【政策・04.21】:賛否飛び交う「IR整備」…一筋縄ではいかない「今後」を展望する ■誘致案「否決」の自治体も
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【政策・04.21】:賛否飛び交う「IR整備」…一筋縄ではいかない「今後」を展望する ■誘致案「否決」の自治体も
◆議会で相次ぐ採決
安倍晋三元首相が、成長戦略の要としてスタートさせたカジノを含む統合型リゾート(IR)は、IR整備法に基づく認定申請期限の4月28日を前に、大阪府・大阪市、和歌山県・和歌山市、長崎県・佐世保市の各自治体の議会で、国に承認を求めるための採決が相次いでいる。
認定申請を受け付けた政府は、整備計画に記載された内容を審査、最大で三ヵ所を選ぶことになっており、問題がなければ、大阪・夢洲IR、和歌山IR、長崎IRが、順調にスタートする、かと思われた。
だが、これまでも揺れたIRは一筋縄ではいかない。夢洲IRは、大阪府と大阪市の各議会で3月末までに関連議案を可決。長崎IRも佐世保市と長崎県の議会で整備計画案に同意する議案を可決したものの、和歌山IRをめぐっては、和歌山県議会のIR対策特別委員会が、4月19日、国への整備計画の申請を否決した。
IRを推進してきた自民党のなかにも、「IRは賛成だが、資金計画がずさん過ぎる。こんなに不透明では賛成できない」という議員もいて、15名の特別委員のうち賛成5名、反対10名だった。そして迎えた20日の本会議採決では、22名が反対、18名が賛成で否決され、IR誘致は頓挫する見通しとなった。
大阪、長崎は、議会での混乱はなかったものの、反対の声は根強く、予算面、資金面などで問題を抱える構造は和歌山と同じで、前途多難だ。IRのこれまでを振り返り、今後を展望してみよう。

◆IR実現に向けたこれまでの動き
IR実現に向けた動きが本格化したのは、2010年、超党派の国際観光産業振興議員連盟(カジノ議連)が発足、各種の法整備が進んでからだった。
以降、多くの自治体が名乗りを上げたが、最も熱心だったのが東京で、石原慎太郎元知事はカジノ議連の前から「お台場カジノ構想」をぶち上げた。猪瀬直樹元知事が受け継いだものの、スキャンダル退陣で萎み、代わって横浜IRが浮上した。
官房長官を経て首相に就いた菅義偉氏の地元とあって、横浜IRは菅氏の直轄プロジェクトとして進むと見られていたが、21年8月、横浜市長選でカジノ反対派の山中竹春氏が当選、白紙に戻った。
首都圏IRが迷走するなか、一貫して誘致に熱心だったのが大阪で、日本維新の会の吉村洋文府知事、松井一郎市長が、足並みを揃えて大阪湾の人工島「夢洲」に、約2500室の超高層ホテルや6000人超収容の国際会議場などを建設する夢洲IRを推進してきた。
大都市圏以外の地方IRは、多くの自治体で検討され、北海道、沖縄、宮崎などで具体化する動きはあったものの、結局、和歌山と長崎が、首長や議会、地元商工会などの熱心な働きかけで残った。
◆「不透明さ」の指摘
だが、和歌山は仁坂吉伸県知事が「これまで県・市当局と議会が両輪でIR誘致を推進する姿勢を国や業者に示したことが大きな後押しとなり、計画認定申請の段階まできた」(4月14日の提案説明)と、議会に継続した協力を求めたものの、業者が示す計画への不信は拭えなかった。
和歌山IRは、カナダのクレアベスト・グループが、和歌山市内の人工島「和歌山マリーナシティ」に、カジノ施設を持つホテルを始め、最大収容2万3000人の各種国際会議室や展示場などを建設するもの。初期投資額は約4700億円で、3割が出資で残る7割が融資。その調達については、主幹事のスイス金融大手クレディ・スイスが、「資金調達の確実性は高い」とする書類を提出している、とされていた。
ところが和歌山県議会では、「確実性は高い」とはいうものの、クレディ・スイスが「融資確約書」を出したわけではないこと、融資する邦銀の名前を県が公表しないなど曖昧な部分が多く、それが否決の要因となった。
