夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「よたばなし」-17-

2019-06-13 13:26:09 | 自作の小説
ー振袖異聞ー

「でも君は 本当の大野莉子さんでは無いでしょう」

夢の中に季節は無い

桜の花びらが風花のように舞っている
瑠璃色の羽根のあげは蝶が飛び 鶯が鳴く

かと思えば菊が咲き乱れー

これはまるで着物の柄のような景色なのだった

僕の問いかけに大野さんは赤い唇に妖しい笑みを浮かべるばかり

夢の中に立つ大野さんの姿は何処かツクリ物めいていた

夢の中だから現実感が無いのは当然だが 


人形のように美しい娘

これは 誰の夢だ

そこを見究めねば

大野さんは夢から抜け出せない
魔が見せる夢に取り込まれ続けてしまう


「深空野真夜(みそらの しんや)様 名前さえも美しいあなた あなた あなた
あなたが好きなんです」

僕の言葉に構わず大野さんがすり寄ってくる
細い指をさしのべて

何処からか風が吹いて大野さんの髪が揺れる
風は強くなり大野さんが着ている振袖の袂がひらひら翻る

「女が寄っても動じぬお前はー似ている」
魔のモノの声がする

夢が揺れる
ぼんやりと人の姿が見える
朱色の着流し 浪人・・・

その姿は一瞬で消える

僕は思わず問いかける「あの人は」

夢が答える「朴念仁」

では これは 大野さんに取り憑いている振袖の・・・・魔のモノの視(み)ている夢か
大野さんを自分の夢の中に取り込んでいる

「良く分かったな これは罪の無い夢だ せめて夢の中でこの娘の想いを叶えてやると良い
親切から招いてやったのだ
お前も若い男 悪い気はすまい」
揶揄する魔のモノの声

「どうした 何故動かぬ 有難いことだろう この娘の体 好きにしてよいのだぞ」

その声が焦っているように聞こえたは気のせいだろうか
何故 焦る

「この娘はお前が好きで 好きな気持ちだけで 何もできずにいた
思えば通じるーなどは嘘だ
行動せずに相手に伝えられるはずもない
いつか相手が気付いてくれるなどとは幻想だ」


「僕はこれでもロマンチストなんだ
誰かに見られて興奮する性癖もない
それが夢でも御免こうむる」

くくく・・・と魔のモノは嘲るような笑い声を漏らす「恰好つけも大概にするがよい
男とはな 醜いものだ
そういう生き物であるのだよ」

幾枚もの振袖ごしに様々な娘の一糸まとわぬ姿が見える

「そしてどんな無垢に見える乙女も心の中には 己も知らぬ欲望を抱えている」

娘達は誰かに抱かれ身もだえしている

それはかつてこの魔のモノの振袖がとりこんだ娘達なのか

「我が中で永遠に幸福で淫靡な夢を見続ける魂・・・・・」
穏やかでないことを謳うように魔のモノは続ける

それは僕でなければ効いたのかもしれない

誘う声 抑揚

「大野さん 大野莉子さん起きるんだ 君は悪い夢を見ている 起きなくては朝は来ない
起きてご飯を食べる そして大学に来るんだ 起きるんだ
僕は大学で待っている」


魔のモノが軋むように唸る「お前 お前 夢破りを!」

「うん・・・夢は得意分野になりつつある」
そうか 僕のしている事は「夢破り」とも呼ばれるのか―一つ学習できた気がする
僕はまだ自身で自分にできることが判っていないー
大抵はついてきてくれた謎の3体がうまいことどうにかしてくれている
けれど今回はおそらく僕は外出先ー家から離れた場所で夢に取り込まれている
だから自分でどうにかしなくてはいけない
この魔のモノの見せる夢から抜け出し かなうなら取り込まれている大野莉子さんを目覚めさせなくては

魔のモノは危険だ
見せる夢は心地よく いつか命が尽きるーこともある

存外 夢は恐ろしいものなのだ

過ぎれば 眠りも毒になる

永遠なんてありはしない

「起きろ! 大野さん 起きろ!」

そして僕の声は 他のモノも目覚めさせたのだった

「うるさい!」
現れたのは異形のモノ 長い銀の髪 黒銀の長い爪 不思議な色の着物を肩掛けにしている
そのモノは僕をじ・・・っと視⦅み⦆た
「あの赤子が無事に育ったか」

「何じゃ お前は勝手に我が夢に入るな」振袖の魔のモノは怒っていた


「ふふん・・・此の者が起きろ起きろとうるさいゆえに 招かれただけよ
そうかお前 我を知らぬか」

その眼が暗黒色に輝く
夢が歪んでいく

「な・・・」苦鳴をあげる魔のモノ
「止めろ! 止めろ!」

先程の朱色の着流しの浪人の姿が見える
刀を一閃
浪人は振袖の魔のモノを仕留め

夢は粉々に裂け散らばっていく


その消えかけの夢の一隅で腕の中に大野莉子さんを抱えてー僕は助けてくれた異形のモノと向き合っていた


「お前 まだ己の力に目覚めたばかりか 危ういな
お前の血は闇のモノには美味
気をつけよ
母親もそうだったが おおらかというかのんびりすぎる
狙われやすいのだ

不思議よの お前の中には母親も父親も見える 気に入らない男だったがー」


「助けてくれて有難うございます
あなたは僕の両親を 父親を知っているのですか」

「我にとってお前の父親はー
ふふん 今となっては とても懐かしい者だな」

異形のモノの顔を過ぎるものは何だったのだろう

「また会おうぞ」

夢の破片は僕から離れていく


「-!」「起きなさい!深空野!」パン!パン!
声と音が同時だった
更に続けて バシッ!ビシッ!

両頬が痛いー
薄目を開けると・・・木面(きづら⦆先輩がかなり分厚い本を両手に持って殴ろうとしていた
危なかった
あんなもんで殴られた日には顔かたちが変わってしまう


「あ あの起きたんで叩かないで下さい」


「起きたか それは残念 ところでこれはどういう状態かい」

場所は研究室
僕の横に倒れているのは 行方不明だった大野莉子さん
「捜しに行って 大野さんを見つけました」


木面先輩は僕を怪し気に見る
「まるで異次元の扉から入ってきたみたいに 急に現れたように見えたけどー」

先輩は溜息をついた
「いいわ ややこしくなっては困るから 私が倒れている大野さんを見つけたことにしてあげる
どうせいつもの他人には理解できない事情がありそうだし

大野さんを医療室に運んでちょうだい
これで何事か解決したのなら 良かったわね」


何があったのか暫くして目覚めた大野さんは覚えていなかった
振袖の事すら

大野莉子が無事だったことで上品寿(かみしな ひさし⦆は大騒ぎ

いつもの日常が戻ってきていた