【東洋経済オンライン・02.04】:コロナ保険に入るか迷う人に知ってほしい3論点 期待値で考えず万一に備えるのが加入判断の本質
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【東洋経済オンライン・02.04】:コロナ保険に入るか迷う人に知ってほしい3論点 期待値で考えず万一に備えるのが加入判断の本質
500円で加入できるコロナ保険が話題になっています。PayPayほけんの場合、3カ月分500円をPayPayで支払うと、医師に新型コロナと診断された場合に5万円のお見舞金が入ってきます。
「最前線で社会を支えるあなたに」
という販売コピーのとおり、この保険の主な契約者は小売、飲食、物流などの現場で働いていて、もしコロナ陽性となってしまったら収入が途絶えるリスクがある若者が多いそうです。
さて、
「宝くじを買うのは損だよ。なぜなら300円のくじを買っても期待値は150円にしかならないから」
という話があります。
経済に詳しい方はご存じだと思いますが、保険と宝くじは本質的には同じメカニズムの商品です。どう同じなのかはこれから説明するとして、そうだとしたらコロナ保険に入るのも損なのでしょうか?
「コロナ保険」とググってみるといくつかの商品を探し出すことができます(画像:第一生命保険、太陽生命、PayPayほけんの各商品ページ)
■コロナに感染する確率は?
今回は3つのステップで説明します。
ステップ1 あなたがコロナにかかる確率は?
オミクロン株が猛威をふるっているのは皆さんご存じのとおりですが、感染確率を考えたことがありますか? 昨年9月にデルタ株がピークアウトして以降、12月までは新型コロナの新規感染者数は非常に少なくなっていました。
それが1月になってオミクロンで急に感染者数が増加したわけです。日本の場合1月の新規感染者数がほぼほぼオミクロン株の感染者数と言っていいぐらいの状況です。その1月の新型コロナ感染者数は約100万人です。
さて、今から保険に入るかどうかを考えるためには、ここから先のオミクロン株の感染者数が何人になるかを予測する必要があります。
まずいちばん少ないシナリオは?
最も楽観的に言えば「今日がピークで、そこからピークアウトしていく場合」です。新型コロナの感染者グラフは皆さん何度もご覧になっていると思いますが、感染者の増加時期とピークアウト後の減少時期はグラフがちょうど左右対称になる傾向があります。ですから仮に2月1日がピークでそこから減少に転じたとしたら、これからコロナにかかる人の数はちょうど1月と同じ100万人程度という予測が成り立ちます。これを楽観シナリオとします。
では「本当に新型コロナが明日ピークアウトするの?」というと、明日はちょっと無理かもしれません。コロナがピークアウトするかどうかを調べるにはひとりの陽性患者が何人にコロナを感染させるかを示す実効再生産数を見る必要があります。
オミクロン株はそれまでになかったほどの高い実効再生産数が特徴です。オミクロン株が急増した1月9日がピークで実効再生産数はなんと5.9、1月20日頃までは2よりも高い状況が続いていました。それが1月下旬に入ってようやく1.5以下まで下がってきましたが、第5波までの状況に比べればまだまだ実効再生産数は高いレベルにあります。
第5波のときのデルタ株がピークアウトの兆候を見せた昨年8月26日の実効再生産数は1.09でした。その後8月29日に実効再生産数が0.98と1を割ってデルタ株のピークアウトが明白になったことを考えると、オミクロン株のピークアウトは今ではない。専門家が予想するように2月中旬頃になる可能性のほうが高いでしょう。
もしそうだとすれば新規感染者数の山はもう少し増加が続き、ピークを超えて現在の人数に戻ってくるのは今から3週間ぐらい後になるかもしれません。新規感染者数が8万人を超える日がこれから約20日続くとしたらこの先の感染者数の概算値は先ほどの100万人ではなく260万人ぐらいの水準になりそうです。これを中間シナリオとします。
そしてもっと危険なパターンは2月中旬ではピークアウトしないケースです。実際、欧州では人口の半数が新型コロナに感染するリスクがあるという話があります。日本はさすがに人口の半数はないとは思いますが、ワクチン未接種者が2400万人規模で残っていることを考えると、1000万人近くまで感染者が増えるという悲観シナリオも考えられます。
これは結構ものすごい予測数字で、要するにたとえ中間シナリオだとしてもこれまで新型コロナが発生してからの累計感染者数約270万人と同規模の感染者が新たに2月と3月に出現する可能性があると言っているわけです。
■人口比で計算すると約2%
さて、確率と期待値の話をしてみましょう。仮にこれから260万人が新規に感染するとしたら私やあなたが感染する確率は残念な数字ですが人口比で計算すると約2%ということになります。ここからは算数の計算です。
「2%の確率で5万円がもらえるくじがあったとします。もらえる期待値はいくらでしょう?」
これは5万円×2%=1000円が答えです。500円の保険にはいる期待値が1000円なので「コロナ保険は買わなければ損だ」ということです。ちょっと意外な計算結果だったのではないでしょうか?
