時々ただの人間のフリをするのが 彼女の趣味だった
ごく普通の人間のように振る舞うこと
咎められると彼女は言う
「だって仕事ばかりじゃ つまらないじゃない」
仕事の合間に 公園で鳩に餌をやったり ケーキを食べたりして 何故いけないのかと
子供のように我儘を言う
日に焼けることない白い肌
冬向きにフードつきのダウンコートを着ている
何が気になったのか さっとコンビニへ入った
騒ぎが起きたのは じき
ガッシャン 商品を並べた棚の一つがひっくり返された
店員と数名の客が凍り付く
「動くと ぶっ壊すぞ てめえらトイレの前にかたまれ
ささっとせんかい」
男は銃を持っていた
「はようせんかい 遊びやないぞ」
店内の人々がトイレのドア前に素直に集まると「ジャンケンせいや」
男の顔を見る人間達に言う「誰から死ぬか順番決めや」
「どうして?」彼女が質問した時 他の人間の時間は停止した
銃を持った男と彼女だけ
「俺がそう決めたからや ね~ちゃんからでもいいぞ」
「じゃ撃ってみたら?」
「な・!」馬鹿にされたと男は躊躇なく構え撃った
「で?」撃たれたはずの彼女には何の変化もない
「あなた射撃 下手なんじゃない」
からかうように彼女が言う
美貌が凄味を増す
逆上した男は撃ち続けるが
「くそ くそ 皆殺しにしてやる
一人では死ぬもんか
みんな殺してやる 」
「いいえ 死ぬのは貴方」
艶然と彼女が微笑む
銃に残る最後の弾は自身に向けて放たれた
彼女は店を後にし 時間は再び流れ出す
「手を出さずにくれたら いっぱい命がとれたのに」
若い男は頬を膨らませた
若く見えるが本当は幾つか判らない
彼は人の命を盗み自分の命とする一族の一人なのだ
「それは 私の仕事じゃないもの」
知った事じゃないわと素っ気無い口調
若く見える男はヘラヘラしている
彼はこの気紛れな美貌の死神に惚れているのだ
「気は済んだか?」落ち着いたよく響く低い声の男は美人死神と組んで仕事をすることが多い・・・死神の同僚だから やはり死神である
彼女とは人間であった頃にちょいとした因縁がある
死神は命を人の魂を狩る
若い男は妙な力は持つものの一応人間である
多分・・・
男達二人はこれまでの行き掛かりから何故か友情を感じている
彼らが和んだ会話をかわしている間に 美人死神の姿は見えなくなった
―全く女には 一人になりたいこともあるんだから―
マンションの一室らしき所で和んでいる
バタン ドアが開き怯えた表情の男が駆け込んできた
まだ若い
怯えたふうもなく平然とドアを閉めにいく
「こ・・・おいっ」
「ここに隠れていらっしゃい」
押し入れの中の布団の奥に男を押し込めると 手前の布団の形を整える
薬缶に水を入れ火にかけた
卵を茹でて手早くサンドイッチを作る
そこへ呼び鈴が鳴った
「はい?」
ドア・チェ―ンかけたまま少しドアを開く
黒表紙の品の中を開いて見せる男二人
「変わったことはありませんでしたか」
「あら いいえ 何かありましたの」
「妙な男が逃げているので 室内を拝見させていただいて構いませんか」
「どうぞ サンドイッチを作った所ですの
宜しかったら」
室内を点検し 刑事達は部屋を出て行った
暫くしてから 彼女は押し入れの戸を開けた
「サンドイッチ食べる?」
「あんた 変わってるな」押し入れから出てきた男は疲れた表情で言った
「腹が減っては いくさはできぬ ってね
ところで 貴方 何したの」
何故か素直にサンドイッチを食べながら 紅茶の入ったマグカップを受け取る男
「さあ―何でこうなったんだろう」
「妹が 嫌らしい事を話し掛けてくる先生がいると言った
ばかりか呼び出しをかけてきたんだそうだ
家に来ないと単位はやらない
行ったら何をされるか目に見えてる
どういう気か話をしようと 妹の代わりに行ったんだ
玄関の戸は押せば開いて・・・
テレビの音が聞こえたんで そっちへ行ったら
男が倒れていた
頭の後ろが血だらけで
何で?と驚いていたらパトカーの音がしたんで逃げ出した
もう何が何だか」
若い男は頭を抱える
「疲れてるのよ この場所は安全だから暫く眠るといいわ」
美人死神は いいこいいこをするように男の頭を撫でた
命 これが残り僅かだと知った時 人は色んな行動をとる
