ー振袖狂乱ー
静森主膳は生まれついての浪人ではない
生家は某藩のそこそこの役付きだった
名ばかりに拘り異端を恐れる其の家の者達は 畜生腹と双子が生まれた事を忌み・・・
我が子を座敷牢で育てていたが その兄の方が・・・何やら目に視⦅み⦆えぬ存在と会話するのを見て
化け物が生まれたーと寺へ捨てた
弟・主膳は座敷牢から出されて・・・育てられたが
藩がとり潰し・・・・・浪々の身となることを恥じた両親は自ら死んだ
茫然とするまだ少年の主膳に兄弟の存在を教えてくれたのは乳母だった
「余りに酷いなさりよう 親が子を捨てるなどー」
これも天罰かもと乳母は言った
魔のモノから解放されても眠り続けるおしずを見ながら 主膳は来し方を振り返る
やっと見つけた兄は目の前で死んだ
双子
主膳も兄とは異なるが魔を退治する力を持っていた
この寺の先代の住職だった兄は いまわの際の苦しい息の中 弟に言った
「持って生まれた力 正しく使え 生きのびろ」
もっと早く会いたかったなー笑って言った それが最後の言葉だった
兄のようには生きられぬがー
魔のモノが離れても主膳はこの娘おしずが気懸かりだった
この娘が無頼の輩に絡まれた時 どうしてあんな場所へ迷い込んだか
供の者とはぐれたか
気になって調べた主膳は悪い噂を聞いていた
まだ 放ってはおけないー
花は美しい故に害虫に狙われる
この娘という花には「大店」そうした人の欲をそそるものまでついている
生きている人間の方が厄介だ
忠義者の顔をしながら
人は裏切る
大事なのは何より自分
楽をしたい うまいものを食べたい いい女を抱きたい 金が欲しい
どうにかして手に入れたいと悪企み
漸くおしずが目を覚ました時 外は既に暗くなっていた
おしずの家では大騒ぎしているに違いない
「あたし・・・・あたしは・・・・」
「何も覚えていないか おしずさんが誘ってきたのだ」
娘は気の毒なくらいに真っ赤になった 俯いて震える
「誘いにこたえてもいいのだが」主膳のからかいの言葉に娘はただ震える
もとのおぼこな娘に戻っていた
主膳は立ち上がると おしずに手を差し伸べた
「送ろう 家族が心配しておられよう」
主膳の大きな掌の上に おしずの細い指がおずおずと置かれる
主膳の手に縋るようにおしずが立ち上がった
振袖は消えての長じゅばん姿・・・
これで娘が外を歩くのは恥ずかしかろうーと主膳は気付く
「待っておれ 幾ら荒れ寺でも何か残っていようー」
どこをどう捜したのか 主膳は男物の着物を見つけてきた
角帯を前結びにしてやり「芝居の装束のようだが」と明るく笑う
「夜道で良かった まだ悪目立ちはすまい」
寺を出て幾らも進まぬうちに 二人は殺気立った集団と遭遇した
先頭にいた男が険しい表情を主膳に向ける
「てめえはいつぞやの邪魔浪人」
先日 おしずを襲おうとした男達の一人だった
その男の後ろにいた男が主膳の背後のおしずに目を止めた
「お嬢様 捜しましたよ ご無事で何より さあ一緒に帰りましょう 旦那様が心配しておられます」
手代の京助だった
「その大切なお嬢様に悪い事しようとした男達と一緒にいることで正体はバレてるぜ 」
主膳の冷笑に京助は開き直る
「これはお武家様 とんだ言いがかり お嬢様のお姿が見えなくなり 顔の広いこの方たちにご助力をお願いしたのでございます」
色の白い優男 自分のいい男ぶりを鼻にかけたような表情で笑顔を作る
安い笑顔だ 信用できぬ目つきは消せない
「さあさ お嬢様 おかしな男と出歩かれては評判に傷がつきます
手前どもと一緒に帰りましょう」
「いいえ 京助 あたしはこの御方に送っていただきます」
思いのほか毅然とした声でおしずが告げた
「お嬢様 その身が大切なればこそ お送りすると申し上げております
御身大事ではありませぬかな」
京助は背後の男達に視線を投げ口元をゆがめる
「女に飢えた餓狼のような男達でございます 素直にお嬢様が同行せず逆らわれると言われるなら
面子を潰されたーとどのような手段を取るかー
手前はお嬢様が見つけられたら 旦那様がいかような礼もしようとーお嬢様探しをお願いしました
その身に何が起きても良いのですな
いや その姿
既に何か起きたあとですかな
ならば我等は何の遠慮もいらぬ
教えてさしあげましょう 女の体というものを