そこで、
「ではなんでPayPayほけんは500円で加入できるの?」
という話ですが、いちばん考えられる可能性は、保険商品を設計したときの想定よりもずっとオミクロン株の拡大が急だったということでしょう。
昨年の夏に猛威をふるったデルタ株の新規感染者数が100万人でした。その数字を参考に「最大でも100万人の感染者が出るから感染確率0.8%ぐらいを覚悟して」ぐらいの商品設計をしたのであれば、さきほどの期待値は5万円×0.8%=400円ですから、500円で販売しても損にはならない。
ではこの赤字かもしれないコロナ保険はこれからどうなるのでしょうか? 実は昨年、デルタ株が急増する中で第一生命の関連会社が販売していた「コロナminiサポほけん」が9月1日に販売一部休止になっています。もともと状況が悪化すれば保険料を増額する設計で関東財務局に届け出ていたのですが、その上限をデルタ株の増加スピードが超えてしまったのです。
Twitter上ではコロナ保険にすでに加入しているユーザーから「更新の案内が来たら保険料がびっくりするほど上がっている」という報告も来ています。
確率期待値が販売価格よりも高い保険商品は、商品として永続はできません。つまり冒頭のコロナ保険に関して言えば、「今、入っておかないと、ひょっとすると来週にはこの商品、なくなっちゃうかもしれないぞ」というのがお得なコロナ保険に対する私の未来予測です。
■仮に1500円に上がっても入ったほうがいい人とは?
ステップ2 確率期待値が低かったら保険に入らないほうがいい?
さて、今のオミクロンの感染状況下で、500円の保険料で5万円のお見舞金が出るというコロナ保険は、単純な経済計算では加入者にお得な赤字商品のようです。では、もしもっと保険料が高かったら、保険に入る意味はないのでしょうか?
たとえば商品の見直しがあって、
「1500円の保険料で、もしコロナにかかったら5万円のお見舞金が出る」
という改悪商品(?)がでてきたとしたらどうでしょう?
もし読者のみなさんが冒頭でも書いた「小売り、飲食、物流などの現場で働いていて、もしコロナ陽性となってしまったら収入が途絶えるリスクがある若者」という保険の主な販売対象者だったとしたら、私は3カ月1500円の保険料だとしてもこの保険に入るべきだと断言します。
その理由は、保険に入るかどうかは期待値の損得勘定で決めるべき話ではないからです。
私はもう40年以上、対人/対物事故の賠償金などを補償する任意の自動車保険に入っています。毎年数万円の保険料を払っていてまだ得をしたことはありません。でも保険に入っている理由は、
「万が一の時に請求されるであろう莫大な賠償金など自分の資産では支払えないから」です。
日本人で車の運転免許証を持っている人は8216万人。このうち3割がペーパードライバーだとしても車を運転する人は約6000万人います。一方で交通事故死者数は毎年約3000人弱。ですから死亡事故を起こす確率は単純計算で0.005%程度。めったに起きることはないのです。
しかし私たちの生活にとって重要なのは、そのめったに起きることがないはずのことがもし起きたらどうするのかということであり、保険はそのための商品です。2億円の賠償金が必要になる場合の確率期待値が1万円だとしても、年間数万円の保険料を払って保険に加入しておかないと万一のときに生活が破綻する可能性があるのです。
それと同じ観点で、コロナ保険について考えておくべきことは、コロナにかかってしまったら生活が成り立たなくなるかどうかです。サラリーマンの中には、もしコロナにかかっても給与は減らず、自宅待機を申し付けられるだけで仕事は他の社員が代わってくれるというような環境の方もいらっしゃると思います。そういう方がコロナ保険に入る必要はまったくないでしょう。
■保険は期待値で考えてはいけない
一方でもしコロナにかかったら仕事ができなくなり、それが今月の収入に直結するという人もいらっしゃいます。自分がかからなくても家族が感染すれば看病で仕事が止まるという人もいるでしょう。先ほどの中間シナリオでいえば、そうなる確率は2%と、実はかからない確率98%と比べればそれほど高くはない数字です。しかしもしそうなったら生活に打撃がくる。そのような方はそのときのための5万円のお見舞金のために家族全員がコロナ保険に加入したほうがいいと思います。
つまりステップ2のまとめとしては、保険は期待値で考えてはいけなくて、もしもの場合のセーフティーネットとしての価値があるかないかで加入を判断すべきものなのだということです。
ステップ3 宝くじは買わないほうがいいの?