さっきのコンビニ強盗は 病気で三月から半年―と一週間前に知り悩んだ挙句 一人で死ぬのは怖い どうせなら他にも殺して みんなで一緒に死んでやる
と迷惑な決意のもとに最期の行動を起こしたのだった
この若い男の妹の大学の先生は どうして殺されたのだろう
さっき頭に触れて美人死神は若い男の記憶を読んでいた
両親の事故死 施設で育つ兄妹
妹は養女に
鉄工所で真面目に働く兄
妹の養父母は二人の子供を育てる余裕はなくて その事に良心の咎めすら感じている優しい人達だ
兄妹が会うこと手紙のやりとりも認めているし 泊まりにくるように誘うこともある
兄はそれに甘えることなく 妹を育ててくれた事に感謝していた
では誰が この若い男をはめたのだろう
手回し良く呼ばれたパトカー
もし彼女がここに部屋を作らなかったら この男は 犯人として捕まっていただろう
と男の携帯が鳴る
「お兄ちゃん お兄ちゃん」
「お兄さんは大丈夫よ 私の目の前で倒れたんで 今介抱している所
どうしたの?」
人を疑わない妹は すぐ行きます―そう言って電話を切った
美人死神は外へ迎えに出る
不安そうな表情の大きな瞳の娘が走ってくる
「部屋が分かりにくいといけないから」微笑む美人死神に 若い娘は その正体を知らず ペコリと頭を下げる
「親切にしていただいて有難うございます」布団で眠っている兄を見て娘は安心している
「友達から電話があって 大学の先生が殺されたと」
「それは驚かれたでしょう」
話しながら美人死神は娘の記憶を読んでいた
信頼していた先生に乱暴・・・強姦された娘
あとは愛人扱いされて
自分だけ不幸にはならない
女好きの先生に自分の友達に目を向けさせる
呼び出させておいて
友達が来る前に 先生を殺す
油断している所を後ろから殴って
死ね 死ね 死ね
最初は被害者だった
自分が犯人と疑われないように―
保身は判らないでもないが
事情が読めると 美人死神は車を用意し 兄妹を送り届けた
妹の養母も世話してくれた事の礼を言う
それが済むと美人死神は犯人に会いに行った
「ああ どうして捕まえないのよ 警察もドジね」
イライラ爪を噛んでいる顔色の悪い娘がいる
大学の構内
学生用の部屋でテレビのニュースを気にしている
「目の下にクマができていてよ
何事も やり過ぎは 良くないわね」
「何ですって」キッと美人死神を見上げる娘
「あなた 死相が出ているわ」と美人死神
周囲の人間の目に美人死神は見えていない
急に形相変わり叫び出した娘が見えるばかりだ
「あの先生が悪いのよ 大学の先生が強姦してくるなんて
1回や2回じゃないのよ
何度も呼び出されて
不公平だわ わたしだけこんな目にあうなんて
汚い奴 あんな奴死んで当然よ
ええ わたしが殺したわよ
悪い?
死体になっても気持ち悪い男だった
あんなのが大学の先生なんて笑っちゃう」
「それ本当の事?」と尋ねたのは同じ高校出身の学生
室内に居合わせた学生の視線は 彼女に集中していた
美人死神の姿は他の人間には見えていない
犯人の女学生は開き直った
「そうよ!殺したわ あんな男 死んで当然よ」
「殺すまでなら あなたは被害者 理解できないまでもない
だけどあなたは友人も同じ地獄に落とそうとした
殺人犯に見せようとした
そこであなたは許容の域を越えてしまった
だから罪の報いを受ける
どう言い繕おうとあなたは人殺し」
室内にいる学生の目は皆 同じことを言っていた
「人殺し!人殺し!人殺し!」
弾劾されれば 罪ある者はいられない
錯乱しただ部屋を飛び出し駆け続け
門を出て 横の細い急な坂道へ勢い良く 勢い良く足を滑らせ 下まで落ちた
ぽきりこきりと首が捩れる
灰色のいじけた魂 袋に入れて 美人死神は呟いた 「一件落着」
死神は魂を狩る
数日後 お見舞いと称して 美人死神は 犯人の友人だった娘に会いに行く
「そう お兄様は元気になられたのね
良かったわ
私は転勤で遠くへ行くものだから
奇妙な縁で 気になって
では またね」
正体を隠した美人死神は ふわりと微笑んだ
さあて過日 美人死神の部屋を調べた二人の刑事は頭を抱える
おかしい 計算が合わない
あの部屋は何だったのだろうと
あって無い部屋
そこにあるはずの無い部屋
死神達は今日も命を狩っている