風光る頃 その娘は生まれた
女ばかり続いた四人目で 割と自由に育った
器量をうたわれた長女は 親同士が決めた相手と素直に結婚
その長女によく似て器量よしの四女は 早くから縁談も持ち込まれたが
働いてみたいと電話の交換手になった
人も愛した
しかし相手には妻子がいた
男は逃げよう 何処か別の土地で暮らそうと誘う
娘は 最初 男に妻子がいることなど知らなかった
独身と偽り近づいてきた男
その嘘が娘には許せなかった
ましてや逃げるなど まっぴらだ
男への想いよりも 正しく生きたい気持ちが勝った
母親が始めた床屋を 未婚の娘三人が手伝って 店は繁盛する
客の中に負傷して退役した元軍人の教師がいた
想像する軍人らしくない穏やかな物腰
ある日 女ばかりの店と見て 暴れこんだ男たちがいる
ちょうど客でいた その教師が ずいと男たちの前に出た
大きな体がさらに大きく見える
気迫が違うのだ
一人の男の腕を軽く押さえた
さほど力を入れたとも見えないのにー
男たちは腰砕けになり 駆け付けた警官に取り押さえられた
ー優しいだけの男性(ひと)ではないのだ・・・
戦地でのことは語らないけれど
好きと言われたわけではない
洋画好きの娘に付き合って そう映画など観そうにも見えないのに一緒に映画館へ
いつか そんなふうに二人は逢うようになった
娘といて楽しいのかもわからない
結婚したのだから 何か言われたのだろう
その言葉を女は思い出せず 首をかしげる
夫婦に子供はできなかった
金婚式を過ぎた頃に夫は死に
遺された妻は 陽気な未亡人とばかりに暫くは旅行もし
それから月日は流れ・・・・・高齢者用マンションで暮らすようになり
「気分が悪いー」
救急車が到着するまでに 眠るようにー死んだ
96歳になった翌月だった
大往生といえるだろう
入院して誰かに世話をかけるでなく
百歳まで生きて市から お金もらおうかーなんて明るく冗談を言っていた
けれど
あと四年 百歳までは生きられなかった
とうにこの世を去った すぐ上の姉は言っていた
ーちゃんは しゃんしゃん者やから
別な姉はーきれいやけー
96歳には見えなかった
もっとずっと若く見えた
その死に顔も
大正 昭和 平成と生きて
生きるのに飽きたかのように 軽やかにこの世を去っていった
ー5月生まれは賢い 幸せになる
自分が5月生まれだからか 自画自賛するよに言っていた
アルバムには古い写真がある
黒紋付きの夫と日本髪の花嫁
細面の日本人形のような美しい花嫁の横で 緊張気味の眉の濃い男
半世紀 無事に連れ添って
迎えに来た夫は言っただろうか
「もう充分 生きたやなか・・」
そして少しはねっ返りなところもある妻は 言ったかもしれない
「せっかちやね おとうさん 市から百歳のお金 もらおうと思ってたのにー」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少し前 父の姉が亡くなりました
追悼の代わりに
いえ 自分の気持ちに整理をつけるためにー
伯母の思い出に捧げます
明るい声でころころ笑って 台所に立つと楽しげにいっぱいの料理を作ってくれて
編み機で編んだサマーセーターを送ってくれたり
よく珍しいお菓子を送ってくれました
そして伯母は 膝が悪くて歩きにくいからと 従姉妹に私へ届けるお菓子の手配を頼んでくれていたそうです
その期間限定の珍しいお菓子は 来月届く予定なのだとか
人を喜ばせるのが とても好きな伯母でした
同じAB型の血液型で 弟の娘ということでか
かわいがってもらいました
女ばかり続いた四人目で 割と自由に育った
器量をうたわれた長女は 親同士が決めた相手と素直に結婚
その長女によく似て器量よしの四女は 早くから縁談も持ち込まれたが
働いてみたいと電話の交換手になった
人も愛した
しかし相手には妻子がいた
男は逃げよう 何処か別の土地で暮らそうと誘う
娘は 最初 男に妻子がいることなど知らなかった
独身と偽り近づいてきた男
その嘘が娘には許せなかった
ましてや逃げるなど まっぴらだ
男への想いよりも 正しく生きたい気持ちが勝った
母親が始めた床屋を 未婚の娘三人が手伝って 店は繁盛する
客の中に負傷して退役した元軍人の教師がいた
想像する軍人らしくない穏やかな物腰
ある日 女ばかりの店と見て 暴れこんだ男たちがいる
ちょうど客でいた その教師が ずいと男たちの前に出た
大きな体がさらに大きく見える
気迫が違うのだ
一人の男の腕を軽く押さえた
さほど力を入れたとも見えないのにー
男たちは腰砕けになり 駆け付けた警官に取り押さえられた
ー優しいだけの男性(ひと)ではないのだ・・・
戦地でのことは語らないけれど
好きと言われたわけではない
洋画好きの娘に付き合って そう映画など観そうにも見えないのに一緒に映画館へ
いつか そんなふうに二人は逢うようになった
娘といて楽しいのかもわからない
結婚したのだから 何か言われたのだろう
その言葉を女は思い出せず 首をかしげる
夫婦に子供はできなかった
金婚式を過ぎた頃に夫は死に
遺された妻は 陽気な未亡人とばかりに暫くは旅行もし
それから月日は流れ・・・・・高齢者用マンションで暮らすようになり
「気分が悪いー」
救急車が到着するまでに 眠るようにー死んだ
96歳になった翌月だった
大往生といえるだろう
入院して誰かに世話をかけるでなく
百歳まで生きて市から お金もらおうかーなんて明るく冗談を言っていた
けれど
あと四年 百歳までは生きられなかった
とうにこの世を去った すぐ上の姉は言っていた
ーちゃんは しゃんしゃん者やから
別な姉はーきれいやけー
96歳には見えなかった
もっとずっと若く見えた
その死に顔も
大正 昭和 平成と生きて
生きるのに飽きたかのように 軽やかにこの世を去っていった
ー5月生まれは賢い 幸せになる
自分が5月生まれだからか 自画自賛するよに言っていた
アルバムには古い写真がある
黒紋付きの夫と日本髪の花嫁
細面の日本人形のような美しい花嫁の横で 緊張気味の眉の濃い男
半世紀 無事に連れ添って
迎えに来た夫は言っただろうか
「もう充分 生きたやなか・・」
そして少しはねっ返りなところもある妻は 言ったかもしれない
「せっかちやね おとうさん 市から百歳のお金 もらおうと思ってたのにー」
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少し前 父の姉が亡くなりました
追悼の代わりに
いえ 自分の気持ちに整理をつけるためにー
伯母の思い出に捧げます
明るい声でころころ笑って 台所に立つと楽しげにいっぱいの料理を作ってくれて
編み機で編んだサマーセーターを送ってくれたり
よく珍しいお菓子を送ってくれました
そして伯母は 膝が悪くて歩きにくいからと 従姉妹に私へ届けるお菓子の手配を頼んでくれていたそうです
その期間限定の珍しいお菓子は 来月届く予定なのだとか
人を喜ばせるのが とても好きな伯母でした
同じAB型の血液型で 弟の娘ということでか
かわいがってもらいました