さて、最後にコロナ保険からは一見話がそれるように見えますが、保険と宝くじの関係についても結論を出しておきたいと思います。
冒頭に保険と宝くじは同じメカニズムの商品だと申し上げました。実際に比較してみるとよく似ていることがわかります。
「3万円の自動車保険に加入すると0.005%の確率で交通事故を起こしてしまった場合に2億円の賠償金が保険でカバーされる。でも確率の期待値は1万円なので大半の人は損をする」
これが保険です。そして、
「バレンタインジャンボ宝くじを買うと、0.00001%の確率で1等2億円が当たる。でも3000円で10枚つづりを購入しても確率期待値は1500円以下なので大半の人は損をする」
これが宝くじ。こうして比べてみると金融商品としては同じようなメカニズムであることがよくわかります。
宝くじを買っても損をするというのは経験則としては自動車保険と同じくらい正しくて、私の場合は10枚つづりを3000円で購入しても毎回当たるのは300円1本だけです。確率計算的に損をすることが明白なこの宝くじをなぜ私たちは買うのでしょうか?
■「万が一」の時のために
それは保険と同じで「万が一」を買っているのです。
生活が安定したサラリーマンはコロナ保険に入る必要がないことを先ほど説明しましたが、それと同じ論理で宝くじを買う必要がない人は「3億円はいずれ稼げる人」です。
読者の皆さんの中で年収1億円の方は3年仕事をすれば3億円稼げます。だったら確率期待値で損をするとわかっているのに3000円の宝くじを買う必要は一切ありません。
しかしそうではない読者は「万が一」のときのために宝くじを買う意味は十分にあります。もし当たってしまったら自分では到底稼げないかもしれない3億円が手に入る。たぶん外れるけどそれで失う3000円は痛くはない。そういう場合は宝くじを買う経済的な意味は保険と同じで「アリ」なのです。
難しい説明を1文だけ入れさせていただくと、保険も宝くじも実は経済理論でいうボラティリティーを販売している商品なのです。万が一のケースはほとんど起きないけど、万が一のときの金額が莫大だというのがボラティリティーの意味するところです。もうちょっとわかりやすく言えば保険はリスクを売り、宝くじはチャンスを売っているわけで、それを経済理論では同じ「ボラティリティー」という言葉で言い換えるとよりわかりやすいかもしれません。
ということで今回の記事の結論は、コロナにかかると仕事がなくなって生活に支障が出る人はコロナ保険に入るべきだし、コロナ保険に入りたいと思われた読者の方はバレンタインジャンボ宝くじも買っておいたほうが「経済理論的にはそれでいいのだ」という話でした。【鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表】
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■経済ニュースサイト『東洋経済オンライン』とニッカンスポーツ・コムの連携企画です。東洋経済オンラインのセレクト記事を毎週掲載します。
元稿:日刊スポーツ社 主要ニュース 社会 【話題・東洋経済オンライン セレクション】 2022年02月04日 11:31:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。