳が 福笹買って帰ろうとした時 その騒動は起きた
桔梗の連れたお弟子らしい数名の若い娘 そこに髭だけ偉そうな男達が四五人ばかし纏わりつき 相手させる為にさらって行こうとしているのだ
だんだんからかいも下卑 タチの悪いものに変わっていった
中の一人が無理矢理捕まえた娘の胸に手を入れようとする
ばしん!
その腕を 桔梗が叩いた
「早くお逃げなさい」娘達に言って 男達が追えないように両手を広げた
「女 逆らうか」
「いい加減になさいまし!
遊ぶ場所もありますでしょう
錦の御旗を抱いた官軍の名が泣きますよ」
「うるさい 生意気な女だ 官軍に逆らうは賊
ひっとらえてくれるは」
野卑な光を目に浮かべ 男は桔梗を捕まえようとした
飛び退いて 桔梗は言い放つ
「馬鹿野郎! のさばりかえるんじゃないや
火事場泥棒みたいな忘恩のひとでなしどもが
とっとと てめえらに似合いの場所に戻りやがれ」
艶やかな微笑浮かべ 切るタンカ
周囲からは 「そうだ そうだ」「出ていけ」「出ていけ」
声が上がる
お多佳は はらはらした
桔梗が覚悟を決めているように見えたからだ
男達は ひくにひけなくなった
「あやまれ あやまらんと 切るぞ」
「ご随意に」ひとさし舞うように桔梗が一礼する
「願いを叶えてやろう」
肩から胸に血が
よろめきつつ桔梗は尚も言った
「お気は済みましたか」
逆上してる男は もうひと太刀浴びせた
「おい 役人が来る」「逃げるぞ」
仲間が血刀さげてる男の腕を掴み 逃げていく
お多佳は倒れた女を抱き起こした
「桔梗さん!」
うっすらと桔梗は微笑した
「今の名前は きくの と言うんです」
「馬鹿な 馬鹿なことをして」
「悔いはありません 言いたいこと言いましたもの」
振り絞るような細い声だったが きくのは楽しそうだった
「官軍なんて ろくなモノでは ありません
仲間であっても殺すんですから
殺されると判ってて― 身請けしてくれたお方も覚悟を決めて 薩摩へお戻りになりました
竜胆さん 今は お多佳さんでしたっけ
佐十さんから話は―」
きくのの気力は そこで尽きた
駆け付けた医師が手当てをしたが 意識の戻らぬまま亡くなった
佐十は きくの 菊野の身請け事情を お多佳に話した
菊野には好きな男がいたのだ
同じ旗本の二男坊
菊野の父と共に戦いながら箱館へ
薩摩の男から 「薩摩に帰る 江戸には生きて戻ることはない」
身請けの話があった時 菊野は 好きだった初恋の男が 負傷して江戸へ戻り 医者代にも困っていると知ったのだ
菊野は身請け話を受けて 薩摩の男が 身の立つように―と置いていった金の殆どを 初恋の男を世話している娘のもとに届けた
「昔 お世話になった者です」
だが その男も傷が治らないままに死んだ
菊野にも意地があったのだ
一度も抱いてもらいもしない男の為に
肌身を許せば優しかった男も
政府の高官の野望の為に人望妬まれ 死へ向かわされる
殺される
力を持つ者が変わるだけ
呼び名は変わろうが 江戸は江戸
菊野という名は 芸者だった本当の母がつけた名前であったとか
お多佳は 今では人間には 生まれや育ちとは関係なく その心 生き方にはピンからキリまで 特上の極上から 下の中の下まであると思っている
もっと早く 桔梗だった頃の菊野と話してみたかったと思うのだ
どんどん変わる世の中を見せてあげたかったと
ねぇ 何があろうと生きたもん 生きてるもん勝ちだよ
菊野さんも死に急ぐことなかったのに
墓参りに行くたび お多佳は話し掛ける
死んでから菊野は お多佳の中で親友のようになってしまっている