お前達 頼みましたよ」
京助は男達を振り向く
評判の小町娘 大店のー本来なら自分達に手の届かぬ娘
それを自由にできるというお楽しみに舌なめずりする男達
先日 主膳に歯も立たなかったことを忘れたのか
余程頭が悪いのか 先日の倍いるから今度は勝てると踏んだのか
「飽きるまで弄んだら 何処かへ叩き売ってやればいいよ」
京助はけしかける
男達にさらわせ傷物になれば そうした噂が立てば 縁談も来なくなりー自分が婿になれるのではないかとの企みは主膳に邪魔された
自分に靡かぬ女となれば どうなと滅茶苦茶にされればいいのだ
それを見て笑ってやる
根性のひね曲がった男なのだ
「怪我をしてはつまらない 下がっていなさい」
おしずに言って主膳は離れ ならず者達に向かい静かに刀を抜いた
人間の心根の悪いのは 魔よりも性質(たち)が悪いー主膳の口の端にうっすら笑みが浮かび それがならず者達を激昂させる
「何を笑いやがる この食い詰め浪人め」
「たたんでやる」
卑劣な男達は主膳の隙を見て おしずに近寄ろうとするができずに苛立ち主膳にぶつかるも それは燃える火に自ら飛び込む蛾の如く
刀の峰で叩かれ のけぞるばかり
「ええい もうっ」
堅気の商人らしくない匕首抜いてかかってきた京助も主膳の手刀を首筋に叩き込まれて倒れる
そうこうするうち騒ぎに役人が駆けて来る
役人に従う下っ引きの一人が主膳を知っていた
「これは旦那 何事で」
おしずと主膳が事情を話し 京助とならず者らはひとまとめにお縄となる
その後 幾度も娘の危ないところを救われたおしずの両親は滅法 主膳の人柄にもに惚れこんだ
主膳が固辞しても どうか娘を嫁にとー
親は娘には弱い
この御方なら娘が惚れても当然と
ほとほと呆れて主膳はおしずに言う
この血筋 自分一代でおしまいにするつもりだーと
おしずは めげなかった
おしかけるように主膳の家に居付きー
根負けしたのは男の主膳の方だった
彼もまた寂しかった
孤独な男に おっとりとはしているけれど 芯は強いしっかり者の娘
恋の勝敗は見えていたのかもしれない
おしずには もう振袖は必要ない
静森主膳は生まれついての浪人ではない
生家は某藩のそこそこの役付きだった
名ばかりに拘り異端を恐れる其の家の者達は 畜生腹と双子が生まれた事を忌み・・・
我が子を座敷牢で育てていたが その兄の方が・・・何やら目に視⦅み⦆えぬ存在と会話するのを見て
化け物が生まれたーと寺へ捨てた
弟・主膳は座敷牢から出されて・・・育てられたが
藩がとり潰し・・・・・浪々の身となることを恥じた両親は自ら死んだ
茫然とするまだ少年の主膳に兄弟の存在を教えてくれたのは乳母だった
「余りに酷いなさりよう 親が子を捨てるなどー」
これも天罰かもと乳母は言った
魔のモノから解放されても眠り続けるおしずを見ながら 主膳は来し方を振り返る
やっと見つけた兄は目の前で死んだ
双子
主膳も兄とは異なるが魔を退治する力を持っていた
この寺の先代の住職だった兄は いまわの際の苦しい息の中 弟に言った
「持って生まれた力 正しく使え 生きのびろ」
もっと早く会いたかったなー笑って言った それが最後の言葉だった
兄のようには生きられぬがー
魔のモノが離れても主膳はこの娘おしずが気懸かりだった
この娘が無頼の輩に絡まれた時 どうしてあんな場所へ迷い込んだか
供の者とはぐれたか
気になって調べた主膳は悪い噂を聞いていた
まだ 放ってはおけないー
花は美しい故に害虫に狙われる
この娘という花には「大店」そうした人の欲をそそるものまでついている
生きている人間の方が厄介だ
忠義者の顔をしながら
人は裏切る
大事なのは何より自分
楽をしたい うまいものを食べたい いい女を抱きたい 金が欲しい
どうにかして手に入れたいと悪企み
漸くおしずが目を覚ました時 外は既に暗くなっていた
おしずの家では大騒ぎしているに違いない
「あたし・・・・あたしは・・・・」
「何も覚えていないか おしずさんが誘ってきたのだ」
娘は気の毒なくらいに真っ赤になった 俯いて震える
「誘いにこたえてもいいのだが」主膳のからかいの言葉に娘はただ震える
もとのおぼこな娘に戻っていた
主膳は立ち上がると おしずに手を差し伸べた