片や長崎IR。佐世保市議会では、議長と欠席した議員を除く29名のうち28名が賛成、1名だけ反対という圧倒的多数で整備計画への同意を求める議案が可決されたが、不透明さは同じである。
誘致を進める長崎県は、21年8月、IR事業者としてカジノ・オーストリア・インターナショナル・ジャパンを選定、基本協定を結んだ。佐世保市のハウステンボス内31ヘクタールに、カジノ施設、展示場、外資系ホテルなどを建設する。初期投資額は4383億円と明示され、出資と融資は半々というものの、融資する金融機関や出資企業名は非公表である。
唯一、反対票を投じた共産党の小田徳顕市議がいう。
「出資する企業、融資する金融機関は、公表していません。私が議会で質問しても答えなかった。『(出資・融資の意思を表明する書類である)コミットメントレターを取得している』、というのですが、それでは判断のしようがありません」
カジノ・オーストリア社は、日本法人代表が歌手・小林幸子の夫である林明男氏であることでも話題となったが、秘密保持は徹底しており、県は「企業名が表に出ると株価にも影響する」といった出資、融資企業の思惑に配慮したという。
◆費用負担は
日本のIRを牽引した感のある大阪府・市だが、新たな問題が浮上した。790億円の公費を投入して土壌対策を行うことだ。
「IR、カジノに一切、税金は使いません」と、明言していた松井市長だが、米カジノ大手のMGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの企業連合であるカジノ事業者が、事業用地の土壌対策、液状化対策などを求めると、松井一郎市長は前言を翻し、公費投入を決めた。
夢洲IRは、25年開幕の大阪・関西万博会場の隣接地約49ヘクタールに、前述の施設を建設するもの。初期投資額は約1兆800億円で、51%はカジノ事業者がメガバンク2行などから借り入れ、49%は事業者のMGM、オリックスほか、パナソニックや関西電力など約20社の企業が出資する。
和歌山、長崎に比べ、資金的な透明度は高いものの、これまでMGM・オリックス連合が、ほぼ単独で事業計画を進めたこともあり、行政の事業者への配慮、優遇が目立った。土壌対策はその最たるものだろう。
IR区域の土壌問題を話し合う会議が、21年6月29日に開かれ、IR担当のIR推進局と大阪港湾局が激しくぶつかった。
「事業者のボーリングで液状化の可能性が判明した。土地所有者としての責任を果たす必要がある」というIR推進局に対し、「夢洲に液状化の危険性が高いことはない。土地所有者の責任ということになると、他の土地との公平性を保てず、住民訴訟で敗訴の可能性があるというのが弁護士の見解」と、大阪港湾局は反対の姿勢を示した。最終的に「事業者から相応の賃料をもらう以上、土地所有者としての責任は免れない」と、費用負担を決めたのは松井市長である。
◆ようやく審査へ
「カジノ解禁法」が成立(16年末)して5年半。日本のIRは、ようやく国が自治体の申請を受け付け、審査に入るという意味でスタートラインに立った。
今後、カジノ整備法に従って、整備計画の認定・公示、実施協定の締結・認定、カジノ免許申請、カジノ免許付与、完成検査、IR開業へと進む。
最も大きな夢洲IRの開業は29年秋。賛否を巻き起こし、たいへんな労力をかけ、行政に影響を与えながら、作業は少しずつ進んでいる。
◆伊藤 博敏 ジャーナリスト HIROTOSHI ITO
ジャーナリスト。1955年福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件などの圧倒的な取材力では定評がある。 著書に『「カネ儲け」至上主義が陥った「罠」』 、『トヨタ・ショック』(井上 久男との共著)、『 金融偽装―米国発金融テクニックの崩壊』 (いずれも講談社刊)など
元稿:現代ビジネス 主要ニュース 政治 【政策・カジノを含む統合型リゾート(IR)事業・担当:伊藤 博敏 ジャーナリスト】 2022年04月21日 09:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。