「送ろう 家族が心配しておられよう」
主膳の大きな掌の上に おしずの細い指がおずおずと置かれる
主膳の手に縋るようにおしずが立ち上がった
振袖は消えての長じゅばん姿・・・
これで娘が外を歩くのは恥ずかしかろうーと主膳は気付く
「待っておれ 幾ら荒れ寺でも何か残っていようー」
どこをどう捜したのか 主膳は男物の着物を見つけてきた
角帯を前結びにしてやり「芝居の装束のようだが」と明るく笑う
「夜道で良かった まだ悪目立ちはすまい」
寺を出て幾らも進まぬうちに 二人は殺気立った集団と遭遇した
先頭にいた男が険しい表情を主膳に向ける
「てめえはいつぞやの邪魔浪人」
先日 おしずを襲おうとした男達の一人だった
その男の後ろにいた男が主膳の背後のおしずに目を止めた
「お嬢様 捜しましたよ ご無事で何より さあ一緒に帰りましょう 旦那様が心配しておられます」
手代の京助だった
「その大切なお嬢様に悪い事しようとした男達と一緒にいることで正体はバレてるぜ 」
主膳の冷笑に京助は開き直る
「これはお武家様 とんだ言いがかり お嬢様のお姿が見えなくなり 顔の広いこの方たちにご助力をお願いしたのでございます」
色の白い優男 自分のいい男ぶりを鼻にかけたような表情で笑顔を作る
安い笑顔だ 信用できぬ目つきは消せない
「さあさ お嬢様 おかしな男と出歩かれては評判に傷がつきます
手前どもと一緒に帰りましょう」
「いいえ 京助 あたしはこの御方に送っていただきます」
思いのほか毅然とした声でおしずが告げた
「お嬢様 その身が大切なればこそ お送りすると申し上げております
御身大事ではありませぬかな」
京助は背後の男達に視線を投げ口元をゆがめる
「女に飢えた餓狼のような男達でございます 素直にお嬢様が同行せず逆らわれると言われるなら
面子を潰されたーとどのような手段を取るかー
手前はお嬢様が見つけられたら 旦那様がいかような礼もしようとーお嬢様探しをお願いしました
その身に何が起きても良いのですな
いや その姿
既に何か起きたあとですかな
ならば我等は何の遠慮もいらぬ
教えてさしあげましょう 女の体というものを
お前達 頼みましたよ」
京助は男達を振り向く
評判の小町娘 大店のー本来なら自分達に手の届かぬ娘
それを自由にできるというお楽しみに舌なめずりする男達
先日 主膳に歯も立たなかったことを忘れたのか
余程頭が悪いのか 先日の倍いるから今度は勝てると踏んだのか
「飽きるまで弄んだら 何処かへ叩き売ってやればいいよ」
京助はけしかける
男達にさらわせ傷物になれば そうした噂が立てば 縁談も来なくなりー自分が婿になれるのではないかとの企みは主膳に邪魔された
自分に靡かぬ女となれば どうなと滅茶苦茶にされればいいのだ
それを見て笑ってやる
根性のひね曲がった男なのだ
「怪我をしてはつまらない 下がっていなさい」
おしずに言って主膳は離れ ならず者達に向かい静かに刀を抜いた
人間の心根の悪いのは 魔よりも性質(たち)が悪いー主膳の口の端にうっすら笑みが浮かび それがならず者達を激昂させる
「何を笑いやがる この食い詰め浪人め」
「たたんでやる」
卑劣な男達は主膳の隙を見て おしずに近寄ろうとするができずに苛立ち主膳にぶつかるも それは燃える火に自ら飛び込む蛾の如く
刀の峰で叩かれ のけぞるばかり
「ええい もうっ」
堅気の商人らしくない匕首抜いてかかってきた京助も主膳の手刀を首筋に叩き込まれて倒れる
そうこうするうち騒ぎに役人が駆けて来る
役人に従う下っ引きの一人が主膳を知っていた
「これは旦那 何事で」
おしずと主膳が事情を話し 京助とならず者らはひとまとめにお縄となる
その後 幾度も娘の危ないところを救われたおしずの両親は滅法 主膳の人柄にもに惚れこんだ
主膳が固辞しても どうか娘を嫁にとー
親は娘には弱い
この御方なら娘が惚れても当然と
ほとほと呆れて主膳はおしずに言う
この血筋 自分一代でおしまいにするつもりだーと
おしずは めげなかった
おしかけるように主膳の家に居付きー
根負けしたのは男の主膳の方だった
彼もまた寂しかった
孤独な男に おっとりとはしているけれど 芯は強いしっかり者の娘
恋の勝敗は見えていたのかもしれない
おしずには もう振袖は必